「え、君まだちゃんと伝えてないの?」
 ヒュトロダエウスのベッドの上、ヒュトロダエウスの下、体の真ん中をいささか凶暴な熱い杭で貫かれながら、ヒュトロダエウスの素敵な素敵な宝物は普段通りの声色で現状を報告して来た。
「っん…いや、なんか、言うタイミングが…あっ、あぁっ」
 ゆさりゆさりと揺さぶられながら、嬌声の合間にごくごく自然に返答が返ってくる。
「はーっ…それで最近なんかやたらとトゲトゲしてたのか…」
 ヒュトロダエウスは大きくかぶりを振りながら、その白くて少し筋肉質な尻を掴んで持ち上げる。
「あっ…トゲトゲ…してた?」
 少し浮かせた状態で奥までずるりと穿たれて細い首がしなる。
「…あれに気づかないのもなかなかのものだと思うよ?」
 鈍感がすぎる友人に忠告を漏らしながら、ヒュトロダエウスの腰の動きが速くなっていく。
「あっ、あっ、だって、さっきも、普通にっ、んっ、課題っ、したら、あぅ、ごはん、って、あぁっ!」
 大きく奥を突かれて、その男性器からぴゅくりぴゅくりと白濁液が飛び出す。ヒュトロダエウスは締め付けの強くなったその後孔の奥へ遠慮なしに自身の精を押し込んでいく。
「…っふ…この、あと…いくの?」
「っあ…いつも、そう、だし…んっ」
 押し込めるように塗りつけるようにヒュトロダエウスの腰が揺らめき、その刺激に応えるように彼の中が収縮する。
「はーっ…いけない、それはほんとにいけないよ」
 ヒュトロダエウスは大きく首を振るとゆっくりと彼の中から自身を引き抜いた。ぬぽり、と音がして彼の後孔が身悶えるようにひくひくと蠢いている。
「…よく、わかんないんだけど…」
 荒い息を手の甲で塞ぐことで整えながら、色素の薄い瞳がヒュトロダエウスを見やる。
「だってキミ、こんなことを互いにしてるのに、ハーデスには好きだと伝えてないんだろう?」

 性交渉に最初に興味を持ったのは誰だったのか、今ではもうはっきりと覚えていない。誰からともなくしてみようかと声が上がり、教則本変わりの海の向こうの猥本片手に、何故か3人でし始めたのが最初。
 そう、3人で。
 絶対に入れるのは嫌だと言い張ったハーデスと、どちらかと言えば入れたいと言ったヒュトロダエウスに、どちらでもいいと告げた彼。男性体と女性体の違いも知っていたし、真なる人ではないものたちは獣の交わりで血を繋ぐことも知っていた。ここにいるのは男性体の3人だけどまぁなんとかなるだろ、と軽い気持ちだった。
 結果として、彼が2人に抱かれることになった。かわるがわる交わり性を押し付けあい、声も抑えずに乱れる様は、若い身空には十分すぎる刺激で。元々が親友以上と呼んでも差し支えのない間柄だったこともあり、そのままずぶずぶと交わり続ける関係へとなっていったのだ。
 だが、問題はそこではない。
 幼い頃から3人一緒、仲良しこよしと育てられてきたが、ほんの少しだけ成長が遅く小柄だった彼は2人の対等な親友であり庇護すべき宝物でもあったのだ。ヒュトロダエウスは本当にハーデスも彼も等しく大好きで大切な宝物でどちらがと言うのはないのだが…ハーデスは違った。ハーデスの中では彼は守るべき宝物で自身を捧げるべき者であり、ヒュトロダエウスはそれを共に守る者という位置づけだったのだ。言ってしまえば、ハーデスは彼を愛している。ヒュトロダエウスよりも苛烈に。

 そして当の彼はと言うと…
「そんなに大事おおごとかなぁ…」
 この有様である。

 生粋のお人よし。
 歩くトラブル製造探索機とはよく言ったもので、犬も歩けば棒に当たるなら、彼が歩けばトラブルが舞い込んでくる。頼まれたら断れなくて、自分を投げ出して東奔西走し、自身を顧みない。そんな人だからハーデスもヒュトロダエウスも放っておけない。宝物をむざむざ壊される趣味は、生憎ないのである。
 そしてこの歩くトラブル製造機は、3人でいてもトラブルを作り上げるのである。今まさに。

