腕の中のぬくもりを逃したくなくて、何度も何度もその身を穿った。燃え上がる快楽は止まるところを知らず、互いに何度も果てた。コンドームがなくなってからは互いに抱き合い性器を擦り合わせて眠った。
泥のような倦怠感と互いのぬくもりが深い眠りに落とし込んだ。
目覚めの瞬間の、腕の中に抱き込んだ相手の寝顔を見たときの心に満ちた充足感を、何と例えられようか。愛しさだけがこの身に満ちていく感覚ははじめてだった。
その寝顔を見つめて頬を撫でれば、無意識に擦り寄る光が愛おしかった。
(あぁ、愛しい。ただ、君が愛しい)
しばらく寝顔を見つめ頬を撫でていた。穏やかに眠るその表情に胸が熱くなった。
「……んぅ…」
腕の中で身動ぐ小さな体が寝苦しくないように腕の力を緩めれば、ゆっくりとその瞳が開いた。ぼんやりとした瞳が時間をかけて瞬きをしている。昨日は散々泣かせてしまった。まだ瞳が熱いのかもしれない。
頬にかかる髪を耳へ掛けてあげれば、光はゆっくりとこちらを見た。ぽやんとした瞳が私を見て優しく歪んだ。
「は、です、さん」
掠れた声で名前を呼ばれてぞくりと背中に痺れが走る。触れ合ったままの肌がぬるま湯のようで気持ちがいい。
「…眠れたか」
頬を撫でれば目を細めたまま小さく頷いた。密着するように抱き寄せれば、光はおずおずと擦り寄ってくれた。
このままもう一度眠りについてしまおうか、そんな心は胸元を控えめに叩く光の腕に遮られる。
「…おき、て」
「もう少し」
「…うぅ、もれ、ちゃう」
とんとんと切羽詰まるように叩かれて渋々手を離せば、よろよろと光は体を起こした。手を差し出して支えようとするのを彼自身に止められた。
「だい、じょうぶ」
よろよろよたよたと、壁にもたれかかりながら部屋を出ていく光の後ろ姿を見送った。
体を起こしてベッド周りを見回して酷い惨状だなとなんとも言えない笑みが溢れた。
床に投げ捨てられたコンドームの残骸やらゴミをティッシュで包んでゴミ箱に捨てる。ほぼほぼ空になったローションのボトルをサイドテーブルの引き出しの中へ。あちこちに脱ぎ散らかした服をひとつずつ拾い上げる間に光が寝室へ戻ってきた。よたりよたりとベッドに歩み寄ってその縁に座ろうとして、もつれてベッドに倒れ込んだ。
「大丈夫か」
拾い上げた服をベッドの足元に置いてその顔を覗き込めば、恥ずかしそうに頬を染めて顔を背けられた。
「僕ばかり…へとへとみたいで…」
はぁ、と落ちたため息が可愛らしくて頬を撫でた。
「私だって、もう一度眠りたい程度にはへとへとだぞ」
頬から首筋を通って鎖骨を撫でれば、喉の奥で甘えた声を出して光が震えた。
「ほら、おいで」
腕を差し出して迎え入れれば、少し迷ってからそっと手を握り返してくれる。そのまま引き上げて腕の中に収めてしまえば密着する肌が気持ちよかった。
「ハーデス、さん、お仕事は?」
「…メールの返事待ちだ」
思い出させないでほしい。
「もう少し、ぐらい、時間ありますか?」
「ん?」
少しと言わず望まれるならどこまでも光のために時間を割けるのだが。
「朝ご飯、作ります」
腕の中でふわふわと笑う光が愛らしくて唇を落とした。
+++
「っやぁ…っは、です、さ…んぅっ」
下着も肌着も上着も取り上げられて。どうせ今日はどこにも行かせない、と宣言されてエプロンだけ渡された。流石にこれはちょっとと後ずさる間にその腕に捕まり素肌にエプロンだけ着用させられて。もちろんそこで終わるはずもなくて。
すぐさま降りてきた口付けに絡めとられて動けなくなる。
