どうしよう、どうして、どうしよう。
頭の中はずっとぐるぐるしてる。あぁ、考えることをやめたい。
すごく、すごく混乱してるのに、妙に冷えたもう1人の私がそれを見ているような感覚。
こうなると手は動いてても何かを作り上げることすらできず。
ビリリッ。引きすぎた糸に攣られて布の裂ける音がする。もう何枚目だろうか、こうやって生地をダメにするのは。
「……ダメだ、やめよう」
手を動かしてれば気でも紛れるかと思ったが、出来上がる失敗作の山に頭を抱えるしかない。懐もどことなく寂しい。
あとで使える部分をより分けるために適当な箱に全部一緒くたに入れておく。雑巾にでもなってくれれば御の字だ。
はぁ、と何度目かわからないため息を吐き出す。
私は私の軽率さを心から恨んだ。
エメトセルクに、抱かれた。
誰にも相談できない、誰にも悟られてはいけない秘密がひとつ出来上がってしまった。
どうしてあの時売り言葉に買い言葉で煽ってしまったのか。
どうしてその行為を突っぱねなかったのか。
どうして抵抗もせず彼に組み伏されたのか。
……どうして、私を見なくてもいいからなどと、思ってしまったのか……
わからない、どうしよう、どうして。
堂々巡りの思考は何も生まないとわかっている。よくない、これはよくない傾向だ。
ムジカ・マーケットを足早に通り過ぎる。普段なら好ましい喧騒が、今はやけに耳障りだ。誰かに声をかけられた気もするが、気のせいにして私はアマロ桟橋から飛び立った。
+++
イル・メグは今日も美しい。
咲き乱れる花々が芳しく風に揺れ迷い込む人間を捕らえこむ。妖精王となったフェオの加護がなければ、私なんて一瞬で拐かされる、そんな場所。
ヴォレクドルフに降り立った私はアマロ達を避けるように東へ。リェー・ギア城への美しい階段を見下ろす位置で腰を下ろす。
妖精の住うこの場所まで来るクリスタリウムの人はいない。ここまで来るのは、私か、暁の面々か、もしくは……
「英雄様は今日も罪喰い討伐には行かず……と」
光溢れるこの場所に溶け込まない黒いコートをはためかせ、エメトセルクがゆったりとやってくる。
小さく膝を抱える私を見下ろしているのがわかる。そちらを見ないように、膝頭に額を押し付ける。
「なんだなんだ、その態度は」
いつものように戯けた声。私の中はこんなにぐるぐるしてるのに、彼にとっては流れゆく日常のひとコマなのがなんだか悔しい。
「……ひとりに、なりたいの」
絞り出した声が震えているのがわかった。お願いだから気づかないでほしい。
見下ろす影が濃くなる。私はもっと小さくなりたくて強く膝を抱える。
ひとりになって、考えをまとめて、もう一度英雄の仮面を被るから、今は触れないでほしい。
思いは虚しく、抱えた膝の下に腕を差し込まれ抱き上げられる。背中を支えられ、これじゃまるで……
「……お、ろしてっ」
「いやだね」
とんっ、と軽いステップでエメトセルクが私を抱えたまま宙に浮かぶ。体に感じる風とはるか下方になった地面に、思わずエメトセルクのコートのふわふわした部分を掴む。
「おろして欲しいんじゃなかったのか」
鼻の奥で笑うような声が頭上から降ってくる。揶揄するような声なのに、私を抱く両手は強く暖かい。
小高い、姿見の湖が見下ろせる丘の上にエメトセルクは降り立つ。周囲には廃墟となった朽ちた建物が静かに横たわっている。
柔らかい草の上を選んで、私を背中から抱え込んだままエメトセルクは腰を下ろした。大きな体にすっぽりとはまり込んで私は城とその向こうの揺れるエーテライトの青を見つめる。見上げれば彼の顔が見えてしまうので、身動ぎもできない。
風が優しく頬を撫でていく。花の香りが漂っては消えていく。
考えたいのに、考えられない。動きたいのに、動けない。
のしり、とエメトセルクの顎が私の頭の上に乗る。
腰に回されていたエメトセルクの腕が持ち上がる。動けない私の顔の前でその大きな手を広げ……近づいてきたその手がゆっくりと私の頬を撫でた。手袋越しでもひんやりとしたその手が心地良いと思ってしまう。
振り払わないと、そう思うのに動けない。
「……怖いか」
問われた低い声に震える。
……怖い?
「こわく、ない」
怖いなんて思ってはいけない。付け込まれる隙を与えてはいけない。あの夜を思い出してはいけない。
「そうか」
それ以上何も言わず、エメトセルクはゆったりとした動作で私の頬を撫で続ける。手袋のさわりとした布地の感触が、少しくすぐったい。
振り払って立ち上がらないといけないのに、それができない。優しくされると、どうしていいのかわからない。
+++
体を硬くして腕の中に収まるその頬を撫で続ける。
ひとりになりたい? させてやるもんか。
お仲間たちならその一言でおまえを慮るだろうが、生憎私にはその気はない。
こわくないとおまえが言ったんだ。今更突っぱねてくれるなよ。
頬を撫でていた手を首筋へするりと下ろす。びくりと小さな体が跳ねる。その細い首を締め上げないように注意しながら親指と人差し指でやわやわとさする。
頑なにこちらを見上げないその顎を掴んでやろうかとも思ったが、やめた。
敵である男に急所を掴まれていつ縊り殺されるかもわからぬ状況に固まったままか、と撫で続けた体から徐々に力が抜けていく。おい、まて、まさか。
小さくとすり、と音がしてもたれかかる頭。全身で感じる重さ。
ほんの少しだけ顎を上向かせると、伏せた瞳が視界に映る。この状態で寝るか? いや、これは寝たのか?
逡巡して口に手を当てて、慌てて頬を叩く。息を止めている。
「おいばか、そういうのはやめろ」
何度か叩くとようやくその唇から小さく息を吸い込む音がする。短くあがる息はそれでも小さくか細い。まだ、瞳は開かない。
今一度呼吸を落ち着かせるようにその頬を撫でる。ずるりと力が抜けて落ちた体が無防備にさらされる。しかたないとその脇に手を入れて持ち上げ横抱きにする。
小さく身じろいだ体、うめき声。震えるまつ毛とか細い息。そっと開かれた瞳が不安げに揺れている。
「……う……?」
体を起こそうとするその動きを頬を撫でることによって制する。こちらを見た瞳が驚いたように揺れたがそれでも抵抗はされなかった。
少しだけ目を細めて溢れた光の向こう側の魂を見やる。エーテルは揺れているが問題はないだろう。おおかた緊張が極限に達して一瞬気を失ったというところか。
「落ち着いたか」
出来る限りゆっくりと問いかければ、首を振らずにうん、とだけ声が答える。それなりにしっかりした声色に大丈夫そうか、と小さく息を吐く。
「ごめん、なさい」
どうしておまえが謝るのか。今のは明らかにこちらの責任では…いや、それも認めたくはないが。
どこか遠くを見たままの瞳がふいっとこちらを見つめる。揺れる湖面のように、光を反射してきらきらと瞬いた。奥底まで見透かそうとする…あの目だ。
なにかを言おうとした唇が震えて、でも何も言わずに横に結ばれる。瞳だけがこちらを射抜くように見つめ続けている。流石に何も言われんと反応の返しようがないぞ。
頬を撫でた手でもう一度首を撫でてみる。ひゅっと喉が鳴ってぴたりと呼吸を止められる。そうか、これはダメなのか。その手を前髪へ持っていき何度か梳いてやると少しずつ溜めた息を吐き出す。
アウトとセーフのラインを探っていく。首筋を指でするりと撫でるのはセーフ、両手で掴むのはアウト。指でも少しでも強く押せば途端に体が強張る。
されるがままの体は弛緩したままだらりとこちらの支えに寄りかかっている。瞳だけがただまっすぐ私を見ている。
体の下に手を入れ直して、しっかり支えるように抱き上げ立ち上がる。この場所は少し、妖精どもが騒がしすぎる。
「掴まっていろ」
短く告げてゆったりと飛び上がる。あまり高度を落としてうっかり人に見られでもしたら面倒な事になりかねない。出来る限り高度を上げたままレイクランドに抜ける。
クリアメルトを抜けラディスカ物見塔を見下ろしながらラクサン城の上へ。三再誕の広間に降り立ち大きな扉の目の前で一度足を止める。
ゆっくりと魔法でその扉を開いて足を踏み入れようとする。小さな手がここでようやくこちらの服を掴んだ。遅すぎやしないか?