「イデアがどれだけ確立されようとも、言葉で伝えるべきことはちゃんと伝えないと」
「だって、だってさ? ハーデスだよ? 聞くと思う?」
 ハーデスだからこそ聞くのだけれどなぁ…大切な親友の眉間のシワの数を数えて、ヒュトロダエウスは眉を潜めた。
「ワタシには言えるのに?」
「ヒューは、だって、誰が1番とかないじゃん」
 彼は存外に鋭い。小さいながらも細くしなやかな体でフィールドワーク中心に野山を駆け巡るからか、野生の勘ともいえるなにかがアーモロートで過ごす者よりもはるかに鋭い。その勘が正しく発揮される時は、残念ながら街中では少ないのだが。
「まぁ、ワタシは2人とも同じくらい大好きだからねぇ」
 体を起こしたその細い腕をとって手の甲に口付ければ、くすぐったそうに身をよじった。
「それだよ。ヒューはそれだから気軽に言える。でも、ハーデスはそうじゃない」
「おや、気付いていたんだ?」
「四六時中監視されてりゃそりゃね?」
 とんとんと彼はその細い首に巻きつくチョーカーを叩いた。正確にはその下、彼の首に巻き付いたハーデスとヒュトロダエウスの魔力の印。ふらふらとどこかに行く彼を心配してエーテルを探知しやすいようにと、ハーデス自ら彼のために術式を組み上げて、ヒュトロダエウスと共にその首に証として留め付けた刺青にも似た絡み合う蔦の紋様。それは2人が彼を感知できると共に、彼も少なからずこちらのことを感知できると言うことで。
「あれは、僕は、少し怖い」
 向けられた感情に戸惑った彼は立て膝に顔を埋めた。
 ヒュトロダエウスは彼の体に押し込んだ自らの精を魔法でエーテルへと変換して、清めの魔法もかけながらクスクスと笑う。
「キミにも怖いものあったんだねぇ」
「ヒューは僕のことなんだと思ってるの?」
「フフフ…いやぁ、でも怖いならほんと早く伝えるべきだよ、気軽に」
 ずいっとヒュトロダエウスが彼に近づく。ハーデスと同じエーテルとその向こうを視る瞳が彼を覗き込む。
「長引かせるほど…ハーデスは止められなくなるよ」
 いつもの笑うような調子を含まない氷のような声に、彼の背がびくりと震えた。
「多分今もすごいことになって……あー」
 ふいっと視線を逸らして何かを追ったヒュトロダエウスの瞳が遠くを見てピタリと止まる。見遣る方角は、彼らの学び舎アナイダ・アカデミア。そこにはまだ、課題でハーデスが残っている。
「うん、ワタシの平和のためにもぜひ今日告げてほしい」
「ひゃっ!?」
 ヒュトロダエウスの手が乱暴に彼にローブを被せる。その布の中でもぞもぞと蠢きながら、彼はまだ遠くを見るヒュトロダエウスに恐る恐る声をかける。
「えぇ…なに、どうなってるの…?」
「ワタシからは言わないよ」
 視線を彼に戻したヒュトロダエウスはにっこりと笑った。…目は、笑ってない。
「ただ…覚悟は決めた方がいいね。明日の授業の代返は任せて」
「任せたくないんだけどっ!?」
「はいはい、早くローブ着て仮面つける」
 きびきびと指示を出してくる様に、いじいじとママトダエウスめ…と呟けばその笑顔が一層磨かれる。もちろん、磨かれてはいけない方向に。
 ひぇっと息を飲んで彼はローブを被ると仮面をつけた。
「健闘を祈ってるよ」
 慰めにもならない言葉を投げて、文字通りそのまま彼を部屋から投げ出した。