キッチンの冷蔵庫に頭と胸を押し付けて、ハーデスの手がエプロンの上から僕の性器をしごいている。少し硬い生地が擦れて痛くて気持ち良くて。
「ひぅ、や、いじらな…ぅあぅ…っ」
ハーデスの猛る性器を尻の間に押し付けられて、胸の突起もエプロン越しに弄られる。
次々に与えられる快楽にずるずると体が落ちそうになるのを、ハーデスは抱えるように持ち上げた。
「ひぁっ、やっ、足、届かっ」
辛うじて床に触れられない高さの爪先が空を掻いた。尻に押し付けられた彼の性器はどんどん熱く硬くなっていく。
「かわいい」
「っふ、や、ダメ、ここ、キッチン…っ」
ふるふると首を振っても聞き入れてはもらえない。ハーデスの手は僕を射精させようと際限なく蠢く。
「んっ、んっ、やっ、は、です、さ、ひぅっ」
「光、出そうなの?」
耳元で問いかけられてびくりと震える。どくどくと体の芯が熱い。
「や、あ、あぁ、やだぁ」
「いいよ、出して」
「ひぁっ、やぁぁっ」
必死に歯を食いしばっても与えられる快楽からは逃げられない。
耳を食まれて息を吹きかけられ、名前を呼ばれて目の前が白くスパークした。
「あ、あぁ、ああぁぁぁ…」
エプロンで包まれたハーデスの手の中に、とぷとぷと吐精していく感覚にため息のような声が漏れた。決して勢いのないそれはじわじわと硬い生地を浸食していく。
「っひぅ、う、あぁ…」
しゃくり上げるように声を漏らしていると、ハーデスに体の向きを変えられた。膝をついたハーデスに抱えられて、彼の猛る性器と僕の少しだらりとした性器をエプロンの下で擦り合わされた。
イッたばかりの性器は敏感で、熱い彼の杭がぴたりと寄り添うだけでびくびくと跳ねた。
「ひっ、うぁ、っん」
彼の手がエプロンの上から2人分の性器を握り込む。べたりと生地についたままの精液がにちゅりと音を立てた。もう片方の手は僕の腰をがしりと支えている。
「ふやぁ、あ、ん、んぁぁ」
塗り込むように手で上下に掻かれてあられもない声が上がる。行き場を失った手の甲で目元を隠せば、その手のひら側に口付けが降りてくる。
「光…気持ちいい?」
名を呼ばれ、問いかけられて、どくりと僕の雄が跳ねる。勃ち上がりはじめたそれを彼の手がわからないはずがなくて。
「あぁ、これがいいんだな…?」
ぐっと握りこまれて喉が反る。背中を冷蔵庫にぴたりとつけてしまえば表面の熱が奪われていく。引き攣るように息をすれば、ハーデスの口付けが降りてくる。
ずっずっと擦られたまま口付けで息を塞がれてひくひくと僕の性器が震える。出したばかりだというのに射精感が高まっていく。
「ひゅ、ふ、あぅ、あ」
あられもない声があふれるのが止められない。恥ずかしくて止めたいのに、体は貪欲に快感を拾い上げようとしていく。
耳元に落ちてくるハーデスの荒い吐息が背筋をぞくりと震わせる。目元を覆う手はそのままにもう片方を握ったままの彼の手に重ねればびくりと跳ねた後僕の手ごと包み込まれた。
は、は、と荒い息の合間に漏れる声が高くなっていくのがわかる。ぬちぬちとした感覚に背を震わせれば切なげなハーデスの声が耳の横で響く。
「…っきもち、いい?」
声だけで体が跳ねる。びくびくと痙攣する僕の性器からは精液が出ることはない。
「っ、ふ、あ、あぁ、はで、す、さ、んんっ」
ぐっと握りこまれてぐっと息を飲み込む。視界を覆っていた手を外せば、とろりと蕩ける金糸雀色の瞳が僕を見つめている。
「っく…出る…っ」
