思えば一体どれほどの時間を1人耐えていたのかと思う。
 キタンナの洞窟で告げたように、生き残ったアシエンは3人いたが3人ともが全く同じ思いで事に当たっていたとは思えない。
 少なくとも私は……失った同胞を取り戻すという主願以外をわざと意識から外していたと思う。
 考えてはいけないと、何よりも取り戻したいものがあると認識したら、駆け出してしまいかねなかったからだ。
 ……若すぎたんだ、あの災厄を目の当たりにしたあの当時の当事者として。

+++

「……っ!! エメ、トセルク……っ」
 吐息と共に呼ばれる〝座〟にざわつく心を押し込める。
 肩を掴んで覆い被さり唇を奪ってしまえば、〝私〟を覚えたのか体は無情にも反応する。
 私の方が上背があるのだ、壁際で覆い隠してしまえば誰からもお前の姿は見えない。
 ちゅくりとわざと音を立てて舌を吸い上げればびくりと体が震える。頬が羞恥で赤く染まるのをほくそ笑みながら唇を重ねる。
 初めてを奪って、2回目を重ねて、徐々に〝私〟に染まりつつあるその体の反応に、我知らず笑みが溢れる。
 抵抗しようと伸ばしていた手は、今や私のコートに縋り付いていることしかできずその震える小さな指が私の加虐心をさらに煽る。
 普段の〝英雄〟の様とは全く違う、〝私〟だけが知るお前の顔。
 唇を離しふっくらとしたその唇をぺろりと舐める。それだけで震えるその様子すら愉悦を誘う。
「……っふ…な、に……?」
 潤んだ瞳が困惑で染まっている。望まれれば差し出す性分なのが災いしたとしか言えないが、私としては願ったり叶ったりである。
「理由が必要か?」
 尋ねればさらに困惑で瞳が揺れる。理由なら、あるさ。言えないけれども。
「理由なく…こんな、こと、しない…」
 ぐいぐいと掴んだコートごと私を押すが、いかんせん力が入っていない。押して引くその動きはどちらかと言えば引っ張っているかのようで。
「睦言をするような仲になることを御所望かな?」
 論点をすり替えればその顔が可愛らしく赤く染まる。
 顔を近づければ顔を背けるその仕草すら男を誘うと……ほんとに気付いてないな?
「眼中に、ない、でしょ」
「おうおう、今目の前にまさに迫っているのにこの言われよう」
 その髪に顔を埋めてふっと息を吐けば情けない声が下から聞こえてくる。
「ひ、ひとが、くる、し」
「こんなところまでどうやって人が来るんだ」
 こんなところ、と言ったこの場所はレイクランド南西、ダンプソール桟橋。釣り場としてはまぁまぁ優秀な場所ではあるだろうが、いかんせん魔物が多い場所でもある。英雄様ご一行ならともかく…普通のなりそこないどもは滅多に寄り付かない場所であろうことは建物の荒廃ぶりから見て取れる。
 まぁ、そんなところにのこのこと1人で訪れて釣り糸を垂らしていたのがこの英雄様なわけだが。
「いつまで経っても大罪喰い討伐に赴かないからと見にくれば、呑気に釣り糸を垂らしていたのだからなぁ…」
 少しずつ体を屈めて檻を小さくしていく。
「少し、休んで、出るから」
 ふと、その口調が気になった。まるで体を重ね合わせ快楽に落ちているときのような、舌ったらずな喋り方。
 口付けだけでそこまで感じてくれたのなら上々だが……やけに引っかかる。
 両手を壁につき膝を落とす。視線を合わせればコートから離れた手を胸の前で強く握りしめたお前と視線が交わる。
 相変わらず光がうるさいほどに眩しい。その奥底にヒビの入ったお前の核を見やる。一筋、闇が走るのは私が与えた〝私〟の証。
 あとどれくらい保つだろうか、その前にお前ごと全てを手に入れられるか、それとも…。
「な、なに…?」
 小さく怯えた声に意識を戻す。
 その瞳が困惑から怯えに変わっているのを見て、またやってしまったと心の中でため息をつく。考え事に夢中になると睨んでるように見えるからやめろと、何度もあいつに怒られたのに。
「……すまない、少し考え事を」
 その頬に手を添え撫でれば、怯えたままの瞳が少しだけ和らいだ。
「怯えさせたな…」
 小さく呟けば、健気に首を横に振る。あぁ、いじらしいな。
「大、丈夫…こわく、ない」
 こわいか、こわくないか。お前はそこを物事の基準にするのだな、とここ数回のやり取りで思い知る。もっとも、最終的にはこわくないと言い聞かせて乗り切ろうとしてしまうから、たちが悪いのだが。
「こわくない、か」
 何度も頬を指で撫でればくすぐったそうに肩を竦める。
 いっそこわがってくれればいい。こわいものを増やしてお前が〝英雄〟から遠ざかってしまえばいいのに。

+++

 変だ。私は変なんだ。元から変だろという訴えは受け付けない。
 居場所はいらない。寄辺は作らない。冒険の中に生きて、刹那輝き、風に攫われるように消えていく、そんな生き方で構わないと思っていたのに。
 エメトセルク、あなたの声を聞くと、あなたの姿を認めると、私は私じゃなくなってしまうんだ。

+++

 すぐにでもここから逃げ出すべきと脳が警鐘を鳴らす。それなのに私の体は動かない。
「……どうした?」
 どこか困ったような白金の瞳が私を見ている。長い睫毛に暖かな陽光が弾けてキラキラと光る。どうしてそんな顔をするの。
「なん、でもな、い」

 うまく喋れない。言いたいこと、言わなきゃいけないことはたくさんあるはずなのに、どれひとつとして正しく表すことができない。
 仮面がかぶれない、なんてものとも違う。

〝言葉が紡げない〟

 喋ることが得意じゃないのは、自覚している。望まれたものを叶えるために、聞くことに特化した私の特性は伝えることを放棄していたのも事実だ。でも、これは、何かが違う。
 みんなとは普通に会話できている。今日だって水晶公と会話したし、ミーン工芸館で釣りの依頼も受けてきた。会話は、成立しているはずなのだ。
 なのに、エメトセルクの前でだけ、言葉が紡げない。紡ぐべき言葉がこれではないと脳が口から言葉を出すことを拒否してくる。

 納得できないのは私だけではないようで。エメトセルクが訝しげに私の口元をじぃっと見ている。なんだかそれが気恥ずかしくなって口元を隠そうと手を動かせば、やんわりとエメトセルクの手に阻止された。
「隠すな」
 短く言い切られれば、私の脳はそれを〝お願い〟と誤認識する。あり得ない。今のは〝お願い〟ではないでしょう? そう理性が呼びかけても、私の脳はそれを誤認識したまま体に命令を下してくる。

