されど狼は月に吠える
 牙を剥くその月に向かって

「お前は学習能力がないのか」

 かけられた声に答える声はない。
 英雄のために設えた部屋の真ん中で、闇の手に絡め取られた英雄が喉を唸らせて吠えた。その耳は立ち尾はぶわりと膨らんでいる。
 それだけ見ていれば手負いの猫と言ってしまえたが、その目がぎらりとエメトセルクに好ましくない光を投げる。
「一度やってダメだった手を辿るな。私も暇ではないしお人よしでもない」
 意思をなくした瞳に宿る光に苦々しげに告げて、エメトセルクはその胸元に手を添えた。
「〝お前〟はいらない」
 〝ハイデリン〟の強い光の気配にそう言い放って、エメトセルクは乱暴に英雄の体にエーテルを流し込む。大きく痙攣する体が闇を怖がっている。
「お前は知っているはずだ。思い出せ、この闇を」
 エメトセルクは一方的にエーテルを流し込んでその魂を無遠慮に撫でながら、英雄の首元に顔を埋めた。

 戦うことを望まれた戦士は、戦うことでしか自己を示せない。まさに愚直に望まれたまま無防備に戦いの渦に英雄が飛び込んだのだが、半刻ほど前に居住館の自室に戻ってきた。その姿はいつかの罪喰い討伐後のように〝光の気配〟に支配されていた。
 迂闊すぎるその姿に頭を抑えながらも、放っておけないタチのエメトセルクは姿を表して同じ誘導を行った。そして同じように〝ハイデリン〟の気配に襲撃されたのである。
 先日と違うのは、エメトセルクは粗方予測を立てて罠を張っていたこと…そして、結界を張っていないこと。
(見ているか、水晶公)
 その気配に口の端を上げながら、エメトセルクは英雄の首元に舌を這わせた。びくりと震えた体は恐怖か期待か。
 ひどく腹立たしい。迂闊な英雄も、それを見てもなお縋るなりそこないも、手を振り払えない自分自身も。
(まったく、厭になる)
 エメトセルクが手を離すと、英雄はがくりと頭を下げた。光の気配はずいぶん遠くに行ってしまっている。
「こんなものか」
 その脇と腰に手を添えて抱き上げて、ベッドの上に投げる。だらりと弛緩した体は艶めかしく揺れた。
「ほら、どうすればいいのか、わかるだろ」
 エメトセルクが上から告げれば、復唱なく英雄の手が服を脱いでいく。覚えている、間違いなく。
 エメトセルクは上着を脱ぎ衝立に無造作にかけると、手袋は外さずに全裸になった英雄の脇腹を撫でた。ぱたりぱたりと、彼の尾が揺れる。
「従順で結構。体は起こせるか」
「おこ、す」
 のろのろと起き上がるその体の後ろに回り込む。背中から腰にかけてその真ん中を辿りながら筋張った体を眺める。残る傷は勲章などと呼んでやらない。これこそが呪いだ。
 腰から尾の付け根へ。そこを何度か撫でてやれば英雄の喉がしなる。ぴくりと跳ねた耳がぱたぱたと動いている。
「厭ではないな?」
 わざと声に出して確認する。今も見ているであろう水晶公に当て付けるように…無体を一方的にはたらいてない言質を取るために。
「いやじゃ、ない」
「よろしい」
 尾の付け根の下側をとんとんと叩いてからその身の奥へと魔法式を編み込む。指を鳴らせば英雄の体がびくりと跳ねる。
「っふ……あぁ……?」
「開いてみろ」
 膝で立たせ、どこをともなく彷徨っていた片手を取りその後孔へと導く。エメトセルクに尻を突き出す形で触れさせれば、その指がゆっくりと後孔を指で押す。
 くちゅり、まだ触れていないはずのそこから水音がする。ゆるりと揺れた尾がエメトセルクの頬を撫でる。
「ほら、確認してみろ」
 興味深げに後孔の周囲を押して水音を楽しんでいる英雄に声をかければ、復唱と同時にその指がゆっくりと後孔へと沈み込んでいく。
「あっ、あぁ、っあ、なん、れっ」
 浅い場所を自分で抜き差しして震える英雄の声が艶めく。喉の奥で笑ってその手をそっと押せば指がずぶりと無遠慮に埋め込まれる。
「っひぁ、あっ、あぁっ」
 じゅぷじゅぷと卑猥な音を立てて抜き差しの激しくなるその姿を、エメトセルクは目を細めて眺めた。その後孔に編み込んだ魔法式は使い捨てゆえにもうその残滓すらない。ただ、その身の内に潤滑液を増やすだけの術式。
「おうおう、気持ちよさそうに咥え込んでまぁ…」
「はっ、あぁっ、あっ、んっ」
 指の数が増えている。気がつけば英雄の体は前のめりに倒れ、エメトセルクの前に尻を突き出す形になっている。
「ずいぶんとまぁ…ほら、それだけでいいのか、ん?」
 いまだに目の前を彷徨う尾の付け根を撫でてやれば、その背が反る。
 エメトセルクは分かっている。こうなってしまっては、英雄は体を自ら開くであろうことを。それが〝英雄〟の意思であれ、〝彼〟の意思であれ。
「これだけ、じゃ、いやだ…」
 復唱ではない懇願は、〝光の気配〟をずいぶんと奥底に秘めていて。意思を持つのは〝英雄〟か〝彼〟か。
「なら…ほら」
 ズボンの前を開いてエメトセルク自身を取り出せば、肩越しにこちらを見た英雄の瞳が色に沈む。
 ゆらりと尾が揺れる。その体がしなやかな動きで起き上がり、後孔を慰めていた指がそろりとエメトセルクの雄に触れる。背中越しに数度掻いて硬さを確認した英雄は、今だにひくりひくりと刺激を求める後孔をエメトセルクの雄へと添えた。
「っは、あ、あぁ…」
 くちりくちりと腰を揺らめかせて、後孔と触れ合わせるだけの動きで英雄は尾を振った。戻りきらない彼の意思が、これ以上先に進むための言葉を待っている。
「欲しいのか」
「…ほし、い」