ぐいと強く握りこまれ上下に掻かれ喉を反らせた。ハーデスの性器がぐっと大きくなってからびくびくと跳ねる。じわりとエプロンの生地をものともせず溢れる。僕の性器も痙攣はするものの精液をこぼすことはなく、ただ足先へと強い快楽が駆け抜けて指先がぴんと伸びた。
ふぅ、と息を吐いたハーデスの唇がゆっくりと重なる。確かめるように何度も重ねてから深く口内を大きな舌で弄られる。かぶりつくように重ねられた唇は閉じることができず、混ざりあった唾液が口の端からだらだらと流れていく。長い、長い口付けは互いに息が続かなくなり大きく息を吸うために離れていく。流れ落ちる唾液をハーデスの下がべろりと舐めた。
性器を掴んでいたハーデスの手が離れ、背中に回される。腰を支えていた手が尻を支え、ハーデスはぐっと僕を抱き込んで立ち上がった。
「っひ、う」
力が入らずずるりと落ちかける僕を抱いたまま歩き出す。
「…ど、こへ」
掠れる声で問いかけても答えはないまま、洗面所を通り抜けて風呂場へ。
タイルの上に降ろされてハーデスがシャワーを捻った。ややあって暖かくなったお湯がゆっくりと体にかけられていく。エプロンごとお湯をかけられて、ぺたりと肌に張り付く。
まだ荒い息を必死に整えながらハーデスを見上げれば、彼の唇の端がくっと持ち上がった。
「は、です、さ」
名を呼べば唇が下りてくる。口付けの間にエプロンを外されて熱い湯を直接素肌に浴びる。放出した熱で冷えた体に湯が温かく染み渡った。
「…すまない」
離れた唇から謝罪の言葉が漏れて僕は首を傾げた。
「きもち、よかった、ですか?」
まだ整わない息の合間に尋ねれば、ハーデスの眉が歪んでから大きくため息が漏れた。
「あまり、煽らないでくれ…これでも一応反省しているんだから」
「あお、る?」
ハーデスの告げる言葉の意味が分からないままその瞳を見つめ返せば、もう一度はぁ、と息がこぼれた。
「かわいいことを、言わないでくれ」
人差し指で唇を押されて目を瞬かせる。ぷにぷにと感触を楽しむように押されたので思わずその指先をぺろりと舐めた。
びくりと指が離れた後、ハーデスはため息を落とす。ため息ばかり落としている。
「だから…」
「…ハーデス、さんが、気持ちよかったなら、いいです」
できれば平穏無事にご飯を作りたかったけれど、別に怒っているわけではないのだ。謝罪を投げられても困ってしまう。
僕の顔を見て目を瞬かせたハーデスは、苦笑いしながら僕の額に額を重ねた。
「…かなわんなぁ」
重ねるだけの口付けを何度も重ねれば、互いに泥のような倦怠感がシャワーに溶けていくようだった。
「…腹減ったな」
「…いたずらしないなら、ご飯作ります」
「善処しよう」
もう一度口付けを重ねて、ハーデスは僕をぎゅうと抱きしめた。
+++
昨日のシチューにトースト、目玉焼きとベーコンを添えれば立派な朝食の出来上がりだ。
準備ができたと声をかければ、いじっていたスマートフォンを置いてハーデスが席に着いた。
いただきますと互いに声を掛け合って言葉も少なく食事を進める。ゆったりとした所作で目玉焼きの黄身をフォークで割るハーデスを横目で見ながらトーストの上に目玉焼きを載せてかぷりと噛みついた。
ずるりと落ちそうになる黄身を吸い上げれば、ハーデスがくすりと笑った。
「……っふ?」
はぐりと黄身を飲み込んで首を傾げれば、ハーデスの指が唇の端を拭った。
「ついてる」
拭った指をぺろりと舐める姿が色っぽくて視線を下げた。
食べ終わった食器を洗ってる間、ハーデスは後ろにぴたりとくっついていた。とくにいたずらをする様子もないのでさせるままに洗い物を終わらせて振り返れば口付けが降ってきた。