「……早かったな」
 自分の膝の上に転がり込んできた相手を邪険に扱うでもなく、ハーデスは読んでいた本をパタリと閉じた。
「投げ出されたので」
「なにをしたんだ…」
 まさしくナニはしていたのだが、そんな軽口すら叩きにくい。もちろん、そんなことを言った日には、ここをどこだと思っている!と怒りで沸騰するハーデスの姿が、容易に想像できてしまって。
「ちょっと? 口論?」
「疑問に疑問で返すな」
 ハーデスは膝の上で猫のように丸くなる彼の頬をついついと突く。そのままくしゃりと頭を撫でられて首を捻る。
 ヒュトロダエウスはなにをあんなに焦るような声を出していたのだろう。こんなにもハーデスはいつも通りで余裕に満ちた態度じゃないか。
「…課題は?」
「終わってる」
 その膝の上で座り心地の良い場所を探す。ハーデスはされるがままだ。ただひたすらに彼の頭をくしゃりくしゃりと撫でている。
「おつかれさま…じゃあ、ご飯行く?」
「…そうだな」
 仕上げとばかりに顎の下をうりうりと撫でてハーデスは歯切れ悪く答えた。

 学舎の近くでご飯を食べて、いつも通り手を繋いでハーデスの部屋まで。袖と袖どころか腕を絡めてピタリと寄り添う距離感が彼らの普段の距離感だ。
「お前だってそろそろ提出しないとまずいだろ」
「そうだけどさぁ…もうちょっとで突破口が見えそうで…」
 ミトロン院からの中間考査の課題について話してる間に、あっという間にハーデスの部屋のベッドの上。3人にとって日常と性交渉は別段切り分けるものではない行為なのだ。
 個性を殺すローブと仮面を外して、ローブ型の夜着に着替えてしまえば、そこからはもうベッドから降りなくて良い。
 ここ最近の性交渉で彼は少しだけハーデスが怖い時があった。互いに普段通り話しながらベッドに倒れ込んでぎゅうと抱き合い顔を上げれば、ハーデスが色を含んだ目をぎらりと輝かせる。この目が、ほんの少し怖い。声色だけは普通なのに、行為の前に優しく頬を撫でられるのもなんだか居心地が悪い。キミ、そんな人だったっけ? 彼は怯えを極力表に出さないようにその瞳を覗き込む。大切な友人なのに怯えるだなんて、そんな気持ちも片隅にあった。
「どうした」
 もちろん気付かれてないはずもなくて。
 首を傾げることで返答にしてしまうのも相変わらずだった。
 ハーデスの指が夜着の上から彼の胸を弄る。2人にたっぷり愛されている彼は、それだけで甘い吐息を漏らす。
「っふ…ん…」
 夜着の上からでもわかるぷくりとした突起の主張を、優しく指の腹で押して捏ねる。ハーデスの唇が耳に降りてきて啄むようなキスを何度も降らす。
 ヒュトロダエウスは饒舌で行為の最中も喋り続けるタイプだが、対してハーデスは元々あまり喋るのが好きではない。行為が始まってしまうと問いかけには答えるもののあまり喋らなくなる。
「…ハーデ、ス?」
「なんだ」
 べろりと耳を舐められて情けない声が出る。かかる吐息が、熱い。
「いや、なんだ、は僕のセリフだよ…んっ、なにか、あったの…あっ、やっ」
 図星を指されたかのようにハーデスの指が強く彼の胸の突起をつねった。
「とれちゃう!」
「そんな繊細な作りしてないだろ」
「して……ひぁっ」
 してる、そう言おうとした言葉は、立ち上がりかけた下肢を服の上から掴まれたことで飲み込むことになる。薄い夜着の上からちゅこちゅこと刺激されて腰が跳ねる。
「あっ、あっ、あぁっ」
 ぎゅうとハーデスの服の袖を掴めば鼻で笑う音が降りてくる。
「ほら、足上げろ」
「う、うん…」
 夜着を捲り上げ細い膝頭から太ももを通って尻の後孔へ。彼よりも少し筋張ったハーデスの指がなぞるように降りてくる。とんとんと入り口を叩けば、先ほどヒュトロダエウスを受け入れていたそこは、新たな刺激の訪れに歓喜してくぱりと蠢く。ハーデスは自身の指先に術式を起動して潤滑ゼリーを纏わせるとゆっくりと後孔へと沈める。
「あっ、んっ、あぁっ……ひぁっ!」
 内側のいいところをその指でこりこりと押されて彼の体が跳ねる。なんだか目を開けられずその指をただ身の内で感じる。ハーデスはそれが気に食わない。
「あっ、あぁっ、ハーデっ、んっ、やぁっ!!」
 頑なに目を開けずに快感を享受する体に、少し強引にぐいぐいと快感を押し付ければきゅっと内壁が締まる。彼の男性器から精は出ていない。
「…よく締める」
「やっ、ふっ、ハーデス、そこ、だめっ、今、あっ、あぁっ」
 精をこぼさない甘い絶頂の最中にくいくいと次の快楽を与えられて、さすがの彼も瞳を開いて喉を反らす。
 その瞳を、白金の瞳が覗き込む。熱を孕んだその瞳が私を見ろと覗き込んでくる。
 ハーデスの唇が降りてくるのを、思わず両手で阻止してしまう。唇と唇を触れ合わす口付けは、どちらともしていない。それをしてしまったら、戻れなくなる気がして。
「いい度胸だ」
「なに言っ、あっ、やぁっ、ハーデス、ハーデス、ゆび、まって、」
 むっとした態度を隠さず後孔を解していたハーデスの指が2本3本と性急に増える。ぐじゅぐじゅと淫らな水音が彼の甘い嬌声と混ざって部屋へと溶けていく。
「待たない」
「あっ、あっ、やらっ、んっ、激しっ、ハーデス、あぁっ!」
 3本の指をバラバラに動かしながら解し、性感帯をぐりぐりと刺激されれば、彼の男性器からとくりと精が溢れる。とく、とくと勢いのないまま腹の上に注ぐように出る自身の精に、瞳の端に涙を浮かべながら彼はぼんやりと視線をやる。

