遠い遠い記憶の底に大事にしまい込んだ美しい原風景がある。
 青く輝く水晶の塔、満天の星空、仲間たちの笑顔……あなたの笑顔。
 あの日々は今も宝物となって、オレの心の中で輝いているんだ。

「少し、話そうよ」
 あの頃と同じ笑顔を湛えた彼女は書類まみれの水晶公に向かって手を差し出した。
 いやいやいや、目の前の書類が見えるだろう?
 そう訴える私に、どこまでも無邪気な笑顔で微笑んだ彼女は有無は言わさないとばかりに2人乗りチョコボを呼びつけ、まるで荷物でも担ぐように私を持ち上げそのままチョコボにまたがる。
 チョコボの頭と彼女の間に下ろされた私が抗議の声を上げるより先に、彼女はクリスタルタワ―上部の外へと続く大穴から大空へ飛び出した。
 異変を察知したのか下からざわめく声が聴こえる。
「掴まってないと落ちるぞー」
 前だけを見据えたキラキラした瞳が、そっと私を抱きとめた。
 慌てた様子で駆けてくるライナの姿が見える。
「ライナ―!! ちょっと水晶公借りるねー!!!」
「お、お待ちください!! ちょっと、公ー!?」
 叫ぶライナを尻目に、彼女はイル・メグに向けてチョコボを飛ばした。