3歩の距離、その間に掴む手の力が強くなるのを引っ張られる襟で感じる。扉を閉じながら指をスナップさせ魔法の灯りをともす。青白い魔法の燈火がゆらりと室内を照らす。
広い円形の室内には大きな円卓と取り囲む椅子が置かれていた。捨て置かれた当時からだいぶ朽ちてきてはいるものの、ここが大切な場所なのだという威厳を感じられた。
ひとつ椅子を引いて、そっと小さな体をそこへ降ろす。まだ力がちゃんと入ってないだろうと自身にもたれかからせながら今一度部屋を見渡す。あとで戻す、と心の中で過去の持ち主に謝ってぱちりと指をスナップさせる。机と椅子を視界から消して、代わりに天蓋付きの大きなベッドを部屋の真ん中に出現させる。
それを見ていた小さな体があからさまに跳ねて、ばっと音がするほど素早く体が離れていく。もちろん、離す気はないが。
首根っこを掴むようにその体を抑えてひょいと抱え上げ、ベッドの上に落とす。あからさまなまでにずりずりとこちらから逃げられてちょっと傷つく。ひどくないか、それ。
「傷つくなぁ…さっきうっかり気絶などされた英雄様を慮って休憩できる場所を作ったのに」
ぎしりと音を立ててスプリングを軋ませながらベッドに腰かける。こちらの呟きを聞いてぴたりとずり下がる体が止まる。明らかに訝しげな瞳をしている。はぁ、これが日頃の行いか。
「酷い酷い…」
がっくりと肩を落とすとおろおろとした気配を感じる。英雄の癖にそんな人を信じやすくてどうする。いつか騙されるぞ、悪い大人に。例えばそう、私のような。
おそるおそる力を抜いたその体を押し倒す。ぽかんとした顔がまっすぐ私の顔を見上げてくる。その頬をゆっくりと撫でてついでとばかりに額に手を添える。
「熱はないようだな」
そう呟けば疑いかけた体が今一度弛緩する。まぁ、ここで熱が上がられてお仲間にドヤされても面倒くさい。
額に当てていた手でそのまま前髪を梳いて撫でる。横に払い額を露わにしそこへそっと唇を落とす。ぼんやりしていたその瞳が、ようやく危機を覚えて彷徨い始める。ワンテンポ遅いんだ、おまえは。
「どうした、そんなもの欲しそうな眼をして」
言われた言葉にその頬が赤く染まっていく。元々白く色素の薄かった肌が火をともしたように赤く染まっていくさまが愛らしい。
二度三度額に口付けて、愛おしいものを撫でるように頬を撫でてやった。
+++
流されやすいのは自負している。そのせいで何度か死にかけたこともある。暁のみんなにはもっと緊張感を持てと言われてた。私としてはそのつもりだったんだ。
どうも、エメトセルクの前だと調子が狂うんだ。あの私を見ない瞳がこちらを見つめるたびに、どうしていいのかわからなくなる。皆の前では被れる英雄という名前の仮面を被れなくなる。
物欲しそうな目、と言われてもわからない。私は何も知らない。あなたが私の向こうに誰を見ているのかさえ知らないんだ。
必死に首を振る。伝わらないとわかっている。それでも意思表示をする。あなたの腕は私の居てはいけない場所だ。
首を傾げたエメトセルクは今一度額に唇を落としてくる。額から瞼、瞼から頬へ。
その瞳が揺れる。私を見て、私を見なくなり、また私を見て、離れていく。まるで彷徨う小舟だ。帰り着く港を探している。
……私は、あなたの寄る辺にはなれない。
食むように唇をやわやわと噛まれる。これ以上はいけない。
いやだと首を振るがその顎を大きな手でそっと挟まれる。逃す気はないとその目が告げている。
ずきりと胸が痛む。無意識のうちにこちらを見ているのに合わなくなる視線を私は止められない。顎を抑えられ俯くこともできない。
唇と唇が触れ合う。触れては離れていく優しい動きに翻弄される。
どうして優しくするの? 私は誰かじゃない。誰にもなれない。優しくすべきは私ではないでしょう?
「……どうしてそんな顔をする」
はぁ、とため息をつきながらエメトセルクが離れていく。そんな顔とはなんだろう。よっぽどひどい表情でも浮かべてたのだろうか。なんにせよ離れてくれるならそれでいいのだが。
まだ思考はぐるぐると渦の中にある。渦巻いて、混乱してる。
彼の大きな手が頬を撫でる。癖、なのだろうか。頬を撫でる手はいつも優しく温かい。
「なにも、言わないんだな」
そう問われた言葉に首を傾げて……あれ?
「……喋って、なかった?」
「ひとっことも」
はぁ、ともう一度ため息をつかれる。まさか気付いてなかったのか、その目がそう訴えてくる。あなたも大概喋らないじゃないか。
「伝えんと分からんぞ」
至極ごもっともなことを言われてしまう。わかってる、わかってはいるんだ。
「……得意じゃ、ないの」
「知ってる」
「聞くことのが多かったし」
「あぁ」
とつとつと伝えれば短い返事が返ってくる。その目が反らされずにこちらを見ている。そういえば、あなたはいつも目をそらさずにちゃんと話をしていたね。
「厭か?」
短く問われるその言葉を脳内で3度リフレインさせる。
「……わからない」
私は首を振りながらその問いに答えた。
「曖昧だな」
頬を撫でる手が、つつっと首筋を撫でていく。ぞくりとした感覚に体が震える。
「厭だったら言え」
言ったところで止まるとは思えないその言葉を平気で口に出しながらエメトセルクの指がゆっくりと移動する。
首筋を何度か撫でて鎖骨へ。鎖骨を撫でながら反対側の鎖骨の上に唇が落とされる。柔らかい感触が二度鎖骨を食んで強く吸われる。
「……っん……」
思わず上がりかけた声を喉の奥に飲み込む。吸われた場所をぺろりと舐められ今一度体が震えた。
「拒まないのか」
低い声が問いかけてくる。わからない、わからないんだ。
言葉が出てこなくなる、頭の中はぐるぐるしている、仮面を被れなくなる。
金の瞳が私を見ている。あかるいおつきさまのいろ。私を見て、離れて、私を見て…。
「どうした」
無意識に伸ばしていた手を掴まれて体が跳ねる。金の瞳が私を見ている。
私を、見ている……?