 こくり、英雄の喉が鳴る。ちゅくちゅくと触れ合うエメトセルクの雄と英雄の後孔が口付けと呼ぶにはあまりにも卑猥な音を立てて、狭い部屋へこだまする。
「…欲しいなら、自分でしてみろ。奥の奥まで、飲み込んでみせろ」
 エメトセルクは虚空に睨みを効かせる。
(見ているのだろう、水晶公。これが、お前たちが押し付けた末のものだ)
 エメトセルクの心の声に答えるように、不快な視線はぶつりと不自然に消える。
 喉の奥でくつくつ笑うのと、英雄の後孔がエメトセルクを飲み込み始めるのは同時だった。
「っひぁ、ああぁ…っん、あぁぁぁっ!」
 味わうようにゆっくりと進んだ英雄の腰は、進んでは戻りまた進む。入れ込むその瞬間から快楽を逃さぬように。
「ほら、まずはちゃんと飲み込め」
 目の前で反るしなやかな背中に指を這わせれば、こちらの声に答えるようにずぐりと腰が進む。
「はっ、あっ、あぁ、ああぁっ」
「そうだ、あと少し」
 尾の付け根を掴み、男根を擦るような動きで上下すれば、跳ねた腰がその勢いのまま降りてきてエメトセルクを奥の奥まで飲み込んだ。
「ーーーっ!!!」
 奥の奥をずりっと擦りながら英雄の体がしなった。刺激で、英雄の雄からとろりと射精というほど勢いのない精が溢れた。
「…飲み込めたぞ」
 締めつける圧を心地良く感じながら声をかければ、英雄がふるりと尾を揺らす。
「…っは、あ、あぁ…」
 息を整えるために体を止めているはずなのに、英雄の中はもっとと強請るように蠢く。編み込んだ魔法式の効果で、普段よりも良く湿るそこがぬるりとエメトセルクの雄を暖かく包み込む。
 エメトセルクは遠くから近づくエーテルを感じる。焦りと、怒りと、強い欲情を孕んだその気配を。
「…思ったより遅かったな」
「っふ?」
 エメトセルクの両手が英雄の腰を掴む。思っていたよりも細いその腰にエメトセルクの指が食い込む。
「最初だけ誘導してやる…いい声で、啼けよ」
 エメトセルクの雄がずるずると浅瀬まで戻り、強く早く英雄の中に打ち込まれる。
「っあ、あああぁぁっ!!」
「英雄殿…!」
 高い嬌声と、水晶公が部屋のドアを開くのは同時だった。
「っひ、あ、あぁぁっ、あっ」
 最初のひと突きだけしたエメトセルクは、もっとと腰を打ち付ける英雄をさせるがままにしながら、飛び込んできた水晶公を見やった。
「居住館中に英雄様の声を届けたいのかね」
 エメトセルクの声に、ドアを開けた姿勢のまま固まっていた水晶公は慌てて部屋に滑り込みドアを閉めた。こちらに歩み寄るその姿を見ながらドアの鍵をかけてやるのは、エメトセルクからのサービスだ。
 衝立の向こうから姿を現した水晶公はこちらをしっかりと見て、その足を止めた。
「ほら、お客様だぞ」
 必死に腰を振る英雄に声をかけて顎をさする。
 ゆるりと顔を上げた英雄が固まって、腰の力が抜けてエメトセルクの上に座り込む。
「ひっ、あっ、なん、すいしょ、こう、やっ」
 奥の奥にこつりとあたったその感覚で、英雄の背が跳ねる。〝光の気配〟は空気を読まずに消えていく。もう少し自我を消しておいてやれば、英雄も色に沈み切れただろうに。燃え上がった体はそれでも止まらないのだが。
 見られているという刺激が、エメトセルクの雄をぎゅうぎゅうと締め付ける。
「締めすぎだ馬鹿者」
 その顎を水晶公の方を向く形で固定して、もう片方の手で英雄の太ももをなぞった。なぞりながら、足が開くように誘導していく。
 英雄も、水晶公も、一言も喋らず、動けない。エメトセルクの雄を熱く飲み込みながら、英雄自身からはとくりと精をこぼしながら、英雄はエメトセルクの腕の中で小さく震えていた。
(これが、人の身の限界か…?)
「なんだ、感動の再会に言葉もなしか?」
「エメトセルク…!!」
 怒りをあらわにしたのは水晶公だった。ふわりとエーテルが揺れる。
「私が無体を敷いてないのは分かっているだろう?」
 英雄の顎の下を、小動物を撫でるときのように擦ってやればその尾がゆらりと揺れた。萎えることのない英雄の雄がこの状況を物語っている。
「ほら、英雄様」
 ゆさりとエメトセルクが腰を揺すれば、不意打ちの感覚に英雄の口から甘い声が漏れる。
「っあ、あぁ…や、見ない、で、すいしょ、こ…」
 その手で顔を隠そうとするのを片手で制してやれば、水晶公が一歩英雄に近づいた。
「この間のも、あなたか」
 水晶公の視線は英雄の背、エメトセルクへと向いている。ローブ越しなのに痛いほどの視線を感じてエメトセルクは肩を竦める。
「他の誰かのが良かったか?」
「……」
 ぎり、と唇を噛み締めるその表情は読めない。
 そう、可能性は0ではない。善良な者の多いクリスタリウムといえども、不埒な者がいないとは言い切れないのだ。まして、自我を失った英雄は前すら見ないのだから。
「身内で良かったと感謝して欲しいのだがね」
「誰が…お前に、感謝など」
 その手が震えている。エメトセルクは知っている。水晶公も英雄に抱かれたということを。だからこその憤りなのも。
 ずりずりと英雄に埋め込んだままの腰を揺らめかせれば、英雄は水晶公を凝視したままその口から吐息を漏らす。それが水晶公の雄を刺激するとも知らずに。
「お前の選択肢はふたつ」
 エメトセルクは英雄の腕から手を離しながら告げる。
「ここから今すぐ去って全てを忘れるか」
 ゆらりと揺れた指が、英雄の背をなぞる。
「英雄様にその身を任せるか、だ」
 その指が尾の付け根をさわりと撫でて掴んだ。