 リダ・ラーンから篤学者の荘園へ。
 ライナ達クリスタリウムの民はイル・メグを恐れている。おいそれとこの場所に近づくことはない。そういう意味では移動先としては正しいのかもしれないが…
 輝くクリスタルが放つハレーションの七色の光を受けながらゆっくりとチョコボはその少し大きな建物の前に降り立った。
 ぴょんと元気よく飛び降りた彼女は、私にすっと手を差し出してきた。
 立場が逆じゃなかろうか、そう呟きながら私はその手を取ってチョコボから降り立った。
「ありがとね、また帰りに呼ぶからそれまで遊んでていいよ」
 他のチョコボよりかなり大きい体格のその子は、嬉しそうに目を細め二度三度彼女に擦り寄った後大空へ飛び立った。
 しばらくの間手を振っていた彼女は、チョコボの姿が遠ざかったのを見て私に向き直った。
「ここだったらタワ―からそこまで離れてないし、体、大丈夫でしょ?」
 肩を竦めながらそう告げて、彼女は建物のドアを開けた。
 少し古くなった紙とインクの香りが開け放たれた部屋から風に乗って漂ってくる。
「勝手に入って大丈夫なのかい?」
「平気でしょー」
 ここはたしかウリエンジェが拠点として使っていた家のはず。
 入り口でどうしたものかと悩んでる私の腕をとり、家の中へと引きずるように押し込む。
「あまり外にいると、妖精たちが面白がって寄ってくるからね…」
 手近にあった椅子を引っ張り私に座るように促してくる彼女にとりあえず従っておく。一方の彼女は机の上の本をざっと横によけて自身のカバンの中からお茶を取り出している。
「戻ってきてから何回か、ウリエンジェに聞きたいことあったから探してたんだけどさ。どこ探しても居ないんだもん」
 いつ来ても人が居た気配がない、だから平気でしょう。彼女はそう笑いながら机の上にホットココアとセサミクッキーを置いた。私の手にホットココアの入ったカップを握らせた彼女は、そのまま机に寄り掛かるような体勢になりながら自分の分のホットココアをすすり始める。
 折角入れてくれたのだし温かいうちにいただこう、と私のそれを口に運ぶ。それはあっさりとした甘さで書類整理で疲れた喉と体を潤した。
「ゆっくりとさ」
 下ろしたカップの淵を手持ちぶたさそうに指でなぞりながら彼女は口を開いた。
「話す時間、取れなかったじゃん?」
 言われてみればあの決戦の後、私はしこたまライナに怒られ、クリスタリウムの住民に怒られ、傷が塞がりきるまでは事務作業を!と星見の間に書類と共に押し込まれていた。一方の彼女は原初世界と第一世界を相変わらず忙しそうに飛び回っていた。
 別にすれ違っている…というわけではなかったのだが、お互いに顔を見合わせて話をする機会が取れていなかったのも事実であった。
「…お互いに忙しかったとはいえ、すまなかったね」
「まぁ、お互いさまだよ、そこは」
 カップを机の上に置きながら彼女は明るく笑った。
「聞かせてよ、いろんな話」
 水晶公のすぐ前に椅子を引っ張ってきて座りなおした彼女は、私の顔を覗き込みながらそう告げた。
「…何から話そうか」
「話したいことがいっぱいあるね」
 顔を見合わせて笑う。
「そうだね、話したいことがいっぱいあったんだ。伝えたいこと、託されたこと、本当にたくさん…」
 中身のなくなったカップを見つめながら私は大きく息を吐きだす。
 伝えたいことがあったんだ。たくさんの人の思いを、たくさんの人の笑顔を、背負って一人で来たことに後悔はなかったけれど。
「目覚めてすぐに、あなたの名前を探したよ」
 私はカップから目線を上げ彼女の顔を見つめた。
「なかったかも、しれないじゃん」
「絶対にあると、信じてたからね」
 彼女の名前が記されていない歴史なんて考えられなかった。あの時、ほんの少しの時間だけれど私はあなたの輝きを一番近くで感じて理解したんだ。
「…直接言われると、流石に恥ずかしいな…」
「ちょくせ……」
 直接…? 私はどこかでこの話をしたことがあっただろうか…?
 そう考え、思い至る。そうだ、彼女の光の戦士としてのちからは…
「まさか、過去を見た…?」
「……て、てへ」
 イタズラっ子の笑顔をしながら彼女は目線を泳がす。
「まさか見られていたとは…」
「いいい意図して見れるものじゃないし、ね?」
 彼女の過去視は自身で制御できるものではない。急に目の前に現れて去っていく映像を一方的に見せられるというのは私にはいまいち理解しがたいが。
「これはこれで、気恥ずかしいものがあるね」
 口に手を当ててはーっとため息を漏らすとバツが悪そうに笑った彼女は、流れを変えるように明るく声を上げる。
「そ、そういえばさ」
 彼女は素早い動きで私のフードをはずした。
「わっ!? な、なにを…」
「……これは、痛くないの?」
 彼女の手がそっと私の頬の結晶化した部分に触れる。明らかに人ではないごつごつとした感触を彼女の指がそっと撫でていく。
「痛くは、ないよ」
 眉根を寄せながら彼女は視線を落とす。次に言いそうな言葉を先に紡いでいく。
「これは、私が選んだ決意の証なんだ。例え痛いとしても、その痛みも甘んじて受け入れるさ」
「…でも」
 私はそっと彼女の両手を私の両手で包んだ。手のひらから感じる熱がじんわりと伝わってくる。
「これは誰のせいでもない。私が選んだ選択だ。あなたが気に病む必要はないし、私を慮る必要もない」
 出来る限り彼女の瞳を見つめ返しながら私はゆっくりと告げた。
「ただ…あなたに会いたいと願った男のわがままさ」
「会いたいと…願った…」
 意味を飲み込むように、彼女は私の言葉を反芻する。
「あぁ、会いたいと願ったさ。あなたは私にとって大事な人だもの」
 伝わるだろうか、この想いが。
「私だって…」
 一度下を向いた彼女は、顔を上げると涙を溜めた瞳で私と視線を合わせた。
「私だって、あなたに会いたかったんだよ…! グ・ラハ…」
 名前を呼ばれて、胸の奥が熱くなる。あなたに…きみに、そう呼ばれたかった。
自然と視界が滲む。
「そうか…そう、だったんだね」
 堰を切って泣きそうになる前に、私は彼女を強く抱きしめた。
「…300年…」
 抱きしめたままきみの肩に顔を埋める。絞り出すように言葉を紡いでいく。
「…300年、ただ、きみを探していたんだ…」
 彼女は私の言葉をただゆっくりと聞いてくれていた。
「…うん」
「長い…長い年月の果てに…漸く会えた…」
 腕の中で彼女が身じろぐ。強く抱きしめすぎただろうかと腕を緩めると、きみは真っ直ぐ私を見つめてきた。
「……ありがとう…私を、探してくれて」
 きみの言葉が、嬉しかった。
 私は大きくかぶりを振って今一度君と視線を交わらせた。
「ありがとうは、オレのセリフだよ…!」
 水晶公としての私の感情と、グ・ラハ・ティアとしてのオレの感情が、ないまぜになる。
 吐息のかかる距離で、お互いを見やる。
 どちらともなく重ねた唇は、柔らかかった。
 彼女の腕が私の背中に回され、とんとんと優しくリズムを刻む。
「ずっと、ずっときみを、きみだけを」
 離れた唇の間にきみに言葉を届けようとするけれど、なにから伝えればいいのかわからなくなる。もっと、もっと伝えたい言葉があったはずなんだ。
 なにかを言おうと焦る私の唇にきみの柔らかな唇が重なる。あやすように優しく触れたそれを離して彼女は鮮やかにほほ笑んだ。
「だいすきだよ、グ・ラハ」

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2019.07.30.初出

 

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