+++
ふいに腕を伸ばされて、その手を掴んだ。それだけだった。
ガラス球の瞳がこちらを見ている。澄んだ真っ直ぐなまなざしが、少し驚いたように見開かれている。
掴んだ手をそっと口元に寄せてその手のひらに口付ける。触れるたびに私の下で小さな体が跳ねる。ララフェルらしい小さな指を口に含み舌で嘗め回す。びくびくと跳ねるけれど拒む様子はない。
一度体を重ねたからだろうか、以前よりもお前を見ている気がする。お前の向こうではない、お前を。
体を重ねた記憶はお前としか紡いでいない。だからこれは、お前のための視線だ。
触れる、離れる、吸い付く、舐める。
額から頬へ、頬から唇へ、首筋を通り鎖骨を舐める。
その度に跳ねる体、早くなる吐息、上がり始める嬌声。
拒絶はない。そっと小さな手が頭に触れたがそのままゆるゆると髪の毛を撫でられた。それだけだった。
どこかで諦めているのか、それとも望んでいるのか、私にはわからない。
指をスナップさせようとして、やめた。その手でそのまま腰帯を外していく。しゅるしゅると布の擦れる音が2人だけの広い部屋に響く。
外した帯をベッドの下へ落としながら上半身を起こし分厚いコートを脱ぐ。それも落として今一度向き合う。
上気した頬が桜色に染まる。潤んだ瞳がこちらを見ている。赤い小さな唇が艶かしくて、その蜜を吸うために唇を寄せる。
舐めて吸い付けばびくりと跳ねながらも受け止められた。薄く開いた歯と歯の隙間に舌を滑り込ませればさらに体が跳ねる。ゆっくりと時間をかけてその口内を愛撫する。
甘い。物理的な甘さではない。濃いエーテルの芳しい香りにくらくらする。求めていた半身と違わぬ、けれど光に染まったそのエーテルが、じりじりと私を焦がす。
そうだ、この魂だ。喩え容れ物が歪であろうとなりそこないであろうと、間違えるはずがない。お前だ。思い出そうが、思い出さなかろうが、お前なんだ。
糸を引きながら唇を離す。2人を繋ぐ銀糸が灯りに揺れて煌めく。小さな体が酸素を求めて蠢く。
足りない。まだ足りない。お前を構成するものがお前にも私にも足りない。
「舌、を」
潤んだ瞳を少し困惑に染めて、赤い唇から柘榴のような赤い舌が差し出される。冥府の王がその実を喰らうのもなんだかおかしいが、いずれお前も味わう果実だ。
舌先と舌先を触れ合わす。つついて絡めて吸い上げる。跳ねる体が熱を持つ。それでも拒絶の態度は見当たらない。受け入れられた安堵感にさらに深く舌を絡める。
ぴりぴりと脳を焼くエーテルの刺激、蜜の味。漂う香りはエーテルと、小さな体が女の色香で花開いた芳香。普段は全く感じられない、私だけが知るお前の色香。
角度を変え、覆い被さり、飽くことなく何度も絡めとる。喉の奥に消えていく嬌声を漏らさぬように深く口付ければその体が快感で跳ねる。
舌先を惜しむように唇を離せば、がくがくと震えたまま潤んだ瞳がこちらを見つめてくる。熱を含んだ視線にすら心地良さを感じる。
その額を髪を梳くように撫で覆い被さる。ガレアン族では小さい方の体躯の私ですら、ララフェルの体をすっぽりと覆い隠せる。影の中で小さく熱が蠢いた。
「……厭、か?」
止まる気はないが尋ねる。落ちた影は吐息だけを響かせてその表情は見えづらい。
蠢いた、気がした。いや、わかってはいる。お前が今どんな態度で応えたのかを。
「……教えてくれ。お前の言葉で」
それでもお前の言葉で知りたい。伝えた気にならないでくれ。そのすれ違いはもう懲り懲りなんだ。
「……得意、じゃ」
色を孕んだ声が小さく耳を揺らす。先ほども聞いたな、その台詞は。
「知っている」
意に返さんと返答を投げれば、うぅ、と呻き声が聞こえる。普段仮面をつけて言葉を尽くさなかった罰だ。精一杯苦しめ。
幾度か深呼吸をして心を落ち着けようとしているのがわかったので、わざとその耳を指先でこりこりと弄ぶ。それだけで呼吸は乱れていく。
「……っふ……ま、って……」
やんわりと袖を引っ張られる。引き剥がすような力は感じなかったが従うように手を離す。
「……ひとつ、だけ……っ」
魔法の灯りが2人の影をひとつにする。ゆらりと揺れて壁に縫い付ける。
「……私は、〝違う〟ん、じゃ……?」
問われた言葉がリフレインする。その意味を知っている。ぱたりと袖を引っ張っていた手がベッドの上に落ちた。これは、諦めか?
「気づいていたのか」
何をとは問わない。きっと私よりもお前の方がわかっていただろう。お前の中に面影を追いかけていることを。
「わか、るわ……」
指先で頬を撫でる。輪郭を刻み込むようにそっと。
「……私を、見なくても、いいよ」
目を見開くのは私だった。見えていたお前が見えなくなっていく。
「慣れてる、から」
光の戦士を、闇の戦士を、英雄を。演じることを望まれ続けたその身は、重ねられることに諦めを覚えてしまったのだろうか。そうして、自分に仮面をつけて自分自身をも重ねて見えなくしていたのだろうか。
「お、まえ」
組み敷いているのはこちらなのに、心の深い部分を撫でられたような感覚。あぁ、エーテル酔いに近いか、それとも交感の時の感覚か。
静かに笑っているのがわかる。その顔は知っている。諦めている顔だ。
見開いた瞳を伏せる。あぁ、お前、それはずるいよ。あの時も、あの時も、お前はいつもそうやって自己を犠牲にする。
「厭、だね」
呟くように吐き捨てた言葉に、息を飲むのがわかった。伏せた瞳をゆっくりと開く。ぎらりと低くお前を睨む。
「お前がそれを望むなら、絶対に、厭だね」
お前を見ていたんだ。魂を追いかけながら、その上辺で揺蕩うお前も見ていたんだ。私はなりそこないどもとは違う。お前が仮面を被ることを望まない。
そうだ、思い出せないのなら、思い出さないのなら、お前ごとすべて手に入れればいいんだ。よく知るお前と、まだ知らぬお前も、すべて、すべて私のものだ。
「……でも、私、は」
慌てるような声が力なく小さくなっていく。
「あなたを、知らない」
あぁ、大馬鹿かこいつは。知っているだろ、私のことを。初めてだったのに体を許してしまうほどに。
「だからどうした」
頬を撫でていた指をゆっくりと鎖骨までそわせる。途端に小さな唇からは熱い吐息が混じり出す。
「エメト、セルク……」
鎖骨から体の真ん中をなぞってヘソへ。クルクルとその周りを撫ぜればびくりと腰が跳ねる。
「厭、か?」
何度も腰を跳ね上げさせ、今一度問いかける。
「わか、らな……」
跳ねる体を止めようと体を捩りながら吐息が漏れる。あぁ、熱を帯びたその声に蕩けてしまいそうだ。
「なら、わかるまでやろうか」
相変わらず色気のない白無地のショーツの縁をなぞる。呻くようにくぐもった声を飲み込む音がする。
「やっ……だっ、て……!」
「だってじゃない」
するするとショーツを下ろしていく。口では抵抗の意思を見せているが体はどこまでも順従だ。
「本当に厭なら」
ショーツも床に投げ捨てる。上体を起こして手袋を外しシャツの襟元を緩めながら見下ろし宣言する。
「本気で抗え」
+++
わからない、なんで、どうして。
