「エメトセルク、集中して」
「してる」
「さっきからずっとスマホチラチラ見てるでしょ」
自宅、書斎、美人担当編集と2人きり。
とだけ書けばラブロマンスの一つでも始まるのかと読者はワクワクするのかもしれないが、残念ながら背後にいるのは、美人は美人でも、鬼編集長ヒュトロダエウスだ。
「資料も見れんのか」
「…ハーデス?」
背後からの圧が怖い。ため息をついてキーボードに向かい合う。
ヒュトロダエウスに発破をかけられ光の元へと走ったのが6日前。
寂しくなったら連絡してとは言ったが寂しいと言えない子だ、連絡はないだろう…と思っていたのだが、こちらの写真だけのメッセージに写真が返ってきたのだ。互いにその日何があったのかを一枚の写真だけでやり取りする、それがたまらなく嬉しかった。光の送ってくる写真は、あまり写真を撮り慣れていないのかどこにピントを寄せてるのか分からないものもあったが、彼がその日にあった一コマを丁寧に撮ってくれていることがわかるものだった。ちなみに昨日返信できたのは作り途中のピクルスの写真。私は今日の写真で肩越しにむすりとしているヒュトロダエウスを隠し撮りして送った。
「…余裕そうだね」
いけない、鬼編集長が暴れ出す。あと少しとなっていた原稿を書ききってしまわねば。
「コーヒーが欲しい」
「またぁ? …って、ほんとにもうないのか」
手元のカップを覗き込んでヒュトロダエウスがため息を吐いた。失礼な、ちょっと視線が痛いから追い出そうとかそんなことは思っていない、たぶん。
「コーヒーだけでいいの?」
「お前がそろそろ限界だろ。コンビニ行ってこい」
ヒュトロダエウスは超がつく甘党だ。
甘党というか、活動エネルギーの大半を糖分で賄っているのではないかというほど甘いものしか食べない。一応体に気を使っているのかやれ食物繊維だカロリーオフだと騒いではいるが、そもそも糖質を抑える気がなければ意味がない。その調子でひかりを巻き込んでなければいいのだが、それだけが心配だ。
「え、行くつもりだったけど」
…悪びれないのはいいことだとは思うが。
「…プリンかゼリー買ってきてくれ」
なんだかんだと私も脳を酷使している、糖分を入れて脳を休ませたい。
「はいはい、戻るまでに終わらせといてね」
「無茶を」
言うな、と言い切る前にヒュトロダエウスが書斎から飛び出していった。そこまで我慢してたのか、あいつ。
玄関の閉まる音にさぁあと少しだぞ、と大きく伸びをしてからキーボードに手をかけた。
(…あいつ、戻るの遅くないか?)
コンビニは歩いて5分の場所にあるのに、20分経ってもヒュトロダエウスは戻ってこない。
(新作スイーツでも迷っているのか?)
あらかた書き上がった原稿を確認のためにプリントアウトしながら、凝り固まった体を伸ばそうと立ち上がる。
ぐっぐっと大きく伸ばしたり縮めたりしていると、玄関の開く音がした。
「戻ったよぉ」
「遅かった……な」
ヒュトロダエウスの声に伸びをしながら体を捻って答えて、固まった。固まるしかなかった。
書斎のドアを開けて入ってきたのは、光だった。
「…ひか、る?」
「…あの、お邪魔、します」
ぺこりと頭を下げて視線を俯けたままもじもじとする姿に、思わずちゃんと見ようと腰をぐっと捻ってしまう。
腰がぐきりと嫌な音を立てる。
「っつー…」
「は、ハーデス、さん」
腰を押さえて呻く私に光が近寄ってくる。その後ろから大変満足そうな顔をしたヒュトロダエウスもやってくる。
「はい、コーヒーとプリン」
「いや、うん、ありがとう…いてて」
「ワタシ、リビングでこれ読んでるからある程度話終わったら来てくれればいいよ」
勝手知ったるなんとやらでプリンターから紙束を持ち上げたヒュトロダエウスが書斎から去ろうとする。
「あ、エッチなことはしないでね」
「するか!」