+++

「すいしょ、こ、っあ、あ」
 辿々しく言葉を紡ぎきれない英雄は、自身の下で己を飲み込むその体をぼんやりと見ていた。
 熱を孕んだ瞳で英雄に見つめられた水晶公は、それでも英雄を慮ってその場から去れずにいたのだ。それを絡めとったのは〝アシエン〟か〝英雄〟か。
 英雄に背を向け尻を突き出し、愚直に天を向いていた英雄の雄を水晶公の後孔は飲み込んでいく。その身に英雄に施したのと同じ魔法式を入れ込んだのも、エメトセルクのサービスだ。せっかく楽しむのに、痛いと泣き叫ばれるのも興醒めだから、と。
「あ、あ、すご、やわら、か、ぬる、って」
「いわ、いわないで、くれ」
 そのフードが取れないようにぎゅうと抑えながら、水晶公も英雄の下で喘ぐ。
 エメトセルクはそれを後ろから眺めている。若い雄の交わる様をにやりと眺める。
 エメトセルクの猛る雄は、未だに英雄の中にいる。
「ーーーっ!!!」
 英雄の雄が水晶公の奥まで入りきった。ぶるりと背を震わせる様を見て、エメトセルクは英雄の腰を掴んだ。
 蕩けた顔で、え、と小さく声を上げた英雄がエメトセルクを見やる。
「忘れてないだろうな?」
 引き抜いて強く穿てば、英雄の背がしなる。
「ひあっ」
「ああぁっ」
 英雄の雄を飲み込んだ水晶公にもダイレクトに刺激は伝わる。
「や、やめ、えいゆ、どのっ!」
「ちが、オレじゃ、あっ、ああぁっ!」
 エメトセルクはその声の重なる様を見下ろし声を出さず笑った。抜いて穿ってまた抜いて穿つ。
 エメトセルクの動きに翻弄された英雄の雄が、水晶公の体を不規則に穿つ。まだ2回目だから気遣ってやりたいと思う心は、後ろから穿たれる刺激ととろりとした前を包む温もりに阻害される。
「やっ、エメ、まって、すいしょ、こ、ごめ、あっ、あぁっ」
「忙しないなお前は」
 ずぐりと奥まで打ち込んでぐりぐりと擦ってやれば、同じように水晶公の中でも蠢いているのか、フードの向こうでふるふるとかぶりが振られた。
 飲み込む後孔は柔らかく雄を締め付けねとりと絡みつく。自身の魔法式の綺麗な発動にエメトセルクはうっとりと微笑んだ。魔法を扱う者として、美しい魔法式の正しい発動は快感に似た感覚を胸の奥に落とし込む。
「はっ、あ、あっ」
 肩で息をする英雄の尾の付け根を撫でる。
「ひゃぁっ、やっ、あっ、エメっ、あぁっ」
「あっ、あぁっ、あっ、っく」
 尾の付け根をなぞりその尾をしごけば、びくりと跳ねた腰が水晶公の中をうねる。尾の先はぱたぱたと嬉しそうにエメトセルクの目の前で左右に揺れる。
「うぁ、あ、エメ、まって、だめ、あっ、やだっ、で、ちゃ」
「お早いな」
 もちろんエメトセルクがその手を止めるはずもなくて。きゅうきゅうと刺激を求めて締まる後孔の刺激を受けながら、尾を弄る手を早くする。
「あっ、あぁっ、だめ、だ、すいしょ、ごめ、あっ、あぁぁっ!!」
 英雄の腰は自らの意思で水晶公を穿つ。引いて穿って引いて。穿ちながら穿たれる快感に翻弄されたまま、一度目の精を水晶公の中へ漏らさぬように入れ込んでいく。
「あっ、ああぁっ、あっ…あぁー…」
「はっ、あっ、あっ」
 水晶公もその精の奔流を受けて体を震わせた。
 大きく腰を押し付けて精を吐き出した英雄は無意識にそれを擦り付けようと腰を動かして、自身を穿ったままのエメトセルクの雄を意識する。
「っあ、あぁっ」
「まったく、忘れられる身にもなってくれ」
 どれに向けて言ったのかわからないセリフを口の中で噛みしめながら、エメトセルクは大きく英雄を穿った。
「あああぁぁぁっ!!」
「っひ、ああぁぁっ!!」
 吐き出したばかりで硬さを残した英雄の雄が、的確に水晶公の性感帯を刺激する。互いに背を逸らせアンサンブルを響かせる様に、エメトセルクはもっと啼けとがつがつと腰を揺らす。
「あっ、あぁっ、エメっ…やっ、あっ、ああぁっ!!」
「はっ、あっ、ああぁっ、えいゆ、あっ」
 声は留まらず部屋に広がり消えていく。にちゅりぐちゅりとただ卑猥な水音が部屋に響いて空気を揺らす。
「あっ、えいゆ、また、おおきっ」
 水晶公の声にエメトセルクはにやりと笑う。
「さて、どの快感が刺激となったのか…」
 その耳に口を寄せて呟けば、その喉が、ひ、と鳴る。怯えた声とは反対に、その後孔は期待で打ち震える。
 互い、顔は見えない。ただ後ろから貫くだけの互いの関係性に、それでいいとエメトセルクは大きく腰を打つ。
 貶すことも、絡めることも、騙すことも、今は何もいらない。ただ、快楽を追いかける獣が3匹いればいい。
「あっ、あっ、だめだ、こしっ、とまんな、あぁっ」
 英雄の腰も自らの意思で後孔の快感を穿つ水晶公に伝えようと動く。
「はっ、あっ、へいき、だからっ、ああぁっ」
 水晶公もまた健気にその快感を受け取ろうと腰を揺らめかせる。
 その様子を見てエメトセルクも腰をぐいと突き出す。
「あっ、あああぁぁぁっ、あっ」
「ひぁっ、あっ、ああぁっ、あぁっ」
 互いの声すら快楽へと変換して、部屋の空気が甘く揺らめく。
「あっ、あぁっ、やっ、また、でちゃ、あぁ、っく」
「っあ、あっ、あっ」
 前と後ろ、同時に強い快楽を与えられている英雄は喉をぐるぐると震わせて身悶える。その下で打ち震える水晶公の声も上擦って限界を伝えてくる。
「あぁ、いいぞ」
 エメトセルクは追い込みだとばかりに背を丸め2人ごと抱えるように覆い被さりピストンを早める。
「あっ、あっ、だめ、エメ、ふかっ、ああぁっ」
「ひっ、えいゆ、っあ、まっ、おく、くるっ」
「善がり狂ってしまえ…っ!!」
 一際大きくエメトセルクが腰を突き入れた。それだけで十分だった。