 望まれたら、望まれただけ。

 下ろされた手は服の裾をきゅっと掴んだ。薄水色に染めたレインコートは少し掴んだだけでくしゃりと形を歪める。
 いくら釣りをするだけだからとはいえ、この服は無防備すぎたかと今日ばかりは自分の迂闊さを反省する。
 頬を撫で続けるエメトセルクの指がくすぐったい。肩を竦めて逃れようにも距離が近すぎて動けない。
 ゆっくりと近づいてくるその顔に…白金の瞳に思わずきゅっと瞳を閉じる。ふっと笑われた音がして啄むように何度も唇が重なってくる。
 ちゅっちゅっと音だけは愛らしいリップ音が、誰もいない砂浜に響く。それだけで羞恥で顔が赤く染まっていくのがわかる。
 幾度も啄んだその唇が押しつけるように動いて、口付けが深くなる。食いしばる歯列を舌でなぞられれば、意志に反してゆるりとそこが開きゆったりとエメトセルクの舌が私の口内に侵入してくる。
 熱い。熱くて、優しい。どこまでもこちらを蕩かそうとするその動きに体が反応を始める。
 いっそ酷くしてくれれば、このおかしくなった脳もあなたを敵と認識し直すだろうに。
 歯の裏を撫ぜ、舌を絡め、唾液を交わらせる。体が震え、跳ね、〝私〟が暴かれていく。
 角度を変えるために薄く離された唇の間から、熱い吐息まじりの声が漏れる。
 エメトセルクの腕はいつのまにか私の腰と頭を支えるように抱きしめていて、身動きが取れない。より深く深く口付けが降りてくる。

《……あの時だってこんなに深く愛し合ったことないのに》

 不意に脳内を掠めた聞き覚えのある知らない言葉に眉根を寄せる。
 今のは、と思う間もなく腰に回されていたエメトセルクの腕がゆっくりと下がりレインコートの上から尻をなぞる。
 女性らしさのあまりない、けれどもララフェルらしい小さめの尻をさわりさわりと柔らかく撫でられてびくびくと腰が跳ねる。
 体が勝手に反応する様に、心が反抗して、もう私はぐちゃぐちゃだ。思考はまた、なんでどうしての堂々巡りに陥っていく。
 そっとレインコートの裾が捲られエメトセルクの手が私の下着に触れる。
 唇を離したエメトセルクは怪訝そうな表情で私を見ている。その気持ちはわかるので、出来れば何も言わないでほしい。
「…下にズボンすら履かないのは、無防備すぎんか?」
 願いは伝わらず、再認識させるように告げられた言葉で私はさらに赤くなるしかない。今日に限って、レインコートにミニスカートを合わせてしまった自分を悔いるしかない。
「他の誰が見てるかもわからないのに…」
 はぁ、と大きなため息をつかれる。ため息をつきたいのは私もだから、そこに関しては同意を示したい。心の中でだけだけど。
「…私以外に見られたらどうするつもりだったんだ」
 私の肩口に顔を寄せてため息を吐きながらも、エメトセルクの手はショーツごと私の尻を掴んでは揉み上げている。
「…別に、見られ、ても」
「構わないと! 英雄様はご自身がどれだけ人目を引くのか全くご存知ではないと見える!」
 はあぁ…とため息があからさまに大きくなる。
 人目を引く? 確かに第一世界のララフェル…ドワーフは滅多に人里に姿を現さないから物珍しさはあるかもしれない。でも、それだけでは?
 顔を上げて視線を交わらせたエメトセルクは、さらに怪訝な顔になる。なんなの、その顔は。
「ほんとに、厭になる」
 苦笑まじりのその声に、胸がぎゅっとなる。
「物、珍しい、だけだよ」
 正しい言葉を選びとれているのかすらわからない。
「それだけだと、本当に思っているのか」
 ひとつ低いトーンで、告げたその声に体が硬くなる。その目から笑うような温もりが消える。
 これは流石に私でもわかる。…怒っている。
「それ、以外に、ないよ」
 見慣れないドワーフ族だから、水晶公と同郷だから、闇の戦士様であろう人物だから。私への付加価値などそんなものだ。ましてこの世界は〝英雄〟と呼ばれる私を知らない。賞賛されるべき謂れもない。

 私は、なにものでもない。

 ゆらりと立ち上がったエメトセルクが私を持ち上げ抱きしめる。地に足はつかず、その胸に頭を押し付けられ動けない。
 抱きしめる、なんて生優しい力加減ではない。
 エメトセルクが動いた気がした。視界は彼の胸で塞がれて何も見えない。ずるりとした体の力が抜けるような感触が巡る。エーテル酔いにも似た感覚に眉をしかめれば、高らかに響くスナップ音。エメトセルクの創造魔法の合図。
 そっと、ふかふかした何かの上に下された感覚。体を捻って辺りを見ようにもエメトセルクの腕がそれを許さない。
「…エメ、トセル、ク?」
 途切れ途切れに名前を呼んで、ようやく彼は腕の力を抜き始めた。

+++

 〝英雄〟としての実績をこの世界では知られていないから、なんてロクでもないことを思っているのはわかっていた。
 お前は、本当に、わかっていない。
 ただそこに在るだけで人を惹きつける自身の魅力を。

 一介の冒険者に…喩え水晶公と同郷という付加価値があるにせよ…普通はそんなに頼み事をしないということに、まず気付いてほしい。オーバーワークすぎるという訴えはとりあえず押しやっておく。
 原初世界ではごくありふれた種族の1人として埋もれていたのも、無防備さに一役買っているのだろうな。こちらではそれが、唯一無二に近くなっているという事実に、お前は気付いていない。
 それになにより、その魂の輝きが人を惹きつけてやまないのだ。
 クリスタリウムの民は善性が強い。その中においてもお前を下心のある目で見ている輩はいるのだと、そろそろ本当に気付いて欲しい。

「…エメ、トセル、ク?」
 伺うようにかけられた言葉に、ゆっくりと腕の力を抜く。
 勢いで背後にあった漁師小屋に次元の狭間経由で入り込み、ふかふかとしたベッドを創造してお前を下ろしたところだった。
 ふっ、と小さく息をついたその様子に、どれだけ強く抱きしめていたのかと己の狭量さに辟易する。お前のことになると視野が狭まるのは、今も昔も変わらない。
板張りの隙間から入り込む光がこの仄暗く埃っぽい空間を、まるで神聖な場所で在るかのように照らしている。
 唇を重ね合わせながら、サイハイブーツとレインコートの間をするりと撫でる。びくりと跳ねる体を抑えるように顔を上向かせ唇を深く重ねていく。
 ブーツを片っぽずつ脱がしては床に放る。ことりことりと落ちる音が部屋に響く。
素足を指先からゆっくりなぞる。膝頭をくるくると撫でればくすぐったそうに足が動いた。
 口付けの合間にゆっくりと押し倒す。そこで初めて自身の置かれてる状況に気付いたかのように両腕が私を突っぱねようと動いた。
「…遅すぎやしないか?」
 唇を離して至極当然な疑問を投げかければ、投げかけたこちらよりもさらに困惑した表情で私を見やる瞳と出会う。
「…私……だって、知らな、い、はず、なのに…」
 突っぱねようと伸ばした手が、私のコートを握りしめる。縋るようなその体を身を屈めて抱き寄せる。
「そうだな、お前は何も知らない」
 あいつの魂を内包しているだけで、お前は何も知らない。知らされていない。
「知らないままでいい」
 その耳元で囁いた私の言葉にびくりと体が跳ねこちらを見やる。
「なんだ、全部が全部知らないといけないわけでもなかろう」
 ぱちぱちとその瞳が瞬く。あぁ、そんなに大きな瞳でこちらを見て。
「存外欲張りなのか?」
 首を傾げてその髪に頬ずりをすれば、小さな声で問いかけが聞こえる。
「…知らない、でも、いいの?」
 それは同時に、思いださないでもいいのかと問いかける声。
「いいさ」
 結局、あいつを思い出すことが出来なくとも、私はお前を手放す気はないのだから。
 これは、独占欲。その記憶のひとひらを手に取ることが出来なくとも、お前という花がこの手元にあればいい。
「でも、それは……《寂しくないか?》」
「っ!!」
 不意に飛び出した〝我々の言葉〟に思わずその肩を強く掴み、その瞳を覗き込む。
 震える唇で、言葉を紡ぐ。
「《…寂しくはないさ、お前がいれば》」
 明確に首を捻っている。聞き取れてはいないようだ。ならば、何故、お前の知らないはずの言葉が。
 その瞳の向こうを覗き込むように顔を寄せる。困惑と怯えで染まった瞳。その眉根が寄る。
「っ…い、たい……」
「あ、あぁ…すまない」
 肩にかけていた指から力を抜く。あからさまにほっとした空気をお前から感じて、その肩を優しく撫でる。
「今…なんて…?」
 困惑、混乱、恐怖、いろんな感情をその瞳に携えながらお前は私を覗き込んだ。その瞳に、酷く疲れた顔をした私の姿が映り込んだ。
「わからなかったのなら、知らなくてもいい」
 その頬を、輪郭を辿るように撫でる。暖かい、血潮の通った、なりそこないの形を見定める。
「でも…」
 瞳を伏せて小さく震えるお前が縋り付いてくる。迷うようにその首がふるふると振られる。
「いいんだ、背負おうとするな。〝これ〟は、お前の手には余る」
 縋る手が〝私〟を背負い込もうとするのを感じる。〝この荷〟はお前には重すぎる。
 望まれたなら、過不足なく。それがお前の信条だろ。私はお前が背負うことは、望まない。
「敵の内情まで背負おうとするんじゃない」
 お互い様な言葉を吐き出していると、自覚している。お前を手放したくないがばかりに、踏み込みすぎているのは私も同じだ。
 まだ納得がいかないのか、瞳は伏せられたまま。考えを纏めるように首を振るその様を眺める。
 そっと、力を入れすぎないように注意しながら抱き上げる。ベッドの真ん中に座り、膝の間に下ろす。横抱きで腕の中に閉じ込めても、抵抗はなかった。
 その小さな手を取って、指の腹で手のひらを優しく撫でる。すっぽりと収まってしまう小さな手のひらはどこかくすぐったそうにしながらもされるがままだった。