混乱が波のように押し寄せてそのまま引いていかない。ぐるぐるした感情の波が押し寄せたまま私を巻き込んでいく。
心だけじゃない。体も今やエメトセルクに翻弄されるがまま、ぐずぐずと燻ぶるような熱を与えられ続けている。
「……やぁっ……おね、がっ……」
止まってほしいのに、体が言うことを聞かない。お願いだからほんの少しでいいから思考を巡らす時間が欲しい。
「本気で来い、と」
言っただろ、その言葉はくっと押された花弁への快楽で聞こえなくなる。声を上げたくないのに、勝手に声が上ずる。
「は、なし……を……っ!!」
にちゅりと音を立てて入り口を撫でられる。口付けと愛撫でとろとろと蜜を垂らすそこは、エメトセルクのすこし節くれだった指の動きに翻弄されていく。
首筋から鎖骨、胸から腰、太腿の内側に至るまで舐められ齧られ吸われて赤い花が皮膚の上に咲く。
「エメ……っ!! ……っあぁっ!!」
つぷりと、まだ硬い入り口を押し開けてその指が私の中に分け入ってくる。先日開かれたばかりのそこはくちゅりと淫靡な音を立てながら指を飲み込んだ。
「あっ…あっ…や、だめっ……っ!!」
水音が耳に煩い。その隠微な音に添わされるように、喉の奥を震わせて嬌声が上がる。
腰が跳ねる。声が上ずる。すりすりと擦り寄るような指の抽送が甘い疼きを腰にもたらす。
「痛みはないようだな」
二本、三本と増やされる指に圧迫感はあれども痛みは感じられなかった。
「っふ……あぅ……くる、し……」
「慣らしておけ」
ポロリと転がった言葉はその語感の鋭さに似合わず優しく耳元で囁かれた。視線が混ざり合う。
「……そんな顔を」
言葉は最後まで紡がれず、唇が重ね合わされる。触れて、離れて、深く重ね合わせる。ちりちりと舐められた口内に広がる熱を無意識のうちに求めてしまう。
埋め込まれた指がばらばらに動いて刻まれていく。擦られるたびに跳ねる体が止められない。圧迫感による苦しさは未だ消えないけれど、与えられる快楽は前回の比ではなかった。はしたないと思われてしまうかもしれない、でもこの快楽から逃れられない。
体が、求めているのがわかってしまう。
ダメなのに。嫌だと告げて離れないといけないのに、その腕に縋り付いてしまう。
寄る辺にもなれず、誰かの代わりにもなれない。満たされたいけど満たされない思いを、お互い抱いてしまうだけなのに。
居たい場所を増やしてしまう。それだけはいけないと理性が警鐘を上げる。もう十分幸せなんだ。私が私を壊す前にここから逃げないと―――…
離れた唇が目尻の脇に落とされる。そこで初めて自分が涙を流していたことを知る。
秘部を穿つ指の動きがゆっくりと快楽を広げる。くちゅりと淫靡な水音が耳に届くたび恥ずかしさでまた震える。
「やっ、あっ、あっ…とめ…っ!!」
押し退けようと腕を伸ばしても、快感が邪魔をして押し返す事すらできない。伸ばした腕でエメトセルクの胸元を掴み、縋りついてしまう。
「止めてほしそうには見えんな」
くつくつと喉の奥で笑いながら低く囁かれた言葉に腰が跳ねる。跳ねた腰を追いかけて差し込まれた指がさらに蠢く。執拗なまでの内側への愛撫に視界が歪んでいく。
「あっ、あぁっ…っあぁぁぁぁ!!」
びくりと大きく跳ねる体を止められない。体を折り曲げてエメトセルクにしがみつく。腰の奥から全身へ駆け抜ける強い波が私を揺らしていく。
すっぽりと抱え込むようにエメトセルクの腕に抱かれた。その大きな手がゆっくりと私の頭を撫でているのをなんだか遠くで感じている。額に添えられた手がゆっくりと私の顔を上向かせる。
「…息を、しろと」
ため息交じりの声がする。数度口付けを落とされてそこでようやく自分が息を殺していたことに気付く。
はくはくと空気を求めて口を揺らせば、唇が落とされ離れていく。雛に餌を与えるように何度も啄まれようやく息の仕方を思い出す。
ずるりと私の中から抜かれた指に体が震える。
「見てごらん」
優しく囁かれた声に導かれて薄く瞳を開くと、私の股の間で今抜かれたばかりの三本の指が、にちにちと湿った音を立てて揺れている。その姿に、音に、全身が熱くなる。
「ふっ……うっ……」
思わずぎゅっと目を閉じる。湿った音はまだ耳に届く。
「……っひぁっ!?」
にちゅりと音がして体が跳ねる。ぷくりと赤く大きくなった花弁を弾かれて声が漏れる。ちゅくちゅくと耳に届く音が快感を倍増させる。
「あっ…あぁっ…あっ…!!」
上擦る声を追いかけてエメトセルクの唇が額に降りてくる。目尻、頬、鼻と順繰りに落ちてきた口付けは、唇と重なり合い深く混じり合う。
花弁の周りを優しく撫で時折思い出したように弾いたり押し潰したり弄ばれる。その度に甘い嬌声と脳を白く染めるような快感が全身を満たしていった。
+++
薄暗い部屋に影はふたつ。大きな影がうねり小さな影を飲み込む。啄むような口付けは何度しても飽きることがない。
開かれたばかりの女性性を慈しむように高みへと導く。お前の初めてを知るのが私でよかったと、その思いに心を満たす。
既に十分にそそり立った己自信を秘部にあてがえば、いやいやと首を振りながらその体が浮く。それが本気の抵抗でないのは瞳を見ればすぐにわかる。
蕩けた、色を孕んだ、美しい瞳。なけなしの理性でこれ以上はいけないと腰を浮かせたのだろう。その腰を掴み、引き寄せ、今一度己をあてがう。
「厭か?」
あえて聞くのは意地悪だとわかっている。理性は厭と言わざるを得ず、かといって体はもうどうしようもないほど燻ぶっているはずだ。
思った通りに困惑で目が開かれる。いやいやと今一度首を振るが、無意識に下肢が疼くのだろう、ぴとりと当てるだけだった己に擦りつくように腰が蠢いている。
体をずらして、あてがった己自身をほんの少し腰を持ち上げてその入り口に添わせる。そのまま上体を倒してその頬を撫でる。撫でる熱に浮かされて細めた瞳が艶めかしく揺れる。
すりすりと甘えるように蠢く腰が私自身に擦りついてくる。ちゅくりちゅくりとゆったりとした水音が広い部屋に溶けていく。
「厭ではなさそうだな」
見下ろした瞳が困惑で揺れている。何を言ってるんだ?って顔をしないでくれ。
「動いてるじゃないか、腰」
問われた言葉をたっぷり10秒は考えてから、耳の先まで真っ赤になるのがおかしくてたまらない。喉の奥で笑えば揺れる腰がくちゅくちゅとその敏感な部分を刺激する。
恥ずかしくてたまらない、と両手で顔を覆う様がなんとも誘惑してくるじゃないか。暴きたくなる、奥の奥、底の底まで。
「……これ、は…ちがう、の…」
消え入りそうなほど小さな声で否定の言葉をぽつぽつと口ずさむ。おおかたまだ二回目なのにここまで感じる自分がはしたないと感じてるとかそのあたりだろう。
「ちがうのか」
頬を撫でながら優しく問いかければ、肯定するようにこくこくと頷く姿すらこちらを煽ってくる。
一度恥ずかしさで止まった腰が、耐えきれないのかまたゆるゆると動き出している。そうやって、男を誘うのは私だけにしてくれ。
「ならば、これは?」
やんわりとその尻を掴めば、びくりと跳ねてより強く擦りつけることになる。
「っあ…あぁっ…!!」