+++

 へたりと力なく横たわる体が、小さく丸まったまま眠っている。その年齢よりも少し幼い寝顔を眺め前髪を弄っていたエメトセルクは、隣室のシャワールームから出てきた水晶公のドアを閉じる音にそちらに視線をやった。
 指を立てて唇に当てれば、察したのか幾分か静かな足音で、水晶公は机の上のピッチャーから3つのグラスに等分に水を入れ小さなトレーに全部乗せてベッドへと近づいた。エメトセルクはベッドの縁から立ち上がらず小さく指をスナップさせるとローテーブルを創り出す。ことりと置かれたトレーから、水晶公はグラスをふたつ手にとってひとつをエメトセルクに差し出した。
「…律儀だな」
 それを少し目を丸くして受け取りながら、声量を抑えた声で呟く。
「今は敵でも味方でもないだろう」
 ふるりと緩く首を振って水晶公はグラスに口をつけた。乾いた喉に染み渡る水分が深いため息を吐き出させた。
 エメトセルクも同じように水を一息に飲み干して息を吐く。吐息が部屋を揺らして溶けていく。
「お前は知っていたのか」
 エメトセルクはトレーの上へグラスを戻すと、また英雄の前髪をそっと撫でた。
 知っていたのか、問われた言葉に水晶公は少しだけ考えたのち口を開く。
「いや…様子がおかしいと聞いたのすら、前回が初めてだ」
 共に一体目の大罪喰いを倒して光をその身に宿した時も普通であったと。
 ならば、これはいつからだ?原初世界にいた頃からなのは、あちら側の方がハイデリンの影響が色濃く出やすいことからも確定だ。だが、現象の発露に差がありすぎる。
 水晶公もエメトセルクの考えていることが分かったのか共に眉を潜める。2人押し黙ったまま思考だけが横たわっていく。
 その空気は小さなくしゃみで破られる。
「へきゅっ」
 くしゃみだと思うのだが。
 水晶公が薄掛けを引き上げようとしたとき、ぱちりと英雄の瞳が開いた。むぅ、と音を鳴らしながら目を数度瞬いて…がばりと起き上がった。
「へあっ、あっ、ええと、あの」
 あからさまに狼狽る英雄の姿に先に吹き出したのは水晶公だった。
「…っふ、くく…う、狼狽すぎだろう…っく…」
「っふ…あぁ、まったくだ」
 顔を見合わせて笑うふたりをぽかんとした顔で眺めた英雄は、もう一度むぅと鳴いてごろりと横になった。
「あぁ、横になる前に水分を」
 水晶公が声をかける間にエメトセルクの手が伸びてくる。やんわりと頬を撫でた手が英雄の体を抱え起こした。起き上がった英雄の手を取って、水晶公の手がグラスを握らせた。
 息のあったその行動に、やはり目を丸くして英雄はきょとんとした顔をしてた。
「ほら、飲みなさい」
 小さな子供にするようにそっと両手を包まれて、なんとも言えない気持ちのまま英雄は大人しくこくこくと水を飲んだ。 
「なんなのぉ…」
 へたりと耳を寝かせたまま英雄はその声さえぺしょりと潰して呟いた。その手からグラスを抜き取りながら水晶公は小さく首を捻る。
「どういう状況なのこれ…」
 気がつけばエメトセルクには後ろから抱き抱えられているし、グラスを置いた水晶公は前から抱きついてきている。
「褥の上で敵味方に別れる必要もなかろう?」
「そういうことだ」
 その頬を2人から撫でられて、英雄の尾がぱたりぱたりと揺れる。
「しかもオレだけ裸だし!? 脱げよ! 2人も脱げよ!!」
 憤る方向を間違えたままぐるぐる唸る英雄のその声色とは裏腹に、しっぽが忙しなくぱたぱた揺れ動く。尾は口程にものを言うものである。
「フードは取れないからなぁ…」
「元より脱ぐ気がない」
 さらりと言われて、さらに憤る英雄の体が前後からがしりと固められる。
 あ、これまずいのでは? と英雄の勘が働くもその勘はもう少し早く働くべきで。
「どうにも英雄様は空気が読めないらしい」
「そんな器用な真似ができるとは思えないのだが」
「ひどくない!?」
 抗議の声すらくすくすと笑われる状況に思考がぐるぐるする。英雄のその随分と砕けた話ぶりに2人の視線が柔らかくなっていることには、英雄は気づかない。
 エメトセルクの手が英雄の視界を塞ぐ。その耳に口を寄せながら、わざとらしく水晶公にも聞こえるように低い声で唸るように言葉を紡ぐ。