けらけらと笑いながら去っていくその背中に睨みを効かせてから、光に向き直る。
「あの、大丈夫…ですか…」
おろおろとするその頭に手を置いて撫でてやる。
「捻りすぎただけだから平気だ…それより光、どうして…」
腰をさすりながらそう尋ねれば、視線を少し彷徨わせた光が俯きがちにぽつぽつと語り始める。
「…ひかりから、ハーデスさんが今大変だからご飯作りに来て欲しいって、ヒュトロダエウスさんに言われて…えぇと…」
なんとなくは伝わった。
「そうか…だが、今ヒュトロダエウスが持って行ったのが最後の原稿なんだがな…」
ここで行うのは軽い誤字チェックだけだが、年内締め切りの原稿としては今のが最後だ。
「…え、と?」
「…あいつが気を回した、ってことだ」
ぽんぽんと頭を撫でてから、腰をぐっぐと押す。痛みはもうない。
「大丈夫ですか…?」
「あぁ…来てくれて嬉しいよ、光」
そっと頬を撫でて唇を寄せると光の手が私の口を塞いだ。
「っだめ、です…」
普段よりも随分と素早い動きに、笑いながら、私の口を塞ぐその掌をぺろりと舐める。
「ひぁっ」
びくりと跳ねた手が口元から離される。その隙に、その額に口付ける。
「流石にヒュトロダエウスのいるところでは手を出さぬよ」
「っ、うぅ…」
恥ずかしいと顔を赤くするこの顔を、ほかの奴に見せたいなどとは思わない。
「さて、あと少しなんだ。待っててもらえるか」
今一度その髪を梳くように撫でれば、光は少し恥ずかしそうに俯きながら頷いてくれた。
その背を押してリビングへ向かえば、コンビニの甘いドリンクにチョコのかかったドーナツを食べるヒュトロダエウスがこちらを見た。リビングの空気が甘ったるい。
「ん? もういいの?」
もすもすと愉快な音を立てながらドーナツに食らいつくその手元を見ればすでにいくつかの袋ゴミが溜まっている。
「お前はまた…いくつ食べたんだ」
「えぇ…まだこれが4つ目なんだけど」
「食べ過ぎだ」
ヒュトロダエウスの隣に腰掛けながら、光を私の隣に座らせる。ヒュトロダエウスのそばには座らせない。
「あと3つあるんだけど…まぁいいや」
ヒュトロダエウスが先ほどプリントアウトした紙束を膝の上に置く。すでに軽い見直しは終わっているらしい。さすが鬼編集長。
話を聞こうと体を少し乗り出せば、反対側の光がもぞもぞと動いた。
「あ、の…ハーデス、さん…」
「ん?」
振り返れば、真っ赤になったまま上手く縋ることのできない体勢で光がこちらを見上げている。
「お仕事の話、僕、ご飯作るから…」
「あぁ、うん」
「…ハーデス、手、手」
手?
ヒュトロダエウスに言われてはじめて無意識のうちに光の腰をがっちりと掴んでいたことに気づく。
ぱっと離せば体を離して俯きがちにキッチンに小走りに去ってしまう。もう少し離さないでおけばよかったか。
「…仕事の話、していいかな?」
「オネガイシマス」
5つ目のドーナツの袋を開きながら、ヒュトロダエウスは膝の上の紙束をめくった。
+++
なりゆきで、そう、なりゆきで来てしまった。
ひかりから届いたメールも、ヒュトロダエウスに言われたのも、嘘ではない。嘘ではないのだが。
「光くんは、なんというか健気だよね」
ハーデスが書斎に引っ込んで、僕とヒュトロダエウスだけがリビングに残された。お鍋の中のシチューをかき混ぜながら、僕はカウンターキッチンの向こう側にいるヒュトロダエウスに首を傾げた。
「そう、でしょうか」
「準備、してたんだろう?」
短く問われた言葉に息を詰まらせる。
ひかりからメールが届くより前に、食材を買い込んであって、ハーデスからの今日の写真を見て、部屋を出ようとした矢先にひかりからメールが届いて、そして今ここにいるのだから。
「ほら、そういうところが健気だ」
カウンターに肘をつきながらくすくすと笑うヒュトロダエウスは目を細めた。