自然と艶めいた声がその喉から溢れ出る。ぞくりぞくりとその快感の波がこちらにも訪れる。
「……っふ……だ、め……っ」
やわやわと尻を撫で続ければぴくりぴくりと腰が揺れ甘えるように擦りつけられる。心と体の乖離…いや、この場合は心と魂の乖離か? 心とはどこから来るのか、魂とは何なのか、そんな議論をした遠い日をかすかに思い出しかけて、やめておいた。
顔を覆っていた手を今一度私の胸にあててぐいぐいと本人は押し退けようとしているようだが、まったくもって力が入っていない。ほんの少しだけこちらが腰を揺らせば、押し退けようとした手はそのまま縋りつく手に早変わりした。
「っ、う……あぁっ……だ、め……」
「…伝えろとは言ったが、理由のない否定は伝えたうちに入らんぞ」
少しだけ突き放すように強めにそう告げれば、うぅと声を噛み殺す音がする。
得意ではない、と何度も告げるその唇を指先で優しく撫でる。ふっくらとした赤い唇がその肌の白さの中で際立つ。
揺らした腰をピタリと止めその尻が揺れ出さないように掴む。
「話して受け入れるか、話さず受け入れるか、選べ」
結局受け入れさせることには変わりのない事実を述べれば、その言葉の意味をきちんと理解してないぼんやりとした返事が返ってくる。
燻った熱がその身の内に停滞し、行き場のない熱がその口を開かせる。
「……わたし、は…だれでも、ない、から…」
ポロリと転がった本音はすぐさま熱に浮かされていく。ことりと音を立てて私に届いたその言葉は冷たい輝きを放っている。
誰でもないお前。
分たれたお前。
大切なお前。
「だから?」
先を促す。それだけで終われないのを知っている。
「……わたしを、見ないで、抱いて」
ゆっくりとその瞳が閉じていく。誰かの身代わりのままでいい、なんて本当にあの時のお前のままじゃないか。
「厭だね」
きゅっと瞑った瞳は目尻に涙を溜めている。緩く振られた首が妙に細く感じる。
望まれる役割を演じ続けて、その先になにがあった? あの時、そのせいで、私たちは引き離されたというのに。
「だい、じょうぶ、だから……」
薄く開いた瞳は澄んだガラス玉。光を吸い込んで何も写そうとしない。わたしも、お前自身も。
「厭、だね」
何度それは承諾できないと伝えれば、お前に伝わるのだろうか。その自己犠牲の影で伸ばした手を取れなかった己の強欲さを。
だが、それすらも伝わってはいない。厭と言われたその言葉を別の意味に捉えて潤んだガラス玉がこちらを見ている。
「…お前がそう言い続けるなら、私はお前を見るぞ」
その瞳が揺れる。悲しみと、困惑と、嬉しさといろんなモノを綯い交ぜにして。
「他の誰でもない、私の下で喘ぐお前を」
くちゅりと一度腰を揺らせば、くぐもった喘ぎ声が耳を揺らす。
あの時伸ばせなかった手を伸ばして、お前の仮面を取り払ってしまいたい。
ずるりと体を動かして今一度その入り口に己自身をあてがう。くちくちと小刻みに揺らして少しだけ入り口を広げる。
「だから、お前も、私を見ていろ」
「ーーーっっ!!!」
告げると同時に腰を動かしその中へと己を埋め込んでいく。十分に解れたとはいえまだ2回目のそこは狭く、強く私を締め付けてくる。
暖かな滑りがまとわりついてその温度で腰の奥から快感が湧き上がる。
見開いたガラス玉が彷徨って私の視線を捉え写し出す。無心であろうとしていたそれは、強い刺激に揺り戻され私を捉えている。
お前が、私を、見ている。
「ああぁっ……!! や、ぁっ…く、るし…っ!!」
種族の違いによる体格差はもうどうしようもなく、その狭い膣内は私のものでいっぱいに引き延ばされている。
ゆっくりと腰を進めて私の形をお前に刻み込んでいく。進むたびに、その小さな腹が歪にゆがんでいく。
押し退けようと伸ばしていた手は、今はもう私に縋り付く事しかできず体を寄せてやれば必死に離すまいとその指に力が籠る。
狭き門を掻い潜りそのさらに奥へ。締め付けは最高潮だが、拒否はない。奥の奥、その入り口をトンと叩けば背が反り嬌声が上がる。
「ああぁっっ…!!」
ぜいぜいと絶え絶えな息を必死に繰り返す唇を指でなぞる。狭いその場所が私をきちんと受け入れるまでそのまましばらく抱きしめておく。
髪を梳き、頬を撫で、唇に触れる。耳の先を弄べばびくりと震えた体が熱を放つ。
次第に落ち着いてきた呼吸音を耳にして、体を少し起こす。小さな体のあちらこちらに私が散らした赤い花が艶めかしくお前を彩る。
この小さな体に欲情しているという背徳感が背筋に快楽を走らせる。あぁ、なんて甘く甘美な痺れなのだろう。
「……わかるか」
言葉を放つのは私もそこまで得意ではない。アシエンとして演じるのはもう慣れてはいるが、お前の前だと演じきれないのをとっくに理解している。
「奥まで、私でいっぱいだ」
びくりと震える体、ふるふると無意識に振られる首。否定はできないだろう。実際お前の中は私以外何も混ざる余地もない。
「私を締め付けているだろう?」
大きく見開いた瞳が私を見て、その顔が真っ赤に染まる。快楽と恥辱とでその瞳が潤む。
「……いい子だ」
そっと頭を撫でると、一瞬きょとんとして……それから恥ずかしそうに目を細めた。
感謝の言葉は降り注いでも、褒める言葉はなかったのだろう。あからさまに今までと違う恥入り方にあぁと小さく声が漏れる。
その頬に手を添える。潤む瞳が揺れながら私を見ている。
「私が、見えるか」
問いかけた言葉に何を言っているのだと心の底で笑う。私は見ているぞ、お前も、その奥の輝きも、すべて。
ぱちぱちと音がしそうなほど瞬いた瞳が恥ずかしそうに伏せられる。その顔は、初めて見たな。
「……みえる」
耳を澄ましていなければ聞き逃してしまいそうなほど小さな声で紡がれた言葉が私の中に染み込んでいく。まだ私の姿も、真の名すら知らぬお前だけれど。
「そうか」
今、私と向き合うこの小さく歪ななりそこないに、惜しみない賞賛を。降り止まぬ雨のように何度もその額に口付けを降らせる。
繋がった場所をそっと揺らせば、ひゅっと吸い込んだ息の音がする。ゆるゆると揺するように解すように少しずつ律動を与えていく。
「あっ……あぁっ……んぅっ……」
勢いに任せた前回は悪かったと心の中で謝罪しながら、お前の中を丹念に味わっていく。狭くて、湿り気があって、暖かくて、離れがたいそこを。律動に合わせて締め付けてくるその感覚はまるで天にも昇るようで……闇の使い手が天に昇るという表現もどうなのかと思うが。
奥の奥まで貫いてしまいたい衝動を抑えて、己自身全体に与えられる刺激を享受する。甘い疼きにも似た嬌声が何度もその喉を揺らし広い部屋に奏でられていく。どんなオーケストラの音に包まれるよりも心地よいその音をもっと聞きたくて、少しずつテンポを変えて腰を揺らす。紡がれる音が耳を通って胸の内に落ちそこで私の音と混じり合って旋律になる。
「ああぁぁ……あっ……んぁ……っ!!」
入り口まで引き抜いてゆるゆるとそこを刺激して、奥まで一気に戻す。動きに合わせるように体が跳ね、喉が反り、快感が音となって唇から弾ける。