「〝手触り〟が良いものに囲まれて満足だろう?」

 あけすけとそう言われて、英雄はかちりと固まった。意識しないようにしていた事実を告げられて、尾が膨れる。合わせるように動いた2人の指が肌を擦れば、その喉からは甘い嬌声しか上がらない。
「やっ、あぁっ、ちょ、まって、ふたりとも、やぁっ」
「そんな艶声でなにを待てというのか」
「誘っているのはあなたの方だろう?」
 塞がれていた視界が晴れる。くすくすと前後から降り注ぐ笑い声が最高に最悪な事態の訪れを英雄に知らせる。
「英雄殿の〝手触り〟のお眼鏡に叶えて光栄だ」
 水晶公はその口元に優しく歪める。さらりとローブの衣擦れが英雄の太ももを掠めていく。
「英雄様にはきちんと覚えていただかないとな、この〝手触り〟を」
 エメトセルクの指が脇から胸元、胸元から鎖骨へと緩々と撫でていく。その手袋の感触にぞくりと背が震えた。

「「他のなにもいらないほど満たしてやろう」」

 抱き潰されるだろう事実だけを言外に含んだ重なった声に、その手触りに、英雄はその身を投げ出した。

この先はここまでと少し毛色が違っています。
主にエメトセルクと水晶公の喋り方などが原作と著しく乖離しています。
読み進める間に「あ、これだめだ」と思ったらブラウザバックしてください。

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されど狼は月に吠える
 もう牙すら折れてしまったというのに