「正直ね、ハーデスが好きになった子は大丈夫だろうか、と心配だったんだよ」
ヒュトロダエウスは遠くを見るような瞳でうっとりと笑った。
「彼から聞いてるかわからないけど…出会った時から随分壁がある人だったからね」
人嫌い、と称した人がハーデスを案じている。
「ほんとに今までハーデスから熱をあげたなんてこと一度もなかったんだよ…それが、急にだもの」
ヒュトロダエウスはカウンター脇の椅子に座った。少しだけ、目線が下がる。
「あれの心を溶かしたのは誰なんだろう、って」
「僕は…その…」
「あぁ、結果として光くんでよかったと本当に思っているよ。」
にこにこと笑うその顔をじっと見つめながらひたすらぐるぐるとシチューをかき混ぜている。
「まぁ、ここからが大変だとは思うけど…僕は君たちの味方でありたいと思っているよ」
ところで、混ぜすぎじゃない? とヒュトロダエウスに声をかけられて、慌てて手を止めて火を消した。もう少しでじゃがいもの正体が無くなるところだった。危ない。
「そうそう、6日前」
「…6日前?」
鍋に蓋をしながら首を傾げる。ハーデスが、閉店後に来た日。
「5分に1回行きたい行きたくないとうじうじしてるハーデス、見せたかったなぁ」
「うじうじ…?」
全く想像の出来ない単語が転がり出てきて、僕の首は完璧に傾いた。
「あぁそっか、ハーデスはまだ」
「私がなんだって?」
リビングのドアを開いて少し大股でやってきたハーデスは、ヒュトロダエウスの頭を持っていた紙束で叩いている。
「余計なことを吹き込んでないだろうな」
「それはご自身で確認してよ」
「原稿やらんぞ」
「それは君も困るんじゃ?」
じゃれ合うようにやりあってからハーデスはヒュトロダエウスに紙束を渡した。ヒュトロダエウスはそれを受け取ると立ち上がりリビングのソファに腰掛けた。
「今夜はシチューか」
こちら見て微笑むハーデスに、心があたたかくなる。
「はい」
「店屋物ばかりだったから助かるよ…どうにも肉に偏るからな」
それほどまでに忙しかったのなら僕が来たのは迷惑ではなかっただろうか、そう尋ねるべきか思案する。
「---ひか」
「ハーデス、これなんだけど」
僕に声をかけようとしたハーデスを遮るようにヒュトロダエウスがこちらを見ずに声をかけてちょいちょいと手招きをしている。
僕が目線で促すと、ハーデスの大きな手がカウンター越しに僕の頭を撫でてからリビングのソファに向かって去っていった。
+++
パンとシチューとサラダ。
店屋物ばかりで濃い味付けと脂まみれだった胃にそのどれもが優しく染みわたった。
互いにそこまで喋る方ではない。言葉少なな晩餐は仕事の終わった解放感も相まってずいぶんと心が安らいだ。美味しかったと素直に伝えれば俯いたまま嬉しそうに頷いた。
片付けはすると言ったのだが、光が今やってしまうというので任せた。リビングのソファでスマートフォンに届いたメールをチェックしておく。
水音が止んでエプロンを外しながら光がこちらに近づいてくる。
「おわり、ました」
「あぁ、ありがとう」
恥ずかしそうに俯いて、光はソファの横で足を止めた。まだ自分から近寄ることはできないだろうな、とソファをとんとんと叩いてようやく隣に座ってくれる。
その腰に手を回してぐっと引き寄せてからその髪に頬ずりをする。身を硬くして俯いたまま光はされるがままだ。
その頬に手をかけて何度も撫でる。俯く顔を上向かせて覗き込めば、色素の薄い瞳がおずおずと私を見た。淡いその中に何度も星を見る。
唇をとんとんと2度指で叩いてから唇を重ねれば、びくりと体を跳ねさせながら光はそれを受け入れてくれた。
重ねて、離れて、重ねて、もっと深く。もっとと強請るように近づけば、口付けたままソファに倒れ込む。
唇を離して見つめる。彷徨う視線が交わる。
「光、好きだよ」