角度を変え、テンポを変え、お前の乱れ花開くさまを堪能する。あぁ、甘美だ。腰の奥を甘い疼きが支配していく。
あぁ、お前、そんなに私を感じてくれているのに。
覆い隠すような光が快楽に浮ついたその隙をついて、じわりとその魂に染み込もうとしているのを目ざとく見つけてしまう。それは、お前のものではない。
衝動的に小さな体に私のエーテルを流し込む。びくんっと大きく跳ねた体。驚いたようにこちらを見やる大きな瞳。あぁ、しまった。こんな一方的にエーテルを流し込んだら。
「あ、あぁぁっ!? や、な、エメ、ト……っうぁ!?」
反発する光と闇が我先にとその魂に絡みつこうとする。一番大事な敏感な部分をざわりと撫でられて肉体に寄らない強烈な快楽を叩きこまれている。虚ろに彷徨う視線は奥深くの快楽を感じ取って。絶え間なく上がる嬌声はその熱を外に出すことができぬままあがり続ける。
「やっ、あ、あ、あ、だめ、なに、やめっ……!!」
跳ねる音がダイレクトに体を揺らす。きゅうきゅうと私自身を締め上げてくるその圧力が私自身も追い込んでいく。快楽に意識を飛ばしてしまうこともできないその小さな指が私のシャツを指が白くなるほど強く握りしめる。
「やぁ……!! っ、こわい、やだ、こわいっ、たすけて、エメ、トセル、ク……っ!!」
無意識のうちに請われた助けの声にその体を強く抱き寄せる。強く抱き留め、意識を集中させる。混濁しては浮上するお前のエーテルに添わせるようにそっと意識をリンクさせる。
エーテルの交感。
互いのエーテルを過不足なくお互いに注ぎ合い隙間なく埋めてひとつになるその行為を、一方的に仕掛けていく。体が繋がったままならば容易にできるであろうと踏んでの強硬手段ではある。
大丈夫だと落ち着けるようにぐっと腰を押し込んで深く繋がる。はっと息を飲んだその瞳が私の瞳の奥を見ている。視界が、感覚が、リンクしていく。
最初は暗闇。
ただそこに小さな自身の存在を認める。
ゆっくりと腕を、足を伸ばす。自己をその空間に少しずつ確立させていく。
瞳を開く。お前の視界と私の視界が重なる。どちらを見ているのか、どちらも見ているのか、どちらも見ていないのか、混ざりあった視界はどこまでも認識を広げていく。
どちらともなく手を伸ばす。触れあったその先から溶けていく感覚。互いに指を絡ませ互いを抱きしめる。
ほぐれ、ほぐされ、それでも固く結び目になった箇所を見つける。あぁ、これがお前のわだかまりか。今これを解いてやることは簡単ではあるけれど、それはお前の望むところではないのだろう。そっとその結び目を撫でて抱きしめる。このわだかまりごとお前を抱きとめる。
暗闇に星が灯る。ぽつぽつと灯った光は広がり満天の星空を作り上げる。私は知っている。そのひとつひとつがエーテルの…命の輝きだということを。あぁ、ずいぶんと弱々しい輝きだ。分かたれた輝きはあまりにも弱く小さくて、それがさながら本当の夜空の星のように瞬く。
お互いを見つめて…見つめていなくて、自然と唇が触れ合う。あぁ、甘い。知っている、これはエーテルの甘さ。お前の芳しいエーテルの甘さ。変わらない、あの頃と。
触れあう二人を追い込むようにじわりじわりと闇の世界を光が侵食していく。あぁ、これか。お前を苦しめているものは。お前を染め替えようとする忌々しい光は。
『渡すものか』
口付けたまま発したのは声か音か。どちらが発したのかすらわからない。
私に溶けてしまえ。お前も、私も、すべて。
魂に刻み込むように闇を、塗りこんだ。
ゆっくりとリンクを切っていく。時間にしてほんの数分…いや数秒だったかもしれない。瞬きの間に終わった交感は私の息を上ずらせるのに十分な時間だった。久しく感じていなかった肉体の熱を感じる。
体を持ち上げ視線を動かせば私の腕の中で虚ろな瞳を瞬かせている小さな体がぴくりと動く。準備なしのエーテル交感によりまっさらにされた魂がひくりひくりと揺れている。光はまだそこにあるが、こちらに気圧されたのかひっそりと息をひそめている。その確たる魂に一筋の闇を見出し心の奥底で微笑む。
あいつとは何度かエーテル交感をしたことはあるが、なりそこないどもがそういった行為をしているのを見たことも聞いたこともない。彼らはどこまでも即物的に俗物的で、魂をワンランク上に上げるという行為を行っている様子が見られなかった。
そう、この行為すらお前には初めてのこと。本当はもう少し段階を踏んでから交感して徐々にこちらに落としていきたかったのだが…。
「……大丈夫か」
耳元で低くそう告げれば、びくんっと大きく跳ねる体。意識の急浮上に酸素を求めたその胸が大きく忙しなく動く。現実を確認するようにその瞳がきょろきょろと動いて、私の視線と交わる。
「……っふ、ぁ……」
途端に顔がくしゃりと歪んでその瞳から涙があとからあとからぽろぽろと沸きあがる。泣き声を飲み込んで嗚咽を漏らすその体を今一度抱き留める。あぁ、そんな子供のように泣かせるつもりはなかったのだが。
「っふ……うっ……こ、わか……」
「すまない」
その頭をゆっくりと撫でて額に口付けを降らせる。甘んじてそれを受け止めながら小さく首が振られる。
「ごめ…なさ…いま、だけ……」
小さく、許してと声が聞こえる。とっくの昔にお前の突飛な行動を許して受け止めている。今更ひとつふたつ増えたところで造作もない。
自身を落ち着けるようにはふはふと深呼吸を繰り替えすその小さな体を見守る。徐々に落ち着いたその瞳が開かれて…色に染まる。
「……だい、じょうぶ」
強く握りしめていたシャツから指を離して、力の入れすぎでうまく動かないであろう指先で私の胸元を何度か撫でる。
エーテルの交感は過ぎ去ってしまえばぼんやりとしてしまうもので。それは熱に浮かされ互いを貪る性行為の後味にも似ていて。けれどそれよりも強烈に魂を揺さぶり染み込み言葉にならないなにかをその胸の内に落とし込んでいくもので。
言いようのないその快楽にも似た感覚を浅く呼吸を繰り返すことで飲み込みながら、小さな手が今一度私のシャツを掴む。
「……んっ……」
小さく身じろいで繋がるその場所を意図的に揺らしてくるのがわかる。
「……つらいだろ」
エーテル交感は慣れている者であっても酷い脱力感をもたらす。私ですら息が上がりうっすらと汗をかくほどなのだ。はじめてであるお前なら腕を動かすのすら辛いはず。
腰を浮かせようとした私を見つめながら、ふるふると首を振られる。
「……つらく、ない、から…」
震える手が引き寄せるようにシャツを引っ張る。躊躇する私の体を引き寄せて胸に擦り寄ってくる。まだお前に穿ったままの己がどくりと脈打つ。
「……お、まえ」
前回もそうだが、本当に、どこで覚えてきたんだ。そんな、擦り寄って、甘えられたら。
ゆっくりと腰を揺らめかせれば鼻を抜ける熱を帯びた声。エーテル交感によって開かれた体は快楽を素直に拾い上げていく。
「……やさしく、しなくていい、よ」
「厭だね」
これはもう意地のようなものだ。お前を蕩かしたいのだ。その魂まで。