 ハーデスとヒュトロダエウスの攻め方の差なのか、いつの頃からかハーデスに抱かれると勢いを殺した精が溢れるようになった。ヒュトロダエウスに抱かれているときは勢いよく飛び散るので、これは彼の攻め方のせいなんだろうと思っている。どれだけ激しい快楽に落とされても勢いのない精に、そういう風にハーデスに反応する体に、彼はやはり少しの恐怖を感じていた。するのが嫌だとかそういうことではない。そうなってしまった自分に恐怖を感じるのだ。

 ハーデスは指を抜き去ると、自身の夜着を捲り上げ、凶暴にいきり勃った自身の男性器を彼の後孔と触れ合わせた。ぴとりと添わされるだけで、恐怖する心とは裏腹に体がそれを求めてしまう。
 ぴたぴたと探るように後孔を突かれて腰が揺らめく。小さく息を吸い込んだハーデスのその動きが、彼の中に埋まる合図になる。
 ずくりと自身の中に埋め込まれていく熱に、体がぴんと反る。入れ込む瞬間のこの時しか味わえない緊張感にも似た快楽が好きだ。
「はっ、あっ、あぁぁぁ…」
 ずるずると入り込む太く熱い杭を、抵抗なく飲み込んでいく体を、ぞわりと駆け上がる快楽を抱きしめるように両の肩を抱いた。
 ハーデスの指が出したばかりで少し柔らかくなった彼の男性器をなぞる。ぴくりと反応したそこが指の動きに合わせて跳ねるのを楽しそうに弄られる。
「っん、ハーデ、ス…?」
 少しずつ立ち上がる自身の男性器を感じながら声をかければ、彼を見たハーデスの瞳がぎらりと光った。
「奥まで、飲み込め」
 まだ入りきっていなかったハーデスの太い男性器が勢いをつけて入り込んでくる。
「ーーーっ!!!」
 声の出ない強い快感にハーデスよりも小さな体が跳ねた。ヒュトロダエウスとは全然違う熱と形のそれは、何度体を重ね合わせても凶暴な快楽を彼に届けにくる。
「はっ、はっ…っふ、んっ…」
 小さな体を震わせてその快楽に耐える彼を白金の瞳が見下ろしている。快楽に立ち上がった男性器をゆるゆると指先で撫でてから、ハーデスの両手が彼の膝下に潜り込んで体を浮かせた。
 のしかかるように覆い被さるハーデスの先端が、後孔の奥の奥、まだ誰も入り込んでいない場所とキスをする。
「ひぁっ」
 その反応から、ヒュトロダエウスもまだそこには入り込んでいないと確信して、ハーデスは口の端を上げた。
 両の肩を抱いていた手が解けて、シーツをきゅっと掴んだ。それは小さな彼からの、動いていいよ、の合図。
 ハーデスの熱い杭が浅い場所まで引き抜かれて、勢いよく押し込まれる。
「ああぁ…あああぁぁぁっ!!」
 前後する抽送に、性感帯が何度も擦り上げられてあられもない声が出る。ずるり、ずちゅり、ずるり、ずちゅり、淫靡な音が鼓膜を刺激する。きゅうきゅうときつく締め付けるその場所がハーデスをも追い込んでいく。
「ああぁっ、あっ、あああぁっ、っふ、あっ、ひぁっ!!」
 ハーデスの先端がその抽送の勢いのまま何度もとんとんと奥をノックする。ヒュトロダエウスとの行為で柔らかくなっていたそこはそのノックに柔らかく答える。
「やっ、あっ、ハーデス、だめっ、そこ、はっ、あっ、ああっ、ひぁっ」
 嬌声の間にダメと訴えるも止まる気配はない。これまでも何度かノックはされていた。それ故にそこは柔らかくそのノックを受け入れてしまう。でも、その先は。
「やだっ、ハーデス、ハーデス、やらっ、そこっ、らめっ、あっ、あぁっ」
