ここはどこだろうか。
 私は見知らぬ天井を見上げながらぼんやりと瞳を開ける。アーチ状の梁を見つめながら記憶を揺り戻そうとする。
「あ、目が覚めましたか?」
 不意に横から声をかけられて思考を分断される。ゆっくりと顔を動かせば、年若いヒューランの男性がこちらを見ている。その着てる服に見覚えがある。
「……医療、館?」
「はい、ここはスパジャイリクス医療館ですよ。覚えてますか?」
 緩慢としながらもゆっくりとした動作で私は体を起こした。
「えぇ…と…」
 確か、クリスタリウムに久々に帰ってきたところまでは覚えてる。水晶公に挨拶に行こうと思ってそのあと……
「星見の間で倒れてるお二人をライナさんが見つけられて、慌てて運んだんですよ」
「ふたり…?」
 肩を竦めながら隣のベッドに視線を動かす彼に追随するように視線を動かすと、見慣れた赤い布が視界に映る。
「……っ水晶公っ!?」
 慌てて、彼に駆け寄る。
 フードを取られた彼の横顔は穏やかで、規則正しい寝息を立てていた。ほっと胸をなでおろす。
「公の方はおそらく寝不足が強いですね。しばらくすれば目を覚ますかと」
「……よかった……」
「なにもよくありません!」
 横から強めの釘をぐっさりと刺される。
 慌てて来たのか息を切らしたライナが美人な顔をくしゃりと歪めて仁王立ちしている。
「公も! あなたも! もう少しご自分を大切にしてください!!」
「うわっ!?」
 声に驚いた水晶公が飛び起きてキョロキョロする。
 ベッドの横、座り込んでいた私と視線を合わせた水晶公は人懐こい笑顔で笑う。
「…あぁ、無事に戻ったのだね。おかえりなさい」
「こ〜〜〜う〜〜〜?」
 その頭をライナががっしりと捕まえている。こうして見ているとどちらが年上なのかわからないな、と私はくすくす笑う。
「あなたもですよ、英雄殿」
 ぴしゃりとこちらにも雷を起こしてくるのは、さすが衛兵団団長。
 頭を抱えるようにかぶりを振ったライナは私たちを指差して宣言する。
「お二人ともしばらくお仕事禁止です」
「え、でも、ほら、まだやらないといけない案件が」
「私のは仕事じゃないしセーフだよね?」
 同時に声を上げて抗議する私たちにライナの冷ややかな視線が黙りなさいと告げてくる。
「お二人とも、正座!!」
 条件反射でぴしっとその場で正座をしてしまう。水晶公も同じでベッドの上で小さくなっている。
「ご自身の体調も管理できずに何が管理者ですか、英雄ですか! 向こう見ずなのも結構ですが、その背中を見ているものが沢山居ることをいい加減理解してください!」
 語気は強めだがライナなりの心配が伝わってくる。水晶公と2人顔を見合わせて「ごめんなさい」と素直に頭を下げる。
「わかればよいのです…レイクランドのクリアメルトに宿を手配したのでお二人でゆっくりしてきては?」
「そこって…温泉?」
「えぇ、流石に共同浴場だと落ち着けないでしょうから、個室風呂のついた場所を手配しておきましたので」
 手回しの早いライナの様子に目を剥く。
「…ふむ。視察ついでと思えば悪くはない、のかな」
「仕事から離れてください」
 きっぱりとライナが告げながら私に手を差し出してくる。
「英雄殿を床に正座させるなど、申し訳ありませんでした」
「ううん、ライナに心配かけちゃったんだし、気にしてないよ」
 私はその手を取って立ち上がる。軽く膝を払って伸びをする。
「あの辺いい木材取れるんだよね!」
「冒険も禁止です」
「えぇー」
 ベッドから立ち上がりながら水晶公もくすくすと笑っている。
「じゃあ、ちょっとだけご好意に甘えようか」
「そうだね」
 顔を見合わせた私たちの肩を後ろからガシッと掴まれる。
「その前に」
 ライナがニヤリと笑っている。
「闇色シロップ、飲んで行きましょうねぇ」
 後ろからにゅっと差し出されたシロップの黒色が鈍く輝く。私と水晶公は顔を見合わせて天を仰いだ。

「すっぱかった…」
 私たちはジョッブ砦の横をのんびりと歩きながら温泉に向かう。
「だいぶ慣れてきたけれど…すっぱいのは変わらないね…」