「…っはい」
びくりと震えて肩を竦めながら光は肯定だけ返してくれる。覆い被さるように何度も唇を重ねる。薄く開く歯の合わせ目から舌を差し入れ口内を味わうように舐る。びくびくと跳ねる光の両手が自分の着ているセーターの胸元をきゅっと掴む。
歯列を舐めて奥の奥まで舌で触れてから、怯えるように縮こまる彼の舌先に触れる。ゆっくりと撫でるように舌を動かせばがくがくと体が跳ねる。
薄く瞳を開いて様子を伺えば、耳まで真っ赤に染めて目をぎゅっと瞑り唇の端からくぐもった声が溢れている様が見える。
(あぁ、可愛らしい)
もっともっと蕩したい。蕩して私の手元に落とし込んでしまいたい。
そう思えば思うほど絡める舌が強くなる。どちらのものかわからない唾液でくちゅくちゅと隠微な音がする。何度も優しく吸い上げては舌先から撫でてその身を解していく。
離した唇に、離れ難いと唾液の橋がかかる。ぬらりとひかるそれはぷつりと切れる。
「光」
耳に唇を寄せればびくりと大きく体が跳ねる。肩で息をするそのリズムを乱したくて、その耳朶に舌を這わせる。
「っん、ふ、んんっ」
くぐもった声に跳ねる体。もう一度舐めて息を吹きかける。
「っん、ふ、ひっ、いっ」
「光、声を聞かせて」
声を上げることのできない体にお願いを落としていく。何度も根気よく耳を舐めて口付ければ、少しずつ光の声が解れていく。
「ひんっ、んぅ、んっ、んぁっ」
ぺろりと舐めて、強く唇を押し当てて小さく小さく名前を呼んでみる。
「っい、あっ、ああぁっ」
耐えきれずこぼれ落ちた少し高い声が私のオスの意識を刺激する。
「うん、可愛い」
「ひぁっ、あっ、あぁっ」
びくびくと震える体を眺めるために体を起こす。肩で息をする様は愛らしい。半開きの唇からはほんの少しだけ舌が差し出されてらりと輝いている。紅をさしたかのように染まる頬とうっすらと開いた瞳の端にたまる涙の対比に、くらりと理性の奥が蕩けていく。
「っは、です、さ…」
蕩けたまま名前を呼ぶその唇が動くのを眺める。甘い吐息が溢れてこぼれてリビングに満ちていく。
「なんだ?」
蕩けた脳が言葉を拒絶しているのか、光はただかぶりだけ振る。乱れる前髪を指で梳いてその額に口付ける。
「っひぅ、んっ、んんっ」
これだけで震えてしまうその体が愛おしい。あやすように髪を梳いて撫でながら、唇を滑らせるように落としていく。
瞳の端の涙を吸い上げてやるけれど、あとからあとからぽろぽろと涙が溢れる。
「どうした」
頬に、鼻先に口付けて顔を寄せてやれば薄く開いた瞳が私を見て彷徨う。
「ふ、っう、んっ」
かぶりを振る様にいまいち要領を得ないまま、唇を重ねる。蕩してしまえば、その胸のつかえを吐き出してくれるだろうか。
唇を重ねながら、セーターの裾を弄る。ゆっくりと這わせるように手を差し入れて、胸元まで片手を差し入れる。
「っふ、ひゅ、んっ」
びくびくと跳ねて驚く様に唇を深く重ねて蕩してしまう。止めようと胸元を彷徨った手は、訪れる快楽に浮かされてセーターの上から添えるだけになった。
黒のタートルと肌着を着ていることは知っている。お構いなしに胸元を弄り突起に触れる。
「っひぁ、んぅっ、んっ」
まだ胸では感じないかもしれないな、そう思いながら指で捏ねるように柔らかく押せば、少しずつその先が固くなっていく。反応する様が嬉しくて少し唇を離してこりこりと指先で押してみる。
「っん、ひぁっ、ぁう、う」
はふはふと途切れる息の合間に艶を含んだくぐもりがちな声が落ちる。教え込めばすぐに快楽を拾い上げるだろうと予感させる様に、胸の奥に少しの加虐心を芽生えさせる。
「…光、胸、感じる?」
「っん、ちが、んんっ」
問われたことで意識したのか、触れるたびにぴくりと腰が跳ね始める。
「ね、これがいい?」
低く声を落とせば、震える体が弛緩しては緊張する。私の手をセーター越しにきゅうと握り縋る様が可愛らしい。