 とん、ずり、とん、ずり。感じる場所として正しく機能し始めたそこは、ハーデスを受け入れようとし始めている。
 未知の快感への恐怖で、彼の腰が少し引ける。
「逃げるのか、お前は」
 問いかけられた言葉に、脳の大部分が快感でショートしている彼はかぶりを振る。
「あっ、ああぁっ、らめっ、ハーデっ、んっ、おくぅ、あぁっ」
「そうやって、私から逃げるのか」
 ハーデスが何かを憤っている。それはわかる。快感に揺らされる散漫とする意識を、必死に繋ぎ合わせて答えを探る。
「なにっ、あっ、ハーデス、あぁっ、とまって、あっ、やっ、きもち、いぃ、あっ」
 繋いで、離れて、また繋いで。快感が強すぎて言葉を探せない。ただ、見上げたハーデスの瞳が歪んで見えて、手を伸ばす。
 奥を突かれるたびに、くぽくぽと入り込むような感覚が体の内側から迫り上がってくる。
「ハーデス、ハーデス、あぁっ、やっ、泣かないで、あっ」
 泣いてなどいなかったのかもしれない、本当は。ただ、引き金を引いたのは彼だった。
 ずるりと浅瀬に戻った熱くて太い杭は、勢いを殺さず奥まで入り込む。そう、奥の奥まで。
 ぐぽりと自身の中に、その更に奥に入り込む感触。ぞわりと駆け上がる快楽、そして。
「ーーーっ!!! ああああぁぁぁぁっ!!!」
 ひゅっと息を飲み込んだその喉から、強い嬌声が解き放たれた。びくりと体が跳ねて硬直する。ぎゅうと内壁が締まる。伸ばしたままの腕が掴むことを忘れたままぴんと伸びる。
 その腕に導かれるようにハーデスは彼を強く抱きしめた。ずくり、身の内のハーデスが奥を少しだけ擦る。
「ひぁぁっ、ハーデスっ、ハーデスっ!!」
 必死に名前を呼びながら、その体に縋り付く。ぎゅうと絡まる腕が、その内側が、ハーデスを甘く熱く締め上げる。
「っく…」
「やぁぁっ、動いちゃ、あぁぁっ!!」
 身動いだだけで走る電撃のような快感に晒されて、彼はその瞳からポロポロと涙を零した。
 ハーデスが腰を少しだけ引いてぬぽりと奥から抜け出る感触。
「ひぁぁっ、ああぁっ、ハーデスっ、ああぁぁっ」
 強すぎた快感にかたかたとその体が震えている。やりすぎたか、ハーデスがそう思った次の瞬間。
「ハーデス、ハーデスっ、好きっ、ハーデス…」
 堰を切ったかのように縋り付く彼の口からポロリと言葉が溢れた。
「おま、え」
「あっ、あぁっ、ハーデスっ、好きっ、好きっ」
 かぶりを振って何度も言えなかった言葉を紡ぐその顔が見たくて、ハーデスは体をそっと起こした。窓から降り注ぐ月明かりに照らされて、色素の薄い瞳が色で染まる。
「…好きなのは、なにがだ」
 浅く緩く、きゅうと締まった内壁を解すようにゆすりながらハーデスは尋ねる。
「ハーデスっ、ハーデスが、好きっ、好きだよっ」
 その頬をなぞるように撫でてハーデスは震える唇を開く。
「あぁ、私もだ…私もだっ」
「っふ、ほんとっ、よかっ、うれしっ、あっ、ハーデスっ」
 解すように動いていたハーデスの男性器は明確に快楽を与えようと抽送を繰り返す。
「ご、めんっ、ごめん、ねっ、ずっと、言えなく、あぁっ」
「謝るな」
「はっ、あぁっ、ハーデスっ、だからね、大丈夫、あっ、僕、大丈夫、だからっ」
 伸ばしていた手をもう一度、ハーデスに届くようにと。
「だから、ちょうだいっ、奥っ、いっぱいに、してっ」
 その手にハーデスの手は、届いた。