 目深にフードを被った水晶公も、歩幅を合わせてのんびりと歩いている。
 最初はアマロかチョコボで移動しようかと思っていたが、ライナにせっかくだし歩いて散歩がてら行ってもいいのでは?と提案されそれに従うことにした。
 闇を取り戻した世界には青空が広がり、小鳥たちが歌っている。
「そういえば」
 水晶公がのんびり空を見上げていた私に声をかけてくる。
「…あなたは、何が原因で? 急に目の前で倒れて、人を呼ぼうと思った次の瞬間には私も倒れてしまっていたから…」
「あー…あはは…」
 私は照れたように頬をかきながら目線をそらす。
「……英雄、殿?」
 わざとらしくそう呼びながら覗き込んでくる水晶公から逃れるように、顔をぶんぶんと振りながら答える。
「ちょっと……レベル上げを……」
「どんどんオールラウンダーに近づいてるね…どのくらい根詰めてたんだい?」
 私は恐る恐る3本指を彼の前に差し出す。
「……3時間?」
「……3日ほど…」
 やけに鳥の声が大きく聞こえる。固まった水晶公の方を見れない。
「あな……あなたって人は!!」
「す、水晶公だって寝不足って聞いたよ! 何徹したのさ!」
 今度は水晶公が、言葉に詰まる番だった。
「そ、そんなにひどくはないさ」
「何・徹・し・た・の?」
 念を押すように聞き直す。先程の私と同じように視線を不自然に逸らしたまま、水晶公は小さく呟いた。
「ふ……ふつか……」
「変わらないじゃん!」
 お互いに深いため息をつく。
「……やめよっか、この話」
「そうだね…」
 口数も少なく、2人、目的地まで黙々と歩いた。
 目的のクリアメルトにはクリスタリウムの衛兵が在中している。こちらの姿を認めた衛兵たちがざわめいているのがわかる。
 その中からリーダーらしき人物が駆け寄ってきて敬礼する。
「水晶公と闇の戦士殿ですね。隊長から話は伺っております。よくお越しくださいました」
 私を庇うように前に出た水晶公が応対する
「わざわざすまない。今日は公式訪問ではなく私的なものなのでどうかこちらのことは気にせず職務に当たっていてほしい」
 上に立つものらしい威風堂々とした喋りでリーダー格の人に挨拶をし、これから泊まる場所などを聞いている。
 私は少し離れたところで周囲を見回していた。チラチラとこちらを見ている兵がいる。湯治に来ていたであろう人々もにわかに兵がざわめいたせいでこちらを見ている。非常に、居心地が悪い。
 どうしようか、逃げ出してしまおうか、そう思い始めた私に水晶公の落ち着いた声が届く。
「英雄殿、今日の宿のことなんだが……どうかしたかい?」
 私は顔に出さないように首をかしげる。なにもないよ、と態度で伝える。
 不思議そうに口元を歪めた後、水晶公は話を続ける。
「宿があちらに見える建物らしいのだが…その、私と同じ部屋らしくてね」
「あそこね、わかった」
 そちらに向かって歩き出そうとする私を水晶公が止める。
「ちちちちょっとまって。同じ部屋なんだが…」
「……? うん、それが?」
「あ、あぁ…いや…うん…」
 もごもごと言い淀んでいる彼の様子に首をひねり…しばらくして思い至る。
「あ、あー…私は気にしないんで…水晶公さえ嫌じゃなければ、だけど…」
「い、いやなもんか!」
 強く食いつくように言われて面食らう。フードの下の赤い瞳が熱を帯びた視線でちらりとこちらを見ていた。
「じ、じゃあ大丈夫だと伝えてくる。待ってて」
 どこか浮き足立った歩調で水晶公が衛兵の元へ駆け寄っていく。私はその後ろ姿を見ながら頭をかいた。

 案内された宿はこじんまりとしながらも掃除が行き渡るいい場所だった。外から見えないように設置された露天風呂は暖かな湯を湛えていた。
 大きな1つのベッドに2つの枕、そのサイドテーブルの上にバッグパックを置いて私は大きく伸びをした。
 後から入ってきた水晶公は衛兵から手渡されたカゴを備え付けのキッチンカウンターに置いている。
 ベッドの縁に座った私の姿を見て水晶公が足を止める。私はそちらを見ないふりをして中庭と化している露天風呂を眺める。