「あっ、うっ、んん、ふ…」
指を滑らせて腰元まで下ろして、ズボンの裾から服を引き抜く。捲り上げてひたりと指を這わせればがくりと体が跳ねた。肌の熱を味わうように指を腹に這わせへその窄まりを撫でる。
「あぅ、あっ、ひゃう」
くるりくるりと撫でるたびにこぼれ落ちる声が甘く響く。ぺろりとその唇を舐めてやれば、動きをなぞるように光の舌が私の唇を舐めた。
這わせる指を差し入れていく。指先で胸を撫でてから、その突起をそっと押しつぶす。
「ひあぁ、あぅ、あ」
触れる熱に浮かされるように艶声が溢れていく。彷徨うその手が口元を隠すのでその手のひらに口付ける。
「光、キスしたい」
ちゅっちゅと唇を隠す手のひらに口付けを落とせば、おずおずとその手が離れていく。
「いい子」
唇を塞いで、胸元の突起を強く捏ねてやれば腰が跳ねた。唇は重ねたまま突起を何度も撫でて捏ねて押しつぶす。喉の奥に飲み込む嬌声が腰へ落ちていく感覚に酔いしれる。
ぷくりと膨れ上がった突起を指先でひっかくように擦ってやれば跳ねた腰が浮きあがる。
喉の奥に飲み込み切れなかった嬌声がこぼれ落ちてリビングを揺らす。
「あっ、あぁ、ひあぁ、はです、さ、あぁっ」
とろりと蕩けた瞳がこちらを見ている。熱を孕んだ視線が私の理性も蕩かしていく。
あぁ、もっと、もっと、蕩けて。
ぐいっと光の服を胸元までたくし上げる。浮きあがった腰の下に腕を入れ込んでこちらの腰を押し付ければ触れ合う熱に光の体がまた跳ねる。
重ねた唇を離して胸の突起へ吸いつけば、震えは大きくなる。
「あぁ、あっ、はで、す、さ、あぁぁっ」
びくびくと跳ねるように震える体が触れ合う下肢を甘く揺らす。押し付けて押し付けられて互いの熱が集まっていくのがわかる。
「や、あ、あぁ、っう、うぅ…」
光の手が私の頭に触れてそっと押してくる。かぶりをふる気配に顔を上げると、顔をくしゃりと歪めて涙を流す光がこちらを見ていた。
胸元に一度口付けを落としてから顔を上げてそっと腰を下ろさせる。その涙を唇で吸い取ればその唇から小さく吐息が漏れた。
「光」
名前を呼べば、何度も瞳を瞬いてそのたびに涙がこぼれていく。
「うっ、ひぅ、は、です、さ、ごめ、なさ…」
急に謝り始めた光の頬に口付けを落とす。かぶりを振る髪を梳いて何度も名前を呼んであげる。
「光、なにを」
「っう、ふ、ごめ、なさ…ごめ、なさい…」
流れ続ける涙を止めるために何度も口付けを落とす。今日どことなく様子がおかしかったのはこれか。
頬に、額に、瞼に、鼻先に何度も何度も口付けを落としていく。しゃくりあげるような吐息が徐々に落ち着いていく。
体を起こして光の体を横抱きに膝の上に抱え込む。上手く擦り寄れない頬を撫でて胸元に寄せて抱きこむ。何度も根気よく撫で続けてようやく光が小さく私に擦り寄った。
「光、顔を上げて」
擦り寄ったまま小さくほんの少しだけ顔を上げた。その目元を親指の腹で撫でて涙を拭ってやる。
「…泣かせてばかりだな」
擦り寄る熱を抱きこんで笑えば光が首を横に振った。
「僕、僕が…悪くて…ごめ、なさい…」
俯いていく顔を頬に手を添えて上向かせる。その額に口付けを落とせば腕の中で小さく震えた。
「教えて」
彷徨う瞳がおろおろとこちらを見ている。好きと言えないと言ったあの時と同じようにおろおろと彷徨う視線が伏せられていく。
「…言え、ない…」
「光、教えて」
根気強く頬を撫で額に口付けを降らす。腰に回した手でぽすりと投げ出されたままだった光の手を取って指の腹で撫でる。少しずつ落ち着いてきた光の口からため息のように吐息がこぼれた。
「光」
ふるふると首を振る光の瞳が薄く開いて怯えるように私を見る。
「…ごめん、なさい…」