「…少し、話をしようか」
 問いかけた言葉に、きょとりとした視線がこちらを向く。
「問われれば答えよう」
 私の言葉で、お前だけに答えてあげよう。
 わずかな思考ののち、ゆっくりとお前の唇が動き始める。
「上手く、喋れ、なくて」
「あぁ」
「みんなは、平気なのに…」
「……」
「エメ、トセルク、の、前だと、喋れない」
 徐々に恥ずかしくなってきたのか、最後の方はもうこちらから目線を外して下を向いたままぽつぽつと、小さな声が耳に届いた。
「他は平気なのか」
「釣りの、依頼、受け、てる」
「なるほど」
 私の前だと喋れない、減っている抵抗の回数、先ほどの〝我々の言葉〟…おそらく、私が干渉することによる弊害。記憶によるものか…あいつの魂のせいかまではわからないが。引っ張られている、と見るのが正しいか。
「私はかまわんぞ?」
「へ?」
 今日は随分とキョトンとした顔をするな、そう思いながら顔を上げたお前の頬を撫でる。
「私の前でだけなんだろう? 可愛らしいではないか」
「う……? …あ……っ!!」
 どうやらだいぶ恥ずかしいことを告げていたと確信を持ったようだ。その顔が真っ赤に染まる。
「あぁ、でも2人きりの時だけの方がより良いな」
 くすくすと笑いながらそう告げれば、耳まで真っ赤に染まる。
「…だ、めっ…!」
「おやおや、どうしてダメなんだね」
 その真っ赤に染まった耳へ口付けを落としながら低く問いかける。小さくふるりと震えたその姿にそそられる。
「……ちゃんと、話、したい」
「…ほぅ」
「でも、違うって、思って……」
 上手く紡げない言葉を厭うようにふるふると何度も首が振られる。
 ちゃんと話がしたいのに、言葉にしようと思うと〝正しい言葉ではない〟と認識する。おそらくそう告げたいのだろうと予測を立てる。
 干渉による弊害により、言語中枢だけ過剰に反応したのだろうか。光の戦士として、英雄として、〝お願い〟を聞き続けたことにも起因している気がする。
「少しだけ、こちらから問いかけても平気か?」
 問いかけに、こくりと小さく頷く。いい子だ、と頬を撫でる。
「私の言葉はきちんと認識できているな?」
「た、ぶん」
「曖昧な返答はするな、確証が持てない」
「うっ…」
 疑問を狭めて確信を持つためには、曖昧な返答は避けた方がいい。
「ひとつの花が咲いて散る」
「?」
「言ってみろ」
 軽く指をスナップさせて背後に大きめのクッションを喚び出しそこに背中を預ける。
「…ひとつの、花が、咲いて…散る?」
「そうだ…反復はできる、がこれも上手く喋れてる気がしないな?」
 問いかけにこくりと、今一度首が縦に揺れる。
 頬を撫でていた手でもう一度お前の手のひらをすくい上げる。さわりさわりと撫でながら、光のエーテルを刺激しないように、お前が気づかない程度に闇のエーテルを注ぎ込む。
 光のエーテルから守るように、お前の魂を闇で覆い尽くす。
 ふっと、その瞳の色に闇が滲んだのを確認して、私は口を開く。
「そうだな……《…もう一度言ってごらん》」
 きょとりとした表情、そののち。
「《…ひとつの花が、咲いて散る》」
 その小さな唇から、〝我々の言葉〟が紡がれる。疑問は確信へと変化していく。
「《こちらの言葉なら、喋れるだろう?》」
 先ほど聞き取ることが出来なかった言葉を、聞き取れている事実に混乱しているのがわかる。
「《…どうして? これは、なに?》」
 正しい疑問だ。
 …そしてお前に背負わせる気はないので、この話をこれ以上広げる気もない。
するりと闇のエーテルを自身の元へと戻す。出来る限り、影響が出ないように。
「《もうわからないだろ》」
 告げた言葉が聞き取れなくなって、首を捻っている。言葉を発しようと口を開いて、やはり出なくなった言葉に泣きそうな顔になる。
「わからないままでいい」
 おそらく引き金はエーテル交感。
 あの時に混じり合った闇のエーテルに…〝私〟に、あいつの魂が反応してしまったのだろう。

 伝えるべき言葉は、〝我々の言葉〟で、と。

「今、の」
「お前の知らない言葉だ」
 世界はお前が思っている以上に広い。お前の知らない言葉もまだまだあちらこちらに散らばっている。そう、思っておけばいい。
「あぁ、無理に知ろうとするな。お前では到底行くことのできない場所の言葉だ」
「…どう、して…それ、わかるの?」
「…知らないのに知っている、夢に見る、そんな話をしたのを覚えているか」
「キタンナ、で」
「あぁ、物覚えが良くて助かるぞ。お前のそれもそういうことだ」
 簡潔にそう告げれば、うぅんと唸って考え込む。納得はできないが理解はした、といったところだろうか。
 認識としては間違っていない。限りなく正解に近い不正解といっところだが…この辺りが落とし所としては最良だろう。
「話したいことがあるなら時間をかければいいだけだ」
 だからそのままで構わないと告げれば、納得できていない様子でまだうぅんと唸っている。さすがは当代の英雄様。諦めが悪い。
「今、なにか、した」
 気づかれないように、と思ったが纏う光が大きすぎて滑り込んだ闇を感知されていたか。だが、まだ確証は持てていないようだ。
「おや、人聞きの悪い」
「なにか、ぴりぴり、した」
 なるほど、お前にとっては反発する様がそのように取れるのか。
「あの、ぴりぴりは、知ってる」
 …これは少し、迂闊だったかもしれない。おそらくスリザーバウか常闇の愛し子のところか…あの森で闇属性に近いのはそのあたりだろうか、そこでなにかに触れでもしたか。
「…そうか」
 だが、なにをしたかまで伝える気はない。伝えたところで……喋るたびにエーテル交感をねだられても億劫だ。
「…まぁ、いいや」
 意外とあっさりとそう言って冷静さを取り戻したお前に、今度はこちらが目を見開く番だった。
「こわい、ことじゃ、ないと、思ったから」
 なるほど、判断基準を持ってきたか。
 喉の奥でくつくつと笑えば、小さな手が私の頬に伸びてくる。
「こわく、ないなら、いいよ」
 背負うな、そう告げたからだろうか。本人の中での明確な判断基準と照らして、問題はないとの答えが出たらしい。
「英雄様は広い懐をお持ちで」
 頬を撫でる小さな手に唇を寄せて、その手のひらに口付けを落とす。