 ぐぽり、ぬぽり、内側で響く快感に背中を何度も震わせる。腰の奥が熱い。すぐにでもそこから溶け落ちてしまいそうなのに、熱がそこで停滞して形をなしていく。
 入れ込んで抜き去って入れ込んでその熱を堪能する。竿を締め上げる強さと、先端を包み込む柔らかさのギャップにハーデスは微笑む。その先から蕩けてしまいそうな快感に身を震わせる。
「ハーデスっ、ハーデスっ、あぁっ、もっと、気持ちよくっ」
「あぁ、あぁ、お前の中、すごいっ」
 言葉は短く紡ぎきらぬまま、ただ2人は快楽を重ね合う。
 ハーデスの指が彼の頬を撫でる。視線が交わる。そっと初めて重ね合わされた唇は柔らかく2人に刻まれていく。角度を変えて何度も貪れば互いに絶頂が近づいてくる。
「あっ、あぁっ、ハーデスっ、僕っ、もう、あぁぁっ」
「っく、私もっ…」
 入れる、押し込む、入れる、押し込む、大きく腰を引く。
「奥で、受け取れ…っ!」
「あああぁぁぁっ!!」
 奥の奥でハーデスが精を解き放つのと、どくりとくりと彼の男性器から濃い精がゆったりと解き放たれるのは同時だった。

「どうして、あそこで言ったんだ」
 ベッドの上に2人で崩れ落ちて。潰してはなるまい、とハーデスが彼の中から自身を抜いて更に横に倒れて。その腕の中に力の入らない体がもぞりと潜り込んできて。
「っん、ぇ…?」
 まだどこか熱に浮かされて、互いに肩で息をしながらハーデスは尋ねた。性交渉の後に動けなくなるのはいつぶりだろうか。
「好きだ、と」
 ハーデスの指が優しく彼の頬を撫でて、それにつられるように彼の顔が上を向く。
「お前は…私には、言いたくないのだと思ってた」
 白金の瞳がやはり歪んで、彼は思わずその手を伸ばす。
「怖かった」
 ぽつりと落とされた言葉は静かな部屋に溶けていく。
「ハーデスは、ヒューとは違うから。言葉にしたら、変わっちゃうんじゃないかって、怖かった」
 ぬるま湯のような関係ではあるけれど、彼自身も2人を手放す気などさらさらないのだ。
「でも、今日の君は泣いてるように見えたから」
 へにゃりと笑うその顔が月の明かりでキラキラと輝く。
「だから、言った」
「…そうか」
「泣いちゃう?」
「泣かない」
 彼の肩口に顔を押し付けてぐりぐりと頭を振る彼の声が少し上擦っていたのは、聞かなかったことにしておく。
「ねぇ、ハーデス」
 その白い柔らかい髪を彼はそっと撫でた。
「ヒューの好きと、ハーデスの好きが違うのは知ってる。僕の好きがどちらかと言えばヒュー寄りなのも…知ってるだろ?」
 ハーデスは顔をあげぬまま小さく、あぁ、と答えた。
「多分3人とも、そこは曲がらない。それでも、僕は君を好きでいてもいいかな」
 その声色にハーデスが顔を上げた。白金の瞳が少し潤んでいる。
「私だって今更変えられないし…変える気もない。それでも良ければ、私もお前が好きだと伝え続けよう」
「…本当に?」
「本当さ」
 ふふ、と彼が笑った。2人の唇が触れて離れる。
「…この関係も変える気がないのだけど」
 体を交互に重ねるのをふしだらと呼ぶことは、さすがにもう知っている。学舎の教授たちにバレたらタダじゃすまないことも。
「…安心しろ、私も変える気はない」
 目を見開いたその顔に呆れたようなため息が落ちてくる。
「いやだって、ハーデス、キミはもっと嫉妬深いタチかなと」
「嫉妬深い? そりゃ嫉妬もするね、なんせ相手はあのヒュトだ」
 彼の知らない、エーテルで今も様子を探る友人の笑ってない笑顔を思い出す。あれこそ独占欲の塊だ、と心の内でだけぼやく。
「…2人で決めたんだ。お前が嫌と言わないなら関係は維持しようと」
「いつのまに」
 2人だけで内緒の約束はずるいぞ、そう膨れるその頬を突いて誤魔化す。