身動いで逃げようとするのを抱え込んで止める。すぐに逃げ出そうとするのは光の悪い癖だ。問題の先送りでしかない。
かぶりを振るその体を抱き寄せて何度も額に口付けを落とす。
「触れられるのも、厭か?」
尋ねれば首を横に振る。その割には触れた時の怯えが復活している。簡単には解れないとは思っていたが、震え方が違う気がする。
「光、教えて」
根気強く何度も口付けを落としながら問いかける。何度目かの問いかけの後に頬を撫でる手でもう一度顔を持ち上げて視線を合わせようとすれば、恥ずかしげに伏せてからようやく視線が交わった。
「…ハーデス、さんは…僕で、したい、ですよね…?」
頬を桜色に染めてそう尋ねる光の言葉は以前と大差なく聞こえるが。
「…光と、したい」
どうにも自分を差し出してくるのだけはいただけない。一方的に押し付けたいわけじゃない。
「光、君と、蕩けてしまいたい」
耳元に低く声を落とせば小さな嬌声と震える体が彼がこの行為を拒んではいないと伝えてきた。
「みみ…だめ…っ」
喉の奥で笑って額に口付けを落とす。二度三度落とせば、もじもじと恥ずかし気に膝が合わさる。
「…光も、したい?」
問いかけに頬を染めて、視線が彷徨う。拒絶ではない恥じ入る様子に笑みが零れるのがわかる。
「…あの、それで、その…僕、あの、調べて」
真っ赤になったまま途切れ途切れに落とす言葉を拾い上げる。言葉が足りないのはいつものことだが今日は輪をかけて言葉が足りない。
「調べて?」
「あの、えと…うぅ…」
恥ずかし気にもじもじとしたあと、ちらりとこちらを見上げた光がそっと体を起こした。逃げるそぶりはないので見守れば肩口に顔を埋めようとしている。
肩口というには少し低い位置に光の顔が埋まる。その手を伸ばしてしまえばもう少し体勢も楽になるだろうにそれはできないのか片腕は私の手の中、もう片方の腕はだらりと垂れさがっている。
もじもじとその額を肩に押し付けるように動いてから小さな声でうぅと呻いて私の手の中に収まったままの手がきゅっと握られた。
「…準備、の、練習、しま、した」
準備の、練習?
あやすようにきゅっと握られた手を指の腹で撫でる。少なすぎる単語から状況を推測しようにも今回は本当に情報が少ない。
思案する私の様子に光がもぞもぞと動いて体を離そうとしているのでその肩を抱きとめてぽんぽんと撫でてやる。
直前の《したい》に準備がかかっているのはわかる。その練習をした、と。…それと先程ごめんなさいと泣いたことが結びつかない。
「…あ、の」
しびれを切らして声を漏らした光に擦り寄れば、こちらの動きを受け入れるように体から力が抜けた。
「光…それでなにが、ごめんなさい、なんだ?」
耳にほど近い場所で喋ってしまったせいか光の体がびくりと跳ねる。今のは不可抗力にしてほしい。
「謝るようなことは、何もないだろ?」
問いかければ首が横に振られた。準備、とはまた違う何かで謝ったのだということはこれでわかった。
「光」
肩を抱きとめた腕の力を抜いてその髪を梳くように撫でる。擦り寄るように甘える仕草を繰り返すそれを甘んじて受け入れる。
「準備…する、とき…」
これ以上は言えないとばかりに肩口に額を押し付けてくるがそうはいかない。
「光、教えて?」
少々強引に肩口に埋まる体を引きはがして膝をまたぐように座らせ直す。目線を合わせて額をこつりと合わせればきゅっとその目が瞑られた。
「…嫌われ…る」
「嫌いになる要素がどこにもないのだが…」
もう一度蕩かしてしまおうかと唇を重ねれば、触れるだけのそれで身を固くしてはふりと息を吐いた。
ちゅっちゅと音を立てて唇を合わせればだらりと下りていた腕がぴくぴくと動いた。唇を離して腕を肩へと導けば、そのまま柔らかく首に巻きつく。巻きつく腕をそのままに近くなった唇をぺろりと舐め上げれば、光からそっと唇を重ねてきた。触れるだけの口付けを繰り返す光の背を優しく撫でる。