「その話し方も、知ってしまえば好感が持ててとても良い」
 くすぐったそうに手のひらをにぎにぎと動かすのをやんわりと受け止める。
「…お前と話すときは常に閨であるかの様で、良い」
「ね……や?」
 おっと、そういえばそう言った知識はあまりなかったのだったな。
「お前を抱いているときの様で良い、と言ったのだ」
 喉の奥で笑いながら告げればようやく意味を悟ったのか、落ち着きかけていた肌の赤みが戻ってくる。
「気づいてなかったか」
 ぱくぱくと口を動かすその様が可笑しい。
 まだ二度、体を繋げただけ。だがその二度で知ったお前は私に刻み込まれている。
 お前も、あいつも、同胞も、私はすべてを刻んで背負っていく。
 思い出した様に私の腕の中から逃げ出そうとしているが、そうは問屋が下さない。腰をガッチリと抱え込みその耳を軽く食めば、小さく艶めかしい声が上がる。
「さて、この話の流れで逃げられると思ったのかね」
 耳元で低く囁けば固まる体、上ずる息。
 一度燃え上がっていた体は再度火をつけることも容易で。
 そのレインコートの裾から太ももに手をそわせれば、面白いほどに大きく小さな体が跳ねる。
 さしたる抵抗もなくショーツを体から引き剥がし…床に放るのは流石に躊躇ってベッドの脇に置いておく。
 唇を塞ぎながらその体を掻き抱く様に押し倒せば、ようやく意味を成さない抵抗が現れる。
「厭なら本気で抗えと」
 それは再三私がお前に伝える言葉。
 ここまで大罪喰いを討伐せしめた稀代の英雄様の本気の抵抗がこんなものであるはずがない。武器すら持ち出さないゆるゆるとした抵抗を本気だとは言わせない。
 体か、心か、そのどちらもが、もうお互いに不毛なほどぐずぐずなのだ。いっそこの余興すらやめて素直に抱かれてくれれば、もう少し進展があるやもしれぬのに。
 小さな体を割り開き太ももをゆるりと緩慢な動きで撫でる。指を滑らせ手袋越しに温もりを甘受する。口付けは角度を変え止めぬまま口腔内を舌で刺激する。
 覚えろ、この〝私〟を。頭の天辺から足の先まで余すところなく全身で感じて忘れるな。
 浮かせた膝が閉じぬように膝を割り込ませ、両の手袋を外す。ひたりと太ももにそわせれば身動ぎ声が上がる。
「つめ、たぃ…」
 呟きに、はたと前回のまぐわいを思い出す。

『死人のように冷たいじゃないか』

 まだ〝普通〟に話せていたその言葉を思い出す。
 体内を循環するエーテルを少しだけ操作して血流を巡らせる。触れたままの指先から温もりが発せられていき、それを感じたお前がほぅと小さく声を上げた。
「まだ、冷たいか」
 さわりさわりと内ももを撫でながら問いかければ、小さくその首が横に振られる。
「なら、いい」
 ゆるりと今一度向き合い、その体の中心へ向かって指を進ませる。再点火した情欲の炎は秘部をしとどに湿らせていた。ぬるりとした感触を指先で受け止めて思わず喉が鳴る。
 欲しい、お前が、あいつが、あいつごと、すべて。
 感触を避けるように膝を擦り合わせるお前の動きは、その意思とは真逆に私の手を動きやすいように導いていく。にちにちと淫靡な音が薄暗い部屋に響き渡る。
 短くなる呼気が、上ずる音が、情欲の炎が燃え盛るさまを伝えてくる。
 あいつの記憶にも私の記憶にもない、2人だけの記憶を今また重ねようとその唇に自身の唇を重ねる。
 あぁ、甘い。くらくらする色香をその唾液ごと飲み込む。
 その秘部へ至る入り口からはこんこんと泉が湧き出でて、私はその湿り気を頼りに自身の指をまず1本、小さな体に埋め込んでいく。
 ひっ、と息を飲んだその体が跳ねるのもお構い無しに一番奥まで一気に差し込む。3度目のそこは暖かく埋め込んだ指を離したくないと律動した。
「ずいぶんと…締め付けてくるな」
 唇を離し低く囁けばその瞳が羞恥に見開かれる。いやいやをするように可愛らしく首が横に振られるがそれは抵抗ではなかった。
 慣れたとは言い難い締め付けと狭さを楽しむように指を増やしていく。
 声の上がる瞬間に唇を塞げば、やり場の無くなった熱にがくがくと腰が震える。くぐもった嬌声をその息ごと飲み込んでやれば、それすらも快楽に変換していく様がいじらしい。
「あぁ、いい子だ。気持ちいいのだろう?」
 子供に教え込むようにいい子いい子と繰り返し呟けば、その体がぴくりと揺れる。

 行為の狭間に何度も何度も、快感を拾い上げる様を褒めてやれば、小さなその体はそれを〝望みを叶えるために〟覚えていく。快感に翻弄されながらも快感を享受して、それが私を大いに喜ばせるのだとその身に教え込んでいく。
 大概、私も執念深い。そうして羞恥に染まりながらも私好みに意識ごと作り変えていく様を、遥かな昔から切望していたというのだから。
 歪んでいるのだ、元から。あいつに対しても、お前に対しても。

「つかまれ」
 一度指を引き抜きその小さな体を起こしながら、手早くコートとローブを脱いで今度は躊躇いなく床に落とす。肩口に顔を埋めさせ胸と胸を密着させるように一度抱き寄せれば小さな手が私のシャツをきゅっと掴む。
 支えを得たことを確認してから、ゆっくりとその背に指を這わせる。片手で尻の肉を揉みしだきながら、今一度秘部に指を1本。
 存分にかき混ぜ指を湿らせたら時間をかけて引き抜きその尻の蕾に向かって沿うように動かしていく。びくりと跳ね起こそうとした上半身は、耳元でいい子だと囁いただけで素直にまたこの腕の中に戻ってきた。

 そうだ、それでいい。私だけを感じて、私だけに許されて、私だけを視ればいい。完璧に歪んだ己の思考がぐんにゃりと小さな体を支配していく様を、どこか醒めた瞳で見つめている。