 それは肉体関係を結んですぐ。2人の間で精も根も尽き果ててくったりと眠る彼を挟んで、ほんの少しいろんな意味で成長の早かった2人は顔を見合わせていた。
「…いやぁ、うん、本当はダメだよね」
「…本当は、な」
 眠る顔を同時に見やる。柔らかいその寝顔は2人の意思を掬い上げていく。
「ヒュト、私はこいつを1番だと思ってるし守りたいと思ってる。…お前と共に守りたいと」
「ハーデス、ワタシは彼もキミも誰にも渡したくないほど大切だと思っているよ」
 互い苛烈な想いの応酬は、同じ方向を向く。自分がどれだけ2人を思っているのかを正しく伝えようと、2人は共に語る。それはまるでイデアの弁論にも似ていて。
「協定を、結ぼう」
 議論の果てに言い出したのはヒュトロダエウスだった。
「とかく僕らは互いはどうあれ彼に関しては同じような気持ちを持っている」
「否定はない」
「ならば、彼が望むままに在るべきがとりあえずの正しい在り方となるのではないだろうか」
「…望まなかったら?」
 今はまだあどけないその寝顔を見下ろす。この関係の捻れに気付いた時、手を跳ね除けられたら立ち直れる気がしない。
「その時は、互いに自戒して綺麗さっぱり性交渉を持つ前の関係になるしかないね」
「あっさりと言う…」
「フフフ…そんなことにはならないと知っているからさ」
 同じものを見れる唯一無二の友人は互いのエーテルを見やる。
「でも、ハーデス。キミにはこの関係性を維持するための楔が必要だ。キミは理由もなく現状維持ができるタイプではないからね」
「ぐっ…」
「睨まないでよ。だから、協定を結ぼう」
 怪しく笑う大切な友人の、その目は笑っていなかった。

「ハーデスは、いいのか」
「なにが」
 その指先をハーデスの髪に絡ませたまま、彼はハーデスの白金の瞳を見つめた。
「お前が望むなら、それでいい」
「ハーデスの意思は?」
「嫉妬に狂った私が見たいと?」
 ハーデスの唇が彼の頬に落とされる。
「嫌だね。それだけは絶対に」
「自己完結だなぁ」
「嫌だから、このままでいいんだ」
 ちゅっちゅっと頬にキスを落としながらハーデスは彼に覆い被さる。くすくすと笑いながらじゃれあう彼の太ももがハーデスに触れる。
「…え、と。ハーデス、さん?」
「勃った」
「うん、そうだね…ってちょっとまって!?」
「安心したらもう一度したくなった」
「いやいやいや? 明日も学校ですよ?」
「ヒュトが代返してくれるだろ?」
 部屋を投げ出される前に言われた言葉を思い出す。なるほど確かにそう言ってたが。
「いや、え、ほんとなんで?」
「嫉妬深い、とお前が言ったんだろ」
 ハーデスはきょとんと目を瞬かせる彼と視線を合わせる。色素の薄い瞳が白金の瞳を見つめている。
「嫉妬とはすなわち独占欲だ」
「へ…」
「今夜は寝かさない」
「え、えぇっ、ちょっ、ハーデス、やぁっ」
 尻をやわりと揉まれてつい反応してしまう自分の体が浅ましい。
「大丈夫だ、やらしくする」
「そこは優しくすべきでは…っ、あっ、あああぁぁぁっ」
 ずぶずぶと沈み込む彼の指の感触に、明日起きれるのは何時になるのかな、と彼はぼんやり意識を揺らめかせた。