彼を受け入れた、それだけでこんなに心が穏やかになるなんて思ってもいなかった。
扉の気配がなくなったわけではない。今もいつあの声が聞こえてくるのかわからない。それでも、それに対する怯えはずいぶん遠くなっている。
懸念事項もなくなったわけではない。僕はまだ僕を好きではないし、彼のそばに居ていいのかすらわからない。ただこの手を振り払う理由が今の僕にはない、それだけが確かなんだ。
ハーデスが僕の怯えごと飲み込むように深く口付けてくる。薄く唇を開いて受け入れればするりと入り込んだハーデスの舌が僕の舌と絡み合う。あやす様に蠢いて、離れて、角度を変えてまた口付ける。何度も繰り返すうちに口付けをどちらから求めているのかすら曖昧になっていく。
遠くでスマートフォンの振動する音が聞こえる。ちらりとそちらを一瞥したハーデスはそれでも口付けをやめない。深く深く僕をシンクに倒しこまん勢いで口付けてからようやく彼は唇を離した。
僕の体を起こしながらゆるりと髪を梳くその手の動きに首を竦めれば、ほほに一度口付けをしてハーデスがリビングのテーブルへ向かって歩き出した。その手は僕の手を掴んでいる。
ソファに座ったハーデスがその膝の上に僕を座らせてからようやく振動を繰り返すスマートフォンを手に取った。
一度顔をしかめてから耳にスマートフォンを近づけるしぐさを見て、僕はハーデス膝の上で小さく膝を抱えて耳を塞いだ。他人の通話を盗み聞きする趣味はないし、かといってここから降りようものならハーデスがスマートフォンを放り出してしまいそうだったからこうするしかなかった。
会話は聞こえないがハーデスの喋る振動が背中から伝わってくる。そのゆらぎを受けながら目を閉じればゆらゆらと波の上に漂っているような錯覚さえ覚えた。
揺れは収束して静寂が訪れると、ハーデスの手が僕の頭を撫でた。ちらりと見上げればスマートフォンをテーブルの上に置いた。耳を塞いでいた手を離せば、ハーデスの手が僕の両手を包み込むように掴んだ。
「気を使わせてしまったね」
小さくつぶやかれる言葉に首を振る。僕が勝手にやったことだ。
ハーデスが僕の髪に顔を埋めて深く深呼吸した。頭皮をくすぐる彼の吐息がくすぐったくて首を竦める。
「…少しだけ、仕事をしないといけない」
したくない、と言外に告げているその態度に、見上げながら抗議の目線を投げる。
「わかってる…するから、そんな目で見ないでくれ」
すりすりと擦り寄られるとどう受け止めればいいのかわからなくなる。
「僕、邪魔なら、帰りますから」
「仕事が邪魔だなぁ」
「ハーデス、さん」
「わかった、わかったから…」
膝の上から降りて、んっと大きく伸びをする。体はまだどことなく重い。
立ち上がったハーデスの手がするりと腰に絡みついた。
「待っていて、くれるか」
かけられた言葉に振り返ってから頷けばハーデスが首筋に顔を埋めてきた。数度擦り寄ってから名残惜し気に離れていく。
「すぐ終わらせてくる」
書斎に消えていくその背中を見送ってから、ソファの上に倒れこんだ。テーブルの端に置かれた自分の携帯を手に取ってちらりと見てから元の位置に戻す。もともと連絡先を登録している件数も少ない。連絡がないのが普通なのだ。
ソファの上で小さく丸くなる。体は重いし、お腹も満ちて眠気がやってきている。
僕はゆらりとしたそれに逆らわないように目を閉じた。
あんなに怖かった眠りが、ひどく穏やかに僕を包んだ。
――――――――――
2019.12.13.初出