 蕾のひだをゆるゆると撫で愛液をまぶせば、その腰がゆるりと揺れる。くすぐったそうに揺れるその動きは、しかし唇から漏れ出す熱い吐息がそれだけではないと伝えてくる。
 秘部と蕾を往復しながらそのひだの隅々まで愛液で滑らせ、ゆっくりとその蕾の入り口を指で押し開いた。
 はぁっ、と漏れた吐息は色を含み耳元に熱い息がかかるのを感じる。
「んんっ……あぁ……」
 ほんの入り口を通り過ぎる瞬間だけ、抵抗感のある声が漏れたがそこを過ぎてしまえばどこか長い余韻を携えた喘ぎ声が小さく発せられた。
 私の肩の上に顎を乗せて熱い吐息を漏らすものだから、自然と私自身も煽られることになり。
 少し性急にその奥底を暴こうと指を進めれば、未知なる場所への恐怖からか、上擦りながらも困惑を帯びた声が聞こえてくる。
「あ、あぁっ…! んんっ……やっ、ふか、ぃ……っ!」
 第二関節まで入れ込んでくいくいと中を押せば、きゅっと感度良く締まる圧がもっとと指を咥え込んでいく。
「ほぅ…足りぬか」
「ふ、ぁ…っ?」
「飲み込んでいくぞ、私の指を」
 くすくすと笑って告げれば、小さく首を振りながらちがうと繰り返す。
 次の指を入れ込むための準備をしようと秘部を撫でれば、新たな刺激に喜ぶように止むことなく愛液が滲み出していた。
「いい子だ。こちらでもきちんと感じているな」
 わざとにちゅにちゅと淫靡な音を立ててその存在を思い知らせれば、熱い吐息が耳にかかる。耐えきれず零れ落ちた愛液がシーツに染みを作っていく。
 2本目をすっかり濡らし切ってから、蕾に添える。隙間を作るように1本目をずらして、お前が何かを言い出す前に沈め込んでいく。
「あっ、あぁっ…!! やらぁっ…!!」
 やはり抵抗は最初だけで、通り過ぎてしまえばお前の中はきつく指を締めつけながらも奥へ奥へと私の指を飲み込んでいく。1本目と同じ分だけ入れ込んで、動かさずにその圧が緩くなるのを待つ。
 私を拒む抵抗ではない、異物を挿入された違和感への抵抗はどうやったってなくなるはずはない。
 それがお前に馴染むのを待ちながら、尻を揉んでいた手を背中から頭へ動かし、そっと髪の結び目を解いてやる。髪の間に指を入れ込み解すように梳きながら頭を優しく撫でてやる。
「いい子だ」
 言葉を合図にするように、お前の心に楔を打つ。いい子にしていれば快楽と居場所が提供されるのだとその魂に教え込んでいく。離さないように、離れないように。
 ふぅふぅと吐いていた熱い吐息が徐々にゆっくりとなる度に、埋め込まれた指を絞める圧が緩くなりかわりに刻み込むような律動を始める。内圧だけで私の指の形を覚えようと動くその内壁を擦るように指先でその腹の中を弄る。
「ひぁっ……んぅっ…!」
 くにくにと動かしては広げ解していく。緩慢な動きはじわじわとその体の緊張を解し快楽を呼び覚ましていく。
 くにゅりと奥を押したその瞬間、小さな体があからさまに跳ねる。ひっと飲み込むような声に、ニヤリとほくそ笑む。
 跳ねた部分に触れないようにその周りをくにくにと押し解す。震える体が、跳ねる声が、その場所こそが性感帯であるとまざまざと告げている。内壁が期待に打ち震えるように私の指を導いていく。
 存分に解れ柔らかくなったのを確認して、いよいよその場所に触れてやればシャツを握る手がより強くなった。
「あっ、あああっ!! な、やぁっ……っふぅ…!!」
 艶を含んだ嬌声が狭い小屋いっぱいに響き渡る。その狭間ににちゅにちゅと淫靡な水音が彩りを添える。
 指先で触れ、軽く押し、そっと撫でれば面白いほどに私の手の中でお前が跳ねる。
「ここが良いのか」
 問いかけるようにそこを押してやればびくびくと体が跳ねる。
「っあぁっ!! な、にっ、やっ…知らなっ、きちゃ、うっ…」
 こわい、と縋り付くその体をあやすように背を撫でる。内壁の律動は強くがくがくと跳ねる体は限界を示していた。
「一度、達してしまえ」
 低く告げて強くそこを擦り上げれば大きく跳ねた体が限界を迎える。
「あ、あああぁぁっっ…!!」
 体は快感に耐えるようにきゅうと縮こまり硬くなる。それなのにその喉はしなやかに嬌声を上げ、それをもって強い快楽によって達したのだと私に告げてくる。
 指は抜かずにそっと肩口から顔を離させれば、やはりというか呼吸を止めている。その頬に口付けを落として啄むように唇を重ねれば、思い出したようにはふっと吐息が漏れる。
 もうこれは癖なんだろうな…もしくは自己防衛の機能か…優しく頭を撫でてやればその動きに合わせるように上擦っていた呼吸が落ち着いてくる。
 ぎちぎちと締め上げていた内壁の圧がゆっくりと解けていき、くにゅりと律動する。
「いい子だ」
 くいっと指を広げれば鼻から抜けるような甘い声とふわりと漂う女の色香。開いた花の揺蕩う色香を存分に感じて自然と笑みが溢れる。あぁ、花開くお前のなんと甘美なことよ。
 啄む口付けを徐々に深くしていけば、縋るように舌が差し出される。もうすっかり蕩け切った思考と体が、正直に快感を拾っていく。