吠える狼は牙を持たない-EX-

「ほんと、もう、まって、むり…」
 へにゃり、力の抜けた英雄が2人の間で傾いだ。その体中に2人からの証を存分に散らして。
「待ってもなにも、まだなにもしてないではないか」
 エメトセルクの憮然とした声にうぅ、と唸った英雄はずるりとその手から逃げようとした。もちろん逃げられないのだが。
「まぁでも少し…やり過ぎただろうか」
 その手の甲に口付けながら水晶公は英雄を見て首を傾ける。全身つけれるところならどこにでも、といった具合に体中にキスマークと勢い余った噛み跡をつけられた英雄は、その耳をぺしょりと潰したまま膝を抱えた。
「もうむり、ほんとむり、勘弁してください…」
 その膝に額をぐりぐりと押し付けてきれぎれに懇願するその背中をエメトセルクの指がすっと撫でる。
「ひゃんっ! …やめてってば!!」
 その尾がぺしぺしとエメトセルクを叩く。
「とりあえず…水でも飲むかい?」
「…欲しい…」
 小さな願いを聞き入れた水晶公は、グラスに水を注ぐと英雄の前に差し出した。
「ほら…あぁ、エメトセルク、彼を、壁を背にしてあげて」
「…しかたない」
 渋々と言った面持ちでエメトセルクが英雄の体を一度抱えてそっと壁際に下ろす。のろのろと顔を上げた英雄に水晶公がグラスを差し出す。
「はい…足りなかったら注ぐから言っておくれ」
 ようやくのろのろと顔を上げた英雄はシーツを引っ掴んで体に寄せると、ようやく水晶公の手からグラスを受け取った。
「おうおう、これはひどい」
「なにも! ひどく! ない!」
 一気に水分を煽った英雄はもう一杯と水晶公にグラスを突き出しながら、がるるると英雄が牙を剥き出しにする。
「敵味方とかそんなのはもういい! 迂闊だったオレも悪い! でもやめてって言ったらやめて!?」
 事ここに至るまでの〝光の加護〟による無意識状態のことまでひっくるめて、英雄は叫んだ。
「やめてと言われてやめる奴がいるか?」
 至極当然のように呟いたエメトセルクに英雄が潤んだ瞳で睨みつける。その手に2杯目のグラスを差し出しながら水晶公が苦笑いしている。
「水晶公は…味方だと思っていたのに…」
「あなたの敵にはなってないと思ったが」
 2杯目を飲み干すのを確認してグラスを受け取りながら水晶公はくすくすと笑った。
「2対1って、ひどくない?」
「戦場でお前はそんな事気にするのか?」
「ここは戦場じゃない!」
 がうーっと唸ってから英雄が今一度体育座りで体をきゅっと小さくしてシーツを体に寄せた。
「いや、うん、落ち着こう」
「1番落ち着いてない奴に言われても」
「エメトセルクはちょっと黙ってて」
 ぴしゃりと言い放って英雄は大きく息を吐いた。
「確認したいんだけど…ふたりとも今どんな気持ちでオレに向き合ってるの?」
 問われた2人は目を瞬かせた。
「え、可愛いなぁと」
「間抜けな姿だなと」
「よぅしわかった、ふたりとも」
「冗談だ」
 肩を竦めるエメトセルクとくすくす笑う水晶公は対照的ながら、その空気は存外に柔らかい。
「さっきも言っただろ。褥で敵も味方もない、と」
「エメトセルクに概ね賛成かな」
「えーと、それは、一歩外に出たら…ってこと?」
「概ね」
 納得したように2度頷いて、英雄は一度瞳を閉じた。自分の中に感情を落とし込むその様子に、2人も押し黙った。
 ややあって開かれた色素の薄い瞳は、眉根を寄せてから大きく息を吐いた。
「ふたりとも大人だなぁ」
 素直な英雄の感想に、2人の〝大人〟はくつくつと笑った。
「アシエンがいつから存在すると思ってる…」
「この街の歴史とともにあった私だ、少なくともあなたよりは年上だよ」
「そういう意味じゃ…あー、でも似たようなものか」
 ガリガリと頭を掻いて英雄はぴたりと動きを止める。ぱた、とその尾がシーツの上に落ちた。
「ごめん、オレはそう簡単に切り離して考えられない…かもしれない」
 歩み寄ろうとしている者たちに苦しげな表情で吐き出す英雄の、これまでを考えれば当然だと言えた。
 それはそうだろう、エメトセルクと水晶公はどちらともなく呟いた。
 だが、英雄は2人の思惑を超えて言葉を紡いでいく。
「2人が信用ならないとかじゃなくて、ここを出たら敵と味方になるのが…耐えられない」
 それは、〝英雄〟として歩みながらも手を差し伸べ続けたものの言葉だった。敵にも、味方にも、分け隔てなく手を差し伸べ〝手触り〟を確かめ続けた者の言葉だった。
「なるほど、まさに〝英雄〟らしい」
「そんなあなただから皆惹かれるんだろうね」
 それぞれの感想を受けて、伏せ気味だった瞳が2人を見た。それぞれにいろいろなものを背負った2人が、どこか優しい瞳で英雄を見ていた。
「いっそそのぐらいの方が清々しい。暁の連中は私を見るたびに冷たい視線しかよこさない。あれはよろしくない」
「日頃の行いのせいでは?」
「私は直接手を下してないのだがなぁ…」
 納得のいかない表情のエメトセルクに水晶公は連帯責任では、と苦言を投げる。エメトセルクはそれに大きなため息で答えた。

「悩め悩め、若者。そうやって大きくなるんだ」
 めんどくさそうにそう言い放つエメトセルクから、この話題はここまでだという空気を言外に感じる。
 それに倣うように頷いた水晶公と、2人分の手が伸びてくる。
「いやあの、オレの話聞いてたよね?」
 背後は壁。左右から迫られて逃げられるはずもない。
「聞いてたとも」
「だから黙ってろ」
「だからってなんで!?」
 2人の手が確かめるように英雄の頬を撫でる。怯えるような表情とは裏腹に、シーツにぺたりと落ちていた尻尾がぱたりぱたりと動き始めた。
「好きだろう、この〝手触り〟」
 すりすりと優しく触られて、英雄の瞳がとろりと歪みかける。流されない、と瞳が行ったり来たりする様を2人はゆっくりと眺める。無意識で求めてしまうほどの安堵感に、その〝手触り〟にぐらぐらと揺れている。
「それとも好きではないのかな」
 水晶公の少し寂しげな声色に尻尾がぱたぱたと揺れて返事をする。
「触れたくないほどの〝手触り〟なら離れればならんなぁ」
 エメトセルクが嘯くそれを聞き流せるほど、英雄は器用にはできていなかった。
 膝を抱えていた手が2人の服の裾をきゅっと掴んだ。目だけはぼんやりと2人の間を見つめながら掴んだ手がさわりと指先で布を撫でる。
 一度顔を見合わせたエメトセルクと水晶公は、密着するように英雄の左右に近づいた。英雄の瞳をエメトセルクの大きな手が塞いだ。
 ゆっくりと相手の出方を探るように、離れていく気配を感じたらその手を離せるように、そっと、そっと、英雄の手が2人の服を撫でる。水晶公の手がそっと英雄の膝を押した。するするとシーツの上を滑る足先は、先程よりは楽な体制になる。
 英雄の手が2人の頬を撫でる。それ以上上がってこないのは、水晶公のフードを懸念してのことだろう。意識の向こう側で〝手触り〟を探りながらも、深層に刻まれた彼らしさが優しくそこに息づいている。
 頬を撫でていた指がするすると2人の唇に触れる。上唇をゆっくり撫でるその指の動きを感じながら、エメトセルクと水晶公は目配せで合図をする。英雄の指が同じようにゆっくりと下唇を撫でる。その指がちょうど真ん中を撫でた瞬間、2人はパクリとその指を咥えた。
「ひぁっ!? え、暗っ!?」
 ようやく自分の置かれた環境に気づいたのか英雄はせわしなく尻尾を揺らした。
「お前の触り方は見えない方がいいだろ」
 ゆっくりとその手を外しながらエメトセルクは告げる。ぱちぱちと瞳を瞬いた英雄はまだ咥えられたままの自身の指を見て、ひゃっと声を上げて手を離した。
「え、オレ、そんな触ってた?」
 胸元で手をきゅっとしながら、英雄は眉根を寄せる。
 2人に頬を撫でられてまた瞳が行ったり来たりする。寄り添われた体の温もりが英雄の心を刺激する。
「もっと触れててもよかったのだが」
 水晶公がくすくすと笑えば、その声に合わせるようにエメトセルクもくつくつと笑う。2人の手がシーツ越しに太ももを撫でてきて膝が持ち上がる。するすると撫でながら徐々にシーツを取られていくのに気づいていても動けない。
「おねがい、2人とも…やめて…」
 とろりと歪んだ瞳は〝光の気配〟に染まる彼と同じで。けれど今は気配を潜めるそれに英雄はかぶりをふることすらできない。