「光、教えて」
口付けの合間に尋ねればその肩が震える。ふ、と息を吐いて肩口に顔を寄せた光の唇が首筋に触れる。先程まで触れあっていた熱と湿り気を首元に感じてぞわりと背筋に疼きが走る。
「…は、です、さんで、きもち、よく」
言葉はそこで途切れた。流石にそれだけ言われればわかる。わかってしまう。
その尻の下と腰をぐっと掴んで立ち上がる。急な動きに光が首に巻き付けたままの腕に力を入れてしがみついてくる。大股でリビングを歩き去り寝室に入って光をベッドの上に下ろして覆い被さる。
「は、です、さ」
「…光は、自分の発言の破壊力を、少し思い知ったほうがいい」
「え、えぇ…」
それ以上言わせない、と唇を塞ぐ。彼の股間に股間を擦り合わせれば、びくりと体が跳ねた。
「ふ、うぅ…?」
「光と、したい」
潤んだ瞳が驚いたようにこちらを見てから恥ずかしそうにこくりと頷いた。
唇をもう一度重ねてから光の体を起こして服の下に手を入れ込む。肌着ごとまくり上げるように脱がせれば、光は恥ずかし気に目を伏せた。
「本当はもっとゆっくり時間をかけたかったんだが…」
自分の上着も脱ぎ去ってベッドの下に落とす。肌と肌を触れ合わせるように抱きしめれば互いの熱が触れ合う場所から蕩けるようだった。
「すまない、もちそうにない」
その肌に手を這わせて熱を感じる。自分よりもずいぶんと小さな体は、腕の中で負けじと熱を放っている。
「いい、です、それで」
受け身になりがちな光に苦笑しながら唇を重ねる。髪を梳いて撫でればおずおずと光の腕が私の腰に回された。じわりと腰の奥に熱が灯る。
口内を舐るように舌を這わせ味わえば光の舌が答えるようにそっと私の歯列をなぞった。たどたどしい動きに性急に事を推し進めようとしていた心がふわりと柔らかくなる。小さな舌が口内をゆっくりと舐めていくのを感じながら、彼の背に回していた手を腰へと下ろしズボンの端をなぞりながら前へと回す。とんとんと前留めのボタンを叩けば口内を舐めていた小さな舌がびくりと跳ねた。
唇を離して視線を混じらせれば恥ずかし気に揺れた瞳が色を帯びて瞬いた。私の腰から離れた彼の手が自らズボンを脱ぐためにボタンを外し始めた。
「…あまり、みないで…」
恥ずかし気に顔を背けるその頬に一度唇を落としてから私もズボンを脱ぐ。互いに全裸になってしまえば隔てるものはもう何もなかった。
恥ずかし気に視線を反らす光は、それでも逃げようとする素振りはもうなかった。
頬を撫で口付けながらベッドの上に倒れ込む。触れるだけの口付けでやり取りする熱に浮かされていく。触れ合う肌と肌の熱が互いを高めていく。
頬から首、首から鎖骨、胸の飾りを弄ってへそへと指を滑らせる。そのたびにびくりびくりと跳ねる体が快楽を拾い上げていく。へそから下生えへ指を滑らせさわりさわりと感触を楽しめば口付けの合間に嬌声が漏れる。
「ひっ、うっ、あぁ…んっ」
足の付け根を撫でながら、性器には触れずに陰嚢をなぞり後孔の窄まりを撫でる。私とてここしばらくご無沙汰であったし、まして男性とそういうことをしたことはない。それでも知らぬわけではない。この場所に穿つという意味を。
「は、です、さ」
呼びかけに、そっとその太ももの裏を撫でながら口付けを落とす。
「準備、して、くるから」
恥ずかし気に頬を赤らめながら健気にそう告げるのを微笑んで見つめる。
「手伝おうか?」
問いかければ、すごい勢いで首を横に振られてしまった。流石にそれはダメらしい。
体を起こして光も起こしてあげれば、そのままの勢いで私の胸の中に収まってしまう。触れ合う熱が愛しくてつい頬を擦り寄せてしまう。
「…まってて、もらえますか」
腕の中で潤んだ瞳で見上げてくる光を見つめ、熱い唇を重ね合った。
――――――――――
2019.12.13.初出