 快感に蕩けている間は、敵も味方もなく、アシエンも英雄もいない。ただ1組の男女が睦み合うだけでいい。

 埋め込んだままの指をゆっくりと開いて曲げて、その動きに翻弄されている間に3本目を埋め込むために準備をする。秘部からはだらだらと愛液が流れ続け快感から降りてこれない様を示していたい。
 ぐっと指を開いてその狭い蕾に3本目を埋め込んでいく。
「ひっ……! っあ、あぁっ…ぃた、い…っ」
 受け入れるための場所ではないそこをぎちぎちといっぱいにして、3本目が埋め込まれていく。痛い、と訴える声とは裏腹に中はうねり律動をもって私の指を飲み込んでいく。
 その瞳を見やれば確かに苦しそうな表情ではあったが、それよりも鮮やかに浮かぶ情欲の証が私を見ていた。痛みは一瞬で快楽へと変換されたのだと、私はその瞳の色から知る。
 強張った圧迫感は3本の指を動かして内側から快楽を与えるだけで、ゆるりと解れていく。奥の性感帯を今一度柔らかく押してやれば、上擦った声に艶が増す。
 口付けを交わし、唾液を交換する。触れ合う場所がぴりぴりと痛むがお構いなしに漏れ出すエーテルにも触れていく。与え、吸い上げ、交わる。エーテル交感とも呼べない、上澄をなぞるだけのそれですらお互いを快楽へ誘うには上等すぎる餌だった。
 すっかり解れ切ったその蕾から余韻を残すように指を引き抜く。擦れた甘い声が口付けたままの唇から私の喉奥へ飲まれていく。
 唇を離し、ズボンの中ではち切れそうなほど怒張した己自身を解放する。ぼんやりとそれを眺めていたお前の目があからさまに彷徨い始める。そういえばきちんと目視するのは初めてではなかろうか。
 彷徨う視線はあちらこちらを見ながらもちらちらと私自身に注がれている。流石に少々、居心地が悪い。
「見るのか見ないのかハッキリしろ」
「だ…だっ、て……」
 あからさまに薔薇色に染まるその頬を指の腹で撫でる。羞恥と恐怖、それに期待でくるくると瞳の彩が変わる。
 すっかりベッドの上にぺたりと座り込んでしまったその小さな両手を取って私自身に添わせる。
「ひゃうっ!?」
 その声は可愛らしいので良い。
「これが」
 耳に唇を寄せる。その瞳は自身の手の中にある熱い杭から目が離せない。
「お前を蕩かすものだ」
 その耳を食みながら告げれば、ぞくりと体が震える。思わず力の入った小さな手に誘われるようにどくりと脈打つのがわかる。
 告げられた言葉を自分の中に落とし込んで、それすらも快楽に変換していく。その色香を髪に顔を埋めて思い切り吸い込む。
 その肩に手を回してゆっくりと小さな体を仰向けに倒す。空いた手で膝頭を軽く押しやれば腰が浮く。
「こちらも良い、が」
 するりと秘部を指でなぞりちぷりと水音を鳴らす。それだけで赤い顔がさらに赤くなる。
「今日は、こちらを味わおうか」
 溢れ出た愛液を掬い取り、尻の蕾へ沈めるように塗りこめる。先ほどまで3本の指を飲み込んでいたそこは、期待に震えるようにぴくぴくと蠢いた。
「っひゅ、ぅっ…」
 息を詰めたその唇が赤い果実のようだ。私だけがその味を知る、私だけの赤い果実。
「…そ、こ…だって、ちがう…」
「あぁ、そうだな」
 体を動かして秘部に己自身を沿わせ愛液を塗していく。細い陽光がてらりとお前で濡れた私を反射する。
「だが、良いものだと思うぞ」
 特に、被虐体質のあるお前には。蕾へ狙いを定めながらその額へ唇を落とす。
 告げられた言葉に、ふるりと震えていやいやと首を横に振る。もう、それも癖だな?
「酷くされた方がマシと、今でも思っているのだろう?」
 お前の考えぐらいお見通しだ。酷くされれば敵として距離が取れるとでも思っているのだろう?
「残念だったな。私はお前を蕩して甘やかしたいのだよ」
 その体の隅々、魂すらも包み込んで。
 お前をこの手の中に落とすと決めたのだから。
 ぴとりと蕾に自身の先が当たる。ぴとぴとと蕾を突けば早くと言いたげな脈動で蕾が揺らめく。体は正直だ。
「っふ……はい、らない、よ…」
 所在なさげに彷徨っていた小さな手がレインコートを胸元できゅっと握りしめる。耐えるための準備ができたようだ。
「入れるのだよ」
 くいっと入れ込む仕草をすれば、慄くように喉が反る。
「ゆっくりと、飲み込むがいい」
 秘部から溢れた愛液が蕾に溜まり潤滑剤となる。性急に貫いてしまいたい欲求をひたすらに飲み込んで、じわりじわりと腰を進める。
「っひ……っう、いたっ…いたぃ…いたぃぃ…!!」
 かぶりを振って逃れようとするその腰を掴み押しとどめる。
 受け入れるために出来ていないその場所は酷く狭くキツかったが、潤滑剤変わりの愛液のおかげか入り口の抵抗以外はさしたる問題でもないようにすんなりと私の先端を迎え入れた。
 まずは入れ込んだ先端がお前に馴染むのを待つ。
 はっはっと荒い息を溢しながら、それでもお前は本気の抵抗をすることはなかった。
 ぱちりと指を鳴らすかエーテル交感をすれば簡単に快楽にすげ変わるのはわかっていたが、あえてそれをする気もなかった。もちろん傷をつけたいわけでもないのだが。

 痛みを、覚えろ。どうにも鈍感なお前の魂に刻み込んでおけ。快楽も痛みも、何もかも与えるのは私だけだと、覚えておけ。

 荒かった息は徐々に落ち着きを取り戻していく。埋め込んだ私の先端をゆるく律動する肉壁が包み込む。
 抑え込んでいた腰から手を離しお前の顔の横へ。もう片方の手は補助のために小さな尻の下へ。
「ゆっくり、進むからな」
 再度告げて、宣言通りゆっくりと腰を進める。
「っう……んんっ……!!」
 甲高い嬌声こそ出ないものの、喉の奥に飲み込むその音には艶が含まれているのを見逃さなかった。
 狭い隘路は酷く窮屈で、それだけでお互いの体格差を否応無しに理解してしまう。一番奥まで貫いてしまいたい、そんな加虐的な心の声が聞こえるが酷いことをしたいわけではないのだ。
 そう、いっそ私はお前の中で果てなくてもいいのだ。どんな形であれ…出来る限り痛みや苦しみのない形で…お前に私を刻み込むことが今の目的なのだから。
 こりゅっと私の先端がお前の性感帯に触れる。電流が走ったかのようにびくりとその体が跳ねるのを見逃さない。
 ゆっくりとそこを押しやりながら先端が通り過ぎる。通り過ぎてしまえば…私の太い杭の圧で常に刺激を与えられる形になる。
「ひっ、はっ…!!」
 首がもげるのではないか、そう思うほど勢いよくかぶりを振り…あとほんの少しと動いた私の動きに合わせてびくんと大きく体が戦慄いた。

「ーーーっ!!!!」
 体をきゅうと丸め込むその仕草は先ほども見た、お前が快楽に達した姿。自然と埋め込んだ自身もぎゅうと締め付けられそのきつめの感覚に吐精してしまわないように歯を食いしばる。
「っあぁ……いい子だ」
 唇から自然に感嘆の声が漏れる。引き寄せられるように小さく縮こまらせるその体を自身の腕の中に抱きとめる。少し強引に顎に手を添え上向かせ、止めた呼吸を再開させるために何度も口付けを落とす。
 あぁ、本当に、いい子だ。
 ややあってはふはふと呼吸を再開するその小さな唇の横に一度口付けて上半身を起こす。
 見下ろす小さな体に、私の赤黒い太い杭が刺さるその扇情的な光景を目を細めて眺める。全てを埋め込んでいないが故に、お前に穿たれているという事実がまざまざと視界に情報を与えてくる。

 前も、後ろも、私を受け入れたという事実に心が躍る。私が知る、あいつも知らない、お前の蠱惑的な姿。凍りついていた…凍りつかせていた感覚が穿った場所から与えられる熱で溶けていくのがわかる。こんな風にただ1人を求めたのは一万二千年ぶりなんだ。