 優しさが、英雄を追い詰めていく。

 下肢を隠すように寄せていたシーツは取り払われる。ゆるく立ち上がる英雄の雄をその手に絡めたのは水晶公だった。
「っふ、あ、や」
 英雄の中で何かが噛み合った。噛み合った気配がした。急速に意思をなくすその瞳を2人は見ていた。
 胸の前で握りしめていた手が、2人の胸元をするりと触る。歪んだ瞳はゆっくり伏せられていく。
「あっ、ふ…んぁ」
 エメトセルクの手が英雄を壁から引き剥がす。支えを失ったその背がエメトセルクの胸元に落ち着く。水晶公の手は優しく包むように英雄の雄を撫でている。
「あ、あぁ…」
 エメトセルクの手が英雄の胸元を撫でる。胸の突起を優しく撫でられて英雄はびくりと跳ねた。
 全身につけられた2人からのキスマークが燃え上がる体温に合わせるようにその肌の上で赤く揺らめく。英雄の尾が嬉しそうにシーツの海を泳ぐ。
「ほら、どうしたい」
 エメトセルクが英雄の耳元で低く囁く。鼓膜を揺らす音に英雄はぴくりと跳ねて腰を揺らす。
「ふ…あぁ…」
 水晶公は彼の雄を優しく掻きながら、英雄の頬へ手を添えた。
「あなたの望むままに」
 優しい声色に英雄の睫毛が震える。
 腰を支えていたエメトセルクの手が背中へまわり英雄の尾の付け根を優しく撫でた。
「あ…あぁ…」
 エメトセルクの唇が英雄の首筋を、水晶公の唇が英雄の脇腹を、触れて、舐めて、吸い付いた。
「ひっ、あっ、あぁっ、あっ」
 ちゅっとリップ音を立てて離れていく唇を追いかけるように、どこも見てない瞳で英雄は小さく告げた。

「僕、で、してください」

+++

 絡め取られた心のよすがをどこに定めるべきかすら見えないまま、英雄はぼんやりと瞳を濁らせた。
 組み敷いた体の、黒いローブに額を埋めながらただ揺すられるその感覚に声だけがはっきりと響く。
 水晶公の後孔は英雄をしっかりと咥え込んで彼の雄を優しく包む。
 英雄の背を辿るエメトセルクの手が、その尾の付け根をあやすように撫でる。視線を下げれば英雄の後孔がエメトセルクの雄を咥えている。
 場の主導権は英雄にあって、けれども英雄は2人になにも求めない。
「っは、あ、あぁ、あっ」
 水晶公の手が自分の横へ檻のように降り立つ英雄の手をそっと包んだ。
 一息一息、吐き出す呼気は熱いのに英雄は寒さに震える子供のようですらあった。犯して、犯されて、その互いを身に受けて、それでもなお英雄は小さく震えていた。
 多くを語らずとも、2人の〝大人〟は優しく子供をあやす。
 エメトセルクはゆっくりと英雄の中を穿つ。狭い隘路を傷付けぬように、ゆっくりと揺すられて英雄は嗚咽にも似た声を漏らす。その刺激が組み敷いた水晶公にも伝わり、水晶公の喉からも声を漏らさせる。
 英雄の尾がぱたりと揺れる。ぱたり、ぱたり目の前をふらふらと行き来するそれにエメトセルクは甘噛みをする。
「っひぁ、はっ…」
 ぞくりとした感覚に締まる後孔がエメトセルクをきゅうと締め付ける。跳ねた体が水晶公に埋め込まれた英雄の雄を熱く滾らせる。
 押さえ込むような呻き声が部屋の空気を揺らす。快楽を貪るためではない動きが英雄を追い詰めていく。
 呼吸と喘ぎの合間に震えるような声が落ちていく。息を詰めて耳をそばだてなければ聞こえないほどの声が零れ落ちる。