「……脱衣所、あるけど、意味ないよね、これ」
 備え付けの小さな衝立とその奥にあるカゴを眺める。
「家族風呂…のようなもの…なのだろうか…」
 水晶公自身も思ったよりも解放的なその場所に戸惑っているようだった。
「部屋のカギ、しめた?」
「ん? あぁ、もちろん」
 水晶公のその言葉を聞いて、私はベッドの上に倒れこむ。
「英雄殿?」
 上から覗き込んでくる水晶公のフードの端から赤い瞳がこちらを見ている。私は手を伸ばしてそのフードに触れようとする。首を傾げるような仕草をしながら水晶公も近づいてくる。
 目標を変えて彼の手を掴みベッドの上に押し倒す。
「うわっ!?」
 上に被さり乱れたフードを取り払う。困惑に染まった赤い瞳が私を見ている。
 その胸にぽすりと頭を落とす。大きく息を吐き出して体の力を抜いていく。
「…大丈夫かい?」
「……人がいるとさ」
「うん?」
「闇の戦士として、振舞わなきゃいけないじゃない」
 あぁ、と水晶公の口から声が漏れる。
「あなたもでしょ? ラハ」
 私しか呼ばない名前で呼びかければ、ピクリとその体が固まる。
「私は…水晶公としての時間の方が、長くなってしまったからね」
「…そっか」
 水晶公の手が私の頭を優しく慰めるように撫でてくれる。
「…わかってるんだけど、息が詰まりそうになることも、あるんだよね」
「うん」
「人前でラハとイチャイチャできないし」
「んんん!?」
 びくりと水晶公の腕が止まる。
「いや待ってくれ」
「水晶公と闇の戦士、って肩書きが邪魔だよね」
 体を起こして水晶公の顔を覗き込む。赤い瞳がぱちぱちと光を讃えて輝いている。
「私だって、人並みにはそういうことに憧れあるんだよ?」
「それは…その、すまない」
 彼が水晶公として生きてきたそれを捨てられないのを知っている。私もそれを捨ててまで現状を変えることは望んでいない。
 かぶりを振ってそれを否定する。
「そんなあなただから…好きなのよ」
「そ、そうか、うん。」
 彼の耳が恥ずかしそうに伏せられるが、反対に彼の尻尾がぱたぱたと嬉しそうに揺れている。
 私は水晶公の額に自分の額を重ねる。すりすりと鼻と鼻を擦り合わせる。
「…ライナに、気を遣わせてしまったかな」
 彼女が私たちの関係に気づいてないとは思えない。頻繁に星見の間に出入りしていれば嫌でもわかってしまうだろう。
「あとで、お土産持って行こうね」
「そうだね」
 私は水晶公の横に体を横たえる。彼の瞳が私の動く様を追っている。
「…お風呂、入る?」
「んっ……そ、そうだね。なんなら先に…」
「一緒に、だよ」
 くるんとうつ伏せになって、彼の白く変色した髪の毛先を弄ぶ。
「い、一緒にかぁ…」
「……嫌?」
 私の手を取って仰向けに転がし直して今度は水晶公が上に被さる番だった。
「…これでも、かなり我慢してるんだよ」
「耳と尻尾は正直ね」
 ぱたぱたと動く尻尾の動きを感じながら私はくすくすと笑う。
「…今だって本当は、すぐにでもキミを押し倒したい」
「…いいのよ、ラハ」
 私の返答に首を振る。
「グ・ラハ・ティアとしてのオレはそれでいいかもしれない。でも、水晶公としての私はそれを望んでいないのだよ」
 ゆっくりと関係を育んでいきたいんだ、彼はそう訴える。
「…ライナがおじいちゃんと呼ぶのもうなずけるわ」
「おじ……まぁ、似たようなものか…」
 それでも彼は優しい青年の瞳で私を情熱的に見つめてくる。
「私はどちらでも構わないけど…時間はたくさんあるわ」
 すぐ近くに迫っていた彼の唇に自分の唇を重ねる。
「そうだね、まずは今この時を大切にしようか」
 顔を見合わせ唇を重ねる。
 さやさやと優しくそよぐ風の音が2人の耳に響いた。

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2019.08.12.初出

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