ゆるゆると律動すればその視線がとろりと綻ぶ。ほんの小さな刺激でも快感に変えていくその様を眺める。
中断していた行為は、何事もなかったかのように再開される。浅く、深く、小さな体を穿ち私を刻み付けていく。
「……っふ……ああぁっ……あっあっ……」
小さな体いっぱいに受け止めてその喉が何度も震える。組み敷いているという背徳感が背筋を駆け巡る。
少しずつ動きを早くすれば、上擦る声がリズムに合わせて高く早くなる。あぁ、感じているのだな、そう思うほど切なくなる。
律動の合間に頬を撫でる。その輪郭をなぞれば小さな手が私の頬へ伸びてくる。互いに互いを撫で確かめる。溶け合っていたあの感覚を呼び起こすように。
「あっ…あぁっ……んっ……」
熱で潤んだ瞳がこちらを見ている。ガラス玉が私を見つめて離さない。混じり合う視線は互いを高める。
高みへと至る。ただその隘路を何度も往復する。上ずる声はどこもかしこも甘い響きで満ちていて、その声を聞くだけで己がより一層誇示されるのがわかる。
「ああぁっ…やっ、ふっ…やぁっ、なに、あっ、あぁっ!」
あぁ、達してしまいそうなのだね。私の腕の中で。
「……っく」
「ひぁっ、あっ、あっ…やっ、きちゃ…っこわ、ぃ…!」
こわい、と告げるその体を抱きしめる。その耳に唇を寄せて小さく大丈夫と囁く。
短く強くなる嬌声。喉を揺らすその甘美な音色。跳ねる体。縋りつく小さな手。そのすべてを余す事なく腕の中へ抱きしめ。
「あ、ああぁっ……!! やぁ、ああああぁぁっ!!」
「っふ、飲み、こめっ!」
強く締め付けるその最奥に己の欲望を押し込めた。もっと、もっと奥へと収縮が告げてくる。それに応えるようにゆっくりと前後させ最後の一滴まで注ぎ込む。
こぽりとその小さな部屋に入りきらなかった欲望が、あふれて溢れシーツと脱ぐことを忘れていたお前の着物を汚していく。
奥へ送るように、その部屋へ擦り付けるように優しく腰を動かし刻み込む。達したばかりの小さな体がその緩やかな律動に震える。
「ふ、ぅ……あぁ……」
呻くように音が聞こえて、静かになった。
+++
暗い。ここは暗い。でも、暖かい。
ぼんやりと瞳を開いた私は目の前の何かを視認できないまま手繰り寄せた。
暖かい。ここにいたい。ここにいてはいけない。
涙が流れる音が自身の中から聞こえた気がした。ぽたりと雫の落ちる音で私は今一度目を瞬いて目の前の温もりの正体を知ろうとした。
白いシャツの胸元ははだけたままに、エメトセルクが私を胸元に抱え込んでいた。大きな腕が私を抱き寄せている。
一方の私は着物からも腕を引き抜かれ、裸のままだった。冷えた体に大きな体から発せられる温もりがただ優しかった。
「目覚めたか」
その腕がゆるりと動いて私の頭を撫でる。優しいその動きに縋りつきたくなって…それはダメだと自分を律する。
ここを自分の寄る辺にしてはいけない。
ぎしりとベッドが軋む音と共に、エメトセルクが体を持ち上げ私を仰向けにした。視線を合わせるように体ごと顔を下げてきて…その表情が曇る。
「なぜ泣く」
問われて、まだ涙を流していたのか、とぼんやりと考える。その黄金色の瞳に浮かぶ色を知りたくなくて瞳を伏せる。
手袋越しではない生の指が私の頬を優しく撫でる。そのまま、流れる涙を掬い上げている。
胸の上で自分の小さな両手を強く握りしめる。戒めを自身に与えるように。
私は光の戦士であり、闇の戦士であり、英雄だ。そう、呼ばれて、請われて、ここにいる。そのことに不満も不安も、ない。
望まれれば望まれた分だけ、それを受け止めるのが私の役割。そこに私個人の意思の介在を私は許さない。
私は誰でもない誰か。あなた達の隣人であり、絶対的な他者。誰も私を見ないし、私も誰も見ない。
居場所を増やさない、増やしてはいけない、帰る場所は無いほうがいい。
(ぬるま湯のような現状に甘えすぎた)
誰の記憶にも残らない、そういえばそんな人もいたね、そう言われる程度でいいんだ。
だから、この温もりがどれだけ心地よくても、ここにいてはいけないんだ。
ぐっと頬を押される感覚におそるおそる目を開ける。今度こそ黄金色の瞳に捉えられる。
「……」
なにも言わず私を見つめるその瞳は少しだけ怒りを含んでいる。
無心に、なれ。
「…私を、見ろ」
ずいっと顔が寄り、私の視界がエメトセルクの相貌で満たされる。物理的に私の視界は他のものを捉えられるはずもなく…でもそれが、そう言った意味合いでは無いことも知っている。
望まれれば望まれた分だけ。心の内に留め置くことのないように。
「見てる」
「見てないね」
「他になにも見えない」
物理的な話だ。他の意味合いを持たせない。
見るといえば、繋がっていた時の互いの視界を共有していたようなあれはなんだったんだろう。星空に抱かれて、視界からなにから混ざり合ってしまったようなあの感覚は。
「英雄様は、人を煽るのが好きらしい」
言われた言葉に首を捻る。煽った覚えはないのだが。
首を捻る私に大きなため息をついて、エメトセルクの唇が私の耳を撫でる。びくりと跳ねた体にお構いなしに低い声で囁かれる。
「それは、男を誘う言葉だ」
問われた言葉の意味を咀嚼できず、自分でも驚くほど間抜けな顔をしたと思う。瞳を覗き込まれて、エメトセルクの瞳に浮かんだ色を見てしまい…全身が熱くなるのがわかった。
違う、そうじゃないんだ。
「な、なに、は???」
「誘われたなら、答えねばなぁ」
「ち、違う! そういう意味じゃ…!」
突っぱねようとした両手はいともたやすく絡め取られシーツに縫い付けられた。もがこうとした足はエメトセルクの下肢に押されて動かない。
触れた下半身の真ん中に明らかな熱量を感じてびくりと固まる。
「嘘…でしょ…?」
「なんだ」
含み笑いのような声色が少し怖い。エメトセルクの唇が私の唇を何度も啄む。
「まっ、て…ちょっとまって…」
「またない」
ぱくりと音がするほど大きく口を開けて、その唇が私の口を覆い尽くす。舌先で唇を何度もなぞられくすぐったさで緩んだその先へぐいっと舌が侵入してくる。舌先を弄ばれくぐもった声が上がるのがわかる。
まって、まってほしい。
百歩譲ってエメトセルクが反応するのはわかる。わかりたくないけど、そういうものだろうと納得できる。
それよりも。
「おや」
私の股の間に膝を押し込んだエメトセルクがにんまりと笑う。悪戯先を見つけた子供のようで…それよりもずっとたちの悪いやつだ。
「英雄様は物足りないようで」
「っ、ちがう!!」
そういえばいつの間にズボンを脱いだのだろう、シャツ一枚しか着ていないじゃないか、などと現状から目を逸らしてもなにも解決はしないわけで。
エメトセルクの膝が私の股の間をゆるりと動けば、くちゅりとどこか可愛らしくも聞こえる水音が部屋に溶けていく。
「ご期待に応えましょうか」
「…ご遠慮願いたいのですが…」
逃げようにも腕は掴まれ体は押さえつけられている。もがいて腰を揺らせばエメトセルクの膝に私を擦り付ける形になり、くちゅくちゅと水音が上がる。
「物欲しそうに腰を揺らめかせるな」
「そんなんじゃ…!」