 ごめんなさい、許して、おねがい、ひどくして

 縋るように握りしめたのはシーツだけで、零れ落ちた言葉はどこへ向けたものでもなくて。どれだけ体を繋げても、繋げたからこそ、英雄は追い詰められ孤立する。〝光の気配〟のない英雄の脆い内面が、その剥き出しの好意がお願いだからと懇願する。
 エメトセルクの腰が英雄を揺すれば、その下で水晶公も揺らぐ。どれだけ震えても、その身の内に埋め込まれた雄が熱く太いままなのを水晶公は感じている。その雄を慰めるように水晶公の中も柔らかく律動する。
 吐き出す息は三者三様、それなのに揃って熱と艶を持つのがなんだからやたら滑稽で。
 エメトセルクはぐっと英雄の腰を掴むと抽送を少しずつ早めていく。もっとと強請るような腰の揺らめきに、エメトセルクは顔を顰めたままただ快楽を与えようとだけ動く。
 水晶公もそんなエメトセルクと同じように包み込む彼を意識して腰を揺らめかせる。身の内を暴かれながら、英雄から漂う濃い香りに顔を顰める。

 部屋を支配するのは英雄、その彼から強烈に立ち昇る〝死の気配〟

 これは、〝生〟ではない。遍く希望を背負い前を向くものにはあるまじき、普遍的な停滞の香り。英雄の声が甘く艶めくほどに強くなる香り。
「一度イカせる」
 エメトセルクのぽつりとした呟きは水晶公に意図を伝えた。意図を組んだ水晶公は英雄の手を包む力を強くした。
 大きく深くエメトセルクは何度も英雄を穿つ。その動きはダイレクトに水晶公を穿つ。
 けれど部屋に響くのは小さな子供の啜り泣くような甘い声だけで。息を潜めた大人たちはただその香りに酔うように大きく息を吸い込んだ。
「ーーーっ!!!」
 エメトセルクが一際大きく腰を打って、その瞬間、英雄は声もなく叫んだ。身の内がじわりと熱くなることで、水晶公は英雄が、精を吐き出したのだと悟った。浅い呼吸を繰り返しながら、水晶公は英雄の精を漏らすまいと腰を揺らめかせた。
 ずるりと3人が崩れ落ちるように離れる。英雄の体は支えをなくして水晶公の背に落ち、そのまま重さに任せるようにベッドへ崩れた。意思を感じない自由落下だった。
 エメトセルクが大きくひとつ息を吐いて、英雄の体を起こした。水晶公がするりとその下から這い出る。
 体を起こした水晶公は、エメトセルクの腕に支えられたままだらりと弛緩した英雄のその体を見つめた。その前髪をさらりと撫でても英雄は身動ぎもしない。エメトセルクは英雄の体をくるりと反転させると座り直した水晶公の膝の上にその頭を乗せてやった。
「お前も飲むか」
 ローテーブルへと手を伸ばしながら告げられた言葉に、小さくあぁと返事を返した水晶公は、英雄の前髪を掻き分けて優しく撫でた。
 水の入ったグラスを水晶公へと渡して、エメトセルクは一息にそれを飲むと苦々しげに言葉を吐き出した。
「これはなんだ」
 ローテーブルにことりと置かれたグラスが部屋の照明でちかりと光る。
 水晶公は首を横に振ってグラスから水を飲んだ。部屋に漂う〝死の気配〟は未だ消えていない。
 英雄は伏せた瞳のままどこも見ていない。だらりと弛緩した体はともすれば重力に従って落ちてしまう。
「わからない…誰も、なにも、言ってなかった」
 あるいは言えなかったのか、そこまで考えてそれはないと思い至る。たとえ暁の面々がこの状態の彼のことを知っていたとしたら、言わないはずがないからだ。

 この英雄は、戦えない。

「過程と結果がズレていくのはままあることだが、これは、そんなものではない」
 エメトセルクの手がぱたりと揺れた尻尾を掴んだ。そこだけが、彼の最後の意思を残す場所だった。
「別人のようである、と」
 聡明な2人は言葉少なに議論を交わしていく。英雄の尾はエメトセルクの手の中でぱたぱたと揺れている。
「〝光の加護〟こそが問題点かと思っていたが…その根本とはな」
 疑問が確信に変わるのは時間もかからず。
 だが言葉を発するより早く、英雄の口からため息が漏れた。大きく呼吸したことによりずるりと落ちかけるその体を水晶公の手が支えた。
 はくり、と息を飲み込んで英雄は瞳を閉じた。
 吐息よりも小さな声がその口から紡がれる。

 大丈夫、ごめんなさい、ここにいます、捨ててください

 相反する言葉がぽつりぽつりと紡がれて落ちていく。思い出すそのどの姿とも重ならない様子に息を潜めた2人の前で、英雄の瞳がゆるりと開いた。
 水晶公の膝の上からずるりと体をずらして落ちた英雄はそのまま小さく丸くなった。
「…っ大丈夫、です。明日には、戦えます。だから」
 先ほどまでとは違ったしっかりした声は、拒絶の色を含んでいる。彼の纏う香りは消えない。
「あなたを放ってここを去れるとでも?」
 水晶公の手がその頭を撫でる。びくりと震えた体がそのまま小刻みに震え続ける。
「みくびるな」
 エメトセルクの手がその顔を押さえ込んでいた手を引き剥がす。嫌だとシーツに顔を押し付けるのは止めずにおいた。
「戦えます、戦います、だから、お願い、だから」
 小さな呟きが部屋に転がって溶けていく。

「僕に、〝手触り〟を、教えないで」

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2019.11.20.初出

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