おまけ

「無事に言えたようで」
 授業が終わってもコールひとつない友人の部屋に、ヒュトロダエウスは手土産持参で訪れた。片手で食べれるサンドイッチにキラキラと目を輝かせる彼に、ヒュトロダエウスはにこりと微笑む。
「え、あ、う、おさわがせ、しました?」
「はいはい」
 ハーデスが紅茶を2人に手渡しながら寝台の上に座る。広い寝台は3人で寝てもまだ余裕のある広さだ。2人が大事だと言う証明に、3人でいることが大切だと言う証に、ハーデスとヒュトロダエウスの部屋にはそれぞれ大きなベッドが置いてある。…2人の間で交互に眠る彼の部屋には寝台がないのはご愛敬だが。
「いやー、よかったよかった。気が気じゃなかったんだからね」
「黙ってろ、ヒュト」
 その口にサンドイッチを押し付けながら、ハーデスは憮然とした態度で告げる。照れ隠しなのは、火を見るより明らかだった。
 2人を見る彼は交互に見比べて、その小さな口の中にサンドイッチを押し込みながら、ほっと息を吐いた。
「なんだ、そのため息は」
「へ? え、あー…」
 もう一つサンドイッチを手にとり、もしゃもしゃと口の中に送り込みながら、ちょっと視線を外して恥ずかしげに彼は頬を染める。
「2人が、変わらなくてよかったなぁっ、て」
 それに顔を見合わせたハーデスとヒュトロダエウスは笑い合う。
「笑うなよぉ」
「いやいや…聞いたんでしょ? 約束の話」
「聞いたけどさぁ、わかんないじゃん。いざ目の前にしたら…ってのはよくある話だし」
「そんな浅い関係だと思ってたのか」
「思ってないよ!」
 がばりと顔を上げたその顔が赤く紅潮してる。瞳は陽光を反射してキラキラと輝いている。
「2人とも僕にはもったいないくらい素敵で大好きな人だから、この関係を壊したくなく…て…?」
 じっと見つめてくる2人にただならぬものを感じて、語尾が小さくなっていく。
「聞きましたか、ハーデスさん」
「その物言いはやめろ、ヒュト」
「可愛いねぇ、ワタシたちの宝物は」
「それに関しては同意するが」
「えぇ、なに? 2人とも怖いんだけど…?」
 じりじりと近づく2人から逃げるように下がればすぐに壁に突き当たる。ベッドは大きいが、部屋が広いわけではない。
「素敵な素敵なワタシたちの宝物」
「大切な私たちの宝物」
 がしりと両手を掴まれる。体躯の差もあって逃げることは叶わない。
「大好きだからいじめたくなるのは恋の初期段階だっけ?」
「そんな時期はとうに超えてるだろ」
「な、なにぃ…?」
 半ベソになりながら見上げてくる小さなその目蓋に2人のキスが降りてくる。
「可愛い物言いには答えねばな」
 ハーデスがにやりと笑う。
「大丈夫、気持ち良すぎてわかんなくなっちゃうから」
 ヒュトロダエウスが仮面を外す。
「な、なんでぇ!? やっ、あっ、やぁん!」
 2人の手が同時に胸の突起をつねる。愛らしくぴくりと反応するその声に2人の声が重なる。
「「今夜は寝かさない」」

「ね、寝かせてよぉ!!」

――――――――――
2019.11.17.初出

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