ぐりっと膝をさらに押し込まれて声が詰まる。うっかり触れてしまった花弁が擦れて体が跳ねる。
さっきまでの感傷が台無しだ。
「ただ、の、生理現象、だから」
拘束された腕を何度か動かすもびくともしない。
ふむ、とひとつ呟いたエメトセルクは私の両手をひとまとめにして、行為中に解けていたであろう私の着物のたすきで器用に縛り上げた。
抗議の声を上げようと口を開いたが、その前に体を起こされてびくりと体が跳ねる。
仰向けに寝転んだエメトセルクの上、その熱い塊を添わせるように私の体を下され、かちりと音がするほどに固まる。
私の、体の下、敏感な場所に、太い杭が、添わされている。
全身が熱くなるのがわかる。顔もきっと真っ赤だ。
「いい眺めだ」
そう仕向けた本人はどこ吹く風、自身の背中にいつ喚びだしたのか大きなクッションをいくつも入れてこちらを見ている。
「まだ中は慣れてないだろう…」
優しく頬を撫でられて、そういう事じゃないと噛みつきかけたのを寸手で堪える。噛みつけば思う壺だ。
冷静に…冷静に、なりたいのだが、添わされた塊が熱くて心が浮つく。動かないように体を固くしてエメトセルクを睨みつける。
「おぉ、こわい」
絶対に思ってもいない事を戯けた調子で告げて、頬を撫でていた指がするすると首筋を通って私の胸元に伸びる。片手で結ばれた私の腕を上へ持ち上げ、もう一方の手がここまで一度も触れなかった胸元に伸びてくる。その手を追ってよくよく体を見れば、胸元だけ避けて幾つも鬱血痕が付いている。どれだけ吸い付いたというのだ、目の前の野獣は。
するすると肌触りを楽しむように胸元を撫でていた指が、小さな突起に触れる。びくりと体が跳ねれば、くちゅっと触れ合った下肢から淫らな水音が響く。
「ふぁっ…」
思わず出た声を塞ごうと手を動かすも、持ち上げられたまま下げることができない。
確かめるように何度も弾かれ、撫でられ、捏ね潰される。その度に体は正直な反応をし揺れる。揺れれば触れ合った場所が揺らめき新たな快楽の呼び水になる。
ぎっとスプリングが音を立てる。上半身を起こしたエメトセルクはそのまま私の胸元に唇を寄せた。
「…っひぅ…!!」
息を飲むのと同時に、その唇で突起を甘噛みされ快感が体を駆け巡る。片手で反対側の突起を弄ばれながら、その唇でも突起を食まれる。
ビクビクと体が跳ね、無意識に腰が揺らめく。
飽きぬように何度も何度も突起をいじられ腰を揺らめかせれば、どちらが快楽の主軸なのか分からなくなる。
ぬちっにちゅっと卑猥な音が耳を掠め脳に痺れを与える。揺らめかせた腰が時折掠める花弁が、胸に吸い付くその唇が、時折その唇から漏れる吐息が、私を痺れさせる。
突起から離れた唇がそのすぐ横の肌に吸い付き強く吸い上げる。
「っあぅ!」
びくりと跳ねればもう一度軽く口づけられて、そこに赤い花が刻まれたことがわかる。
胸元から唇が離れ、腕が下ろされる。私の腰を両手で抱えたエメトセルクはそのまま押し付けるように前後に揺らす。
「あぁっ、んっ……ふあぁ…!!」
ちゅくちゅくと蕩けるような刺激にかぶりを振って逃れようとする。押し付けられることでよりはっきりとエメトセルクの大きさを感じてしまい、体がさらに熱くなる。
「悦いだろう? こうして擦り合わせるのも」
低く歌うように紡がれる言葉すら私を痺れさせる。触れ合った部分から蕩けてしまいそうな快感に体が跳ねる。敏感な花弁を何度も擦られて快感の波に押し上げられる。
声が上ずる、体が跳ねる、もっとと欲しがってしまう、ダメなのに。
「あぁっ、あっ、やっ、ああぁぁぅ!」
上ずった声を見抜かれて、腰の動きが早くなる。快感に追い込まれて目の前が白く閃光を放ち始める。チカチカするそれを、私は知っている。
「いいぞ、気をやってしまえ」
「やっ、あぁっ、もっ……んんっっーーーーっ!!!」
びくんと大きく体が跳ねて、視界が、脳が、白く染まる。なにも、みえない。
一拍遅れて血液が全身を巡る音がする。脳内を駆け抜けた甘い痺れは私の体を強く穿って余韻を残していく。どくどくと脈拍がうるさい。
ぐらりと体が揺れて落ちていく感覚だけがある。大きななにかに支えられて抱き留められ、そこで改めて視界に色が戻ってきた。
支えたのはエメトセルクの腕。抱き留めたのはエメトセルクの胸元。まだぴくぴくと震える体は快楽の余韻を残したままだった。
「悦かった…だろう?」
頬を撫でる指先が優しくて胸が熱くなる。しゅるりと手首の拘束を解かれてそこを撫でられる。
震える体を起こそうと腕を伸ばせば腰をさわりと撫でられ阻止された。
「まぁまて」
人にはまたないと言っておきながらなんという言い草だ。
「まだ深更に満ちた程度の時間だ。今外に出ることもあるまい」
耳をすませば夜泣き鳥の声も聞こえず、しんと静まった空気はまさに夜更けなのだろうと私に伝えてきた。
それでも上に乗っているのはどうかと思う、と体をずらして降りようとすればまだ触れあったままの敏感な場所がぬるりと擦りあわされてびくりと固まる。
「ほぅ、まだ足りんのか」
にやりと笑ったその声と顔をきっと睨めば怖い怖いと心にもない声で言われながら背中をそっと撫でられる。撫でながらくっと背中を優しく押されてその胸の中に再度倒れ込む。
「降りたかっただけなんですが」
「そうか」
離さんがな、そう言われて小さくため息をつくしかない。この男が素直に離すとは思えない。
ならばせめて居心地が良くなるようにと体を蠢かせれば、あやすように頭を撫でたその手がひとつに結んでいた髪の結び目を解いた。解すように髪の毛を梳かれその胸板に自然と頭を押し付ける形になる。
「……っくしゅっ」
燃え上がった体が冷えていくにつれ、纏わりついた冷気が快楽とは違う震えが走りくしゃみが飛び出た。
「すまん、寒かったか」
ぱちりと指を鳴らせばふわりと掛け布団が降りてきて……まって。
「なんでついでに脱いでるの」
ぴたりと寄り添う肌の感触に思わず体を起こそうとする。離さないとばかりに腰に手を回されるが、上半身だけはなんとか起き上がれた。
「寒い時は裸で抱き合うといいというだろ」
嘯くその顔が笑っている。面白がっているのがわかる。面白がっていない時がなかった気もするが。
「……元々死人のように冷たいじゃないか」
そう呟けば、見たこともない驚いた顔をされる。そんな顔もするのかと見上げていれば、そっと頬に手が伸びてきた。
「……まだ、冷たいか?」
添わされた手はほんのりと温かかった。
首を振る私の表情を見て、小さく息を吐いたエメトセルクはそのまま私の頭を自身の胸に抱きすくめた。
「そうか、私は冷えていたのだな…」
呟いた言葉に顔を上げようとしたけれど、頭を撫でる手が優しく温かかったのでやめておいた。
かけられた布団のさらりとした手触りと、少しずつ温かくなっていくエメトセルクの体温に、果てた体からゆるりと眠気がやってくる。
「眠れ」
短く告げられた言葉は甘い響きを含んでいて。
ここに居てはいけないという警鐘をそっと押しとどめながら、私は揺蕩うような眠りの波に身を任せた。
――――――――――
2019.10.09.初出