 達したばかりのそこは徐々に締め付けを緩めていく。変わりに訪れるのはもっと奥へ誘おうとする律動。
 本当にここで受け入れたの初めてなんだよな?そう、疑いたくなるほど刺激的な内壁のうねる動きに口の端が持ち上がるのがわかった。
「気持ちよかったのだな」
 問いかければ、溢れんばかりに大きく瞳が開いてこちらを見てくる。
「達しておいてそんなことはないとは、聞かぬぞ?」
 事実を事実として伝えれば、落ち着きかけていた肌の赤みが戻ってくる。
「中の様子はどうだ?」
 明確な問いかけを投げかける。お前の言葉で伝えろと、私が望んだことが伝わったのか小さな両の手がそわそわと胸の上を滑って行く。きゅっと強くレインコートを掴みなおして今度は視線が彷徨った。
「……いっぱい、で…」
 こちらを見ることができないまま言葉だけがぽつぽつと落ちていく。
「…あつ、い」
 ちらりとこちらを見た瞳に色が宿る。言葉にすることで意識をし、一度散らした情欲の炎に今一度自ら火を焚べに行く。
 レインコートの隙間から指を入れ込み、その腹をゆったりと撫でる。こりこりと私をなぞりながら指を動かせば漏れる吐息に熱が篭る。
 狭い隘路は狭いままに、その締め付けは私を優しく包み込むものへと変化していた。
頃合いか、とゆるりと一度腰を蠢かせる。
「っひぁ……っんぅ…」
 喉が跳ねる。律動にあからさまな私を認識する動きが加わる。
「ゆっくり、な」
 そろりそろりとゆっくりながらも存在を残すように腰を引いて、それよりはほんの少し早くお前の中へ戻す。
「っあ、あああぁぁっ!」
 上がる嬌声は普段よりも強い熱を放つ。体を硬直させたまま強い快感に戸惑う小さな体を撫でる。
「っひ、ぁっ…あつぃ…あつぃぃ…!」
 痛みはもう遠くへ去ったようだ。かわりに穿たれた場所が熱いと艶のある声で私に訴えかけてくる。
 同じ動きを角度をつけずに何度も繰り返す。私自身で押された性感帯が擦れるたびにびくりと強く体が跳ねる。きゅうきゅうと誘い込むように締まる内壁がもっとと私自身を飲み込もうとしている。
 秘部には触れていないのにそこからはこんこんと愛液が止めどなく湧き上がる。尻に向かって垂れたそれが穿つ私に絡み、抽送の助けとなる。
 にちゅりぐちゅりとゆったりとした淫靡な水音が耳に届くたびにお前の声の艶が増す。
「後ろも…いいのだな?」
 問いかけに体が跳ねる。叱られた子供のような表情にそっと頬を撫でてあやす。
「いい子だ。全て…全てで、気持ちよくなるがいい」
 言葉と同時にずっと腰を動かし性感帯を押しやれば鼻に抜けるような甘い声が漏れ出す。明らかに今までと違う声の艶に、発した本人が1番驚いた顔をしている。
「っふ…うっ…? っあ、あぁっ……?」
 喘ぐ合間に疑問符が浮かんでは消えていく。
 私は確信を持ってお前の耳に唇を寄せて、囁く。

「いい子だ」

 びくりと跳ねる体。上擦る声は甘い響き。きゅうと締め付けてくる内壁は気持ちいいのがもっと欲しいと私を奥へ誘おうとする。
 言霊は今発現し、形を成した。
 抜ける寸前まで腰を引き、一気に奥まで入れ込む。
「っ、ぁああぁぁっっ!!」
 びくびくと体が跳ね、白い喉が反る。瞳の端に浮かんだのは快楽からくる涙。
「いい子だ、これがいいんだな?」
 何度も穿ちながらそう問いかければ、虚な瞳が私を映して綻ぶ。こくこくと素直に頷く様に、快楽に沈んだ理性を見送る。
 言葉による呪を狙って行ったわけではない。とりわけ現状、相反する属性を抱えた我々はそういった呪いの類との相性がすこぶる悪い。
 なので、再三になるが私は何度も同じ言葉を語りかけることで鍵を外す…もしくは鍵をかける…きっかけを与え続けた。こんなものはただの暗示でありきっかけに過ぎない。そして存外そういったシンプルなものにほど、英雄という仮面を被り続けたお前は嵌まり込みやすかった。

 本気で抗えとスタートの合図をして、いい子だとお前の鍵に手をかける。

 そして今、英雄の仮面は外された。

 少しずつ抽送を早くするが、その口から熱いと発せられることはなかった。
「っあ、あっ…あぁっ…っひ、ああぁっ!!」
 意味を成さない嬌声がその喉を震わせる。艶を含んだ声が甘く甘く私の中に響く。
 自身の胸元を手繰り寄せていた小さな両手は、私のシャツを握りしめている。
 穿つ熱をひとつたりとて逃したくない、と小さな体が震えて跳ねて蠢く。
「いい子だ、これが、いいんだなっ?」
 抽送の合間に問いかければ、綻ぶように笑うお前があいつとダブる。もっともあいつはこんな艶っぽい表情は一度たりとて見せなかったが。
「あっ、ああっ…うん、うんっ…っ…これ、が、いい…っ」
 私の言葉を繰り返すように嬌声の合間に紡がれていく。これがいい、とはまた男をくすぐる言葉を言ってくれるものだ。
「あっ、あっ、や、まって…きちゃ、うっ!!」
 言い切る前にその体が跳ねる。私の腕の中でもう何度果てたのだろうか、くたりと体が弛緩するもののその後孔は私を咥え込んだまま離そうとしない。
「いい子だ、いっぱい達しているな」
 額に口付けを落としながらも抽送は止めない。びくりびくりと弛緩した体が快感を拾い上げて蠢く。
「っふ、うっ…いっぱい、いて、る…」
 舌足らずなその言い方も、慣れてしまえば愛くるしさしかない。はっはっと肩で息をするその開いたままの唇を奪う。
 引いて入れ込んでぐりっと押す。繰り返すその動きに内壁が痙攣するように強く締まる。
「っく…締め、すぎだ」
 ともすれば中に吐精しかけるのをすんでで耐える。さすがに、中に出すのはまずい。
「あっ、あぁっ…っん…エメ…」
 喘ぎ声の合間に名前を呼ばれてどうした、と声をかける。
「あっ、んっ……ほし、いっ…」
 情熱的なお誘いにくらくらと脳の奥が刺激される。今まさに中はまずいと考えたばかりだというのに。
「…もっと強く達したら、こちらの奥に与えてやろう」
 未だ愛液を生み出し続ける秘部をゆったりと撫でれば、その腰が期待で震える。あからさまに内壁の律動が大きくなる。堪えるのもなかなか辛いというのに。
「そんなに欲しいか」
「あっ、あっ、ほし、いっ…エメト、セルク、が、ほしぃ…っ!」
 縋り付く腕に、紡がれる言葉に、目眩がする。誓いを反故にしないという鉄の精神だけで、蠱惑的なその尻の奥を暴いていく。
 性感帯を押し付けるように自身を何度も擦り上げれば、上がる嬌声の感覚が狭まる。何度も目を瞬いて、強い強い快感の波を掴もうと全身で私からの攻めを享受している。
「っあ、あぁっ、だめっ、あっ、やっ、あぁっ!」
 あぁ、もうすぐだ。すぐに絶頂の階段の終着点がやってくる。
「…っ気を、やってしまえっ!!」
 とどめとばかりに奥の奥へ打ちつければ、先端に今までとは明らかに違う感触を覚える。
途端に声にならない声を上げ、小さな体が大きく反った。両手両足をぴんと伸ばして白い喉まで反らせて。虚ながらも見開かれた瞳とだらしなく開いたままの口が強い快感によって今まさに駆け上がった階段から落ちているのだと教えてくれていた。
 慌てて、お前の中から私を引き抜く。あのまま中に残していれば強い締め付けに呆気なく吐精してしまうところだっただろう。
 深く息を吐き出しながら、呼吸を忘れたその硬直した体を腕の中へ引き寄せた。未だ猛りの治らない自身を抱き寄せたお前の腹に添わせる。ぴとりと熱を分け合うように隙間なく抱きしめれば、びくりと大きく跳ねた体が呼吸を再開する。肩で息をするその体をあやすように、優しく背中を撫でた。
 強張る体から一気に力が抜け、だらりとその両手足がシーツの上に落ちる。くたりと力の抜けた体を抱き起こして髪を梳いてやる。どくどくと触れ合う肌からお前の生きている音が私の身のうちに響く。

 そのまま気をやって眠ってしまうかとも思ったが、小さな手が私のシャツの裾を掴んだのでほんの少しだけ体を引き離した。お前と私の間に未だ興奮の坩堝にある赤黒い杭が見える。
「……っふ……エ、メト…」
 はくはくと息を探しながら私を呼ぶ様がいじらしい。その頬を優しく撫でてやれば強く瞑っていた瞳がふるふると震えゆっくり開かれる。
 花のかんばせとはよく言ったものだ。未だ色を秘めるその瞳がまだ少し彷徨いながら私の視線と交わる。ふわりと、周りの空気が…エーテルが揺らめいて花が綻ぶようにお前は笑った。
 あいつの笑顔とダブって、私の記憶に2人分の笑顔が記録されていく。あいつはあいつで、お前はお前で。そんな簡単で単純で、受け入れるにはほんの少し…一万二千年を少しと呼ぶのかはともかく…ほんの少し時間のかかった事実を、今一度自らの胸の内に刻んでいく。
「あぁ」
 呼びかけに、短く答えればくふりとまた花が咲く。私のシャツを掴んだその手がゆっくりと私の頬へ伸びてくる。私の輪郭を確認するようにゆっくりと頬を撫でる小さな手は達した余韻からかほんの少し冷たかった。
 恥ずかし気に揺れるその瞳が私の視線と今一度交わる。私の頬をその小さな両の手で包み込んで。

「エメ、ト、セルク、が、ほし、ぃ」

 辿々しくもしっかりと伝えてくるその姿に胸を打たれる。3度目にして初めて私を求めたその姿は、想像よりも遥かに優しく崇高で…あぁ、叡智を司った書物をどれだけ紐解いてもこの心を表し切ることは出来ないのだと、それほどまでに美しかった。
 その頬を撫でる。私でいいのか、なんて無粋な言葉を発するつもりはない。私でなければダメなのだ。お前の隙間を埋めて、お前の仮面を外し、お前の居場所となり得るのは、遥かな過去から見通せぬ未来の先まで、私1人でいい。
 唇と唇をどちらともなく触れ合わせ求め合う。ふわりふわりと花開いたエーテルの色香は、どんな上等な蒸留酒よりも私を酔わせていく。
 舌を絡ませ、唾液を混じらせ、より深く。ピタリと体ごと寄せ合えば達して冷えた体に再度熱が篭っていくのがわかった。
 深く交わり、啄み、また絡め合う。飽く事なく何度も口付けを交わす。合間に何度もお前が花開く様を眺める。

 その姿に自然と微笑むとともに、ふつふつと言いようのない感覚が胸を支配していく。妬みとも憐みともつかないその感覚は忌々しい光に向けてだけ投げつけておく。
 英雄の仮面を外してしまえば、こんなにも美しい花が綻ぶのに、その光がそれすらも許さないなんて。世界に愛されたが故に、世界から孤立していくだなんて。

 その背に手を添えて、口付けを交わしたまま今一度その小さな体を横たえらせる。貪るように、慈しむように触れ合っていた唇を名残惜し気に離す。
 体をずらしながら頬を撫でその神に顔を埋める。ぴたりとお前の秘部に狙いを定めて猛る己をあてがう。瞳に浮かぶのは恐怖か不安か。
「…エメト、セルク」
 両手を伸ばして私を求めるその姿を見下ろす。その瞳にぼんやりと私の姿が映る。今私はどんな顔をしているのだろうな。
「あぁ」
 頬を撫でる。前髪を左右に払いその額に口付けを降らす。ぴとぴとと秘部の入り口を己で突けば、その腰がくねる。
「……あの、ね」
 くねる腰に合わせて視線が彷徨う。その睫毛が震えて顔が羞恥に染まったまま視線が交わる。
「…みて、るよ」
 …あぁ、そうだな。誰かの代わりでもなく、心を閉ざすのでもなく、互いの視線が交わりただお互いだけを瞳に映す。
「私も、お前だけを」
 言葉と共に唇を重ねる。ただ愚直なまでに互いの熱を交わらせる。
 唇を離す。頬を撫でる。自然と腰に力が入る。
「受け止めておくれ」
 言葉は真っ直ぐに届いて、小さな頷きが返答としてもたらされる。
 その細い腰を両手で包むように掴む。はち切れんばかりに熱を増した己自身でその小さな秘部をこじ開けていく。
「…っん……ふ……」
 ひたりとまとわりつく肉の温もりにもう一歩と腰を進めていく。きつく狭いその場所は今日はほとんど解していないが、後ろへの愛撫で普段よりも緊張は解れているようだ。ゆるゆると飲み込んでいく感触にひたすら傷をつけないようにだけ注意していく。
「息を、吐け」
 ともすればすぐに呼吸を止めるお前の頬をひたひたと叩くように撫でる。その癖、いつか命取りになるぞ。
 私の動きに合わせるように、小さな喉へ空気が送り込まれていく。急かさぬよう一歩、また一歩、お前の中を満たしていく。
「っふ……んんっ……んくっ……」
 狭いその蜜壺いっぱいに私を飲み込んで、その小さな腹を歪に膨らませて、お前は私を全て受け入れた。こつりと先端が当たる感触はあるが、この先はさすがにまだ早い。
「……っはい、った?」
 浅い呼吸を繰り返しながら、光を讃えた瞳がきらきらと私を見つめてきた。
「あぁ」
 その頬を優しく撫でる。まだ3度、私に…この行為に慣れたとは言い難い回数。それなのにお前は愛おしそうに歪に歪んだ腹を撫でる。
「平気、か?」
「…うん」
 問いかけに静かに頷いて、両の手が私のシャツに伸びてくる。
「いい子だ」
 私のシャツを掴んだのを確認して、ゆっくりと抽送を開始する。ゆるりゆるりとその場所を揺らすように小刻みに動かす。
「…っふぅ……ん、ぁあっ……」
 その動きに快楽を見出し、お前の胎内が蠢く。柔らかな動きで私を逃さないように締め付けてくる。
 私のシャツを掴む手がさらに強くなる。それに合わせるように抽送を早く、深くしていく。
「あっ、あっ、あぁっ、っん、っあぁっ!!」
 短いスタッカートで繰り返しながら上がり続ける甘い嬌声が鼓膜を震わせる。仮面ひとつないだけで、こんなにも変わるのかと私はほくそ笑む。
 打ち付けるように何度も腰を動かす。お前の胎内が愚直に私を締め付ける。

 ここにいて、と。

 何度も達していたのだ、限界はあっけないほど早く訪れようとしている。私自身も焦らされ続けたので限界が近かった。
「あぁ、いい子だ…っ、中に、出すぞ」
「っう、うんっ…うんっ、や、あっ、あぁっ…っ!」
「…っく!」
 最奥を強く叩いて押し込むように吐精する。きゅうきゅうと締め付けてくる胎内が、更に奥へ誘うように私の精を飲み込んでいく。
 強く、強くお前の小さな体を抱きしめる。ここにいる、その事実を噛みしめるように。
 そっと頭を何度も撫でる。硬直していた体はその動きに合わせてゆっくりと力を抜いていく。
「…息を」
 ぽつりと呟いてようやく、息を吸う音が聞こえ始める。体の力を抜いた上でこれなのだ、本当に大丈夫か?
 最後の一滴まで注ぎ込んで、軽くその中を揺らすように腰を揺らめかせる。そうして存分に堪能したのちゆっくりと、お前の中から自身を引き抜いた。
 こぷりと治りきらなかった精が溢れ、お前の愛液と混ざり合いシーツにシミを増やした。

 まだ肩で息をする小さな体を楽になるようにシーツの海へ沈める。優しく頬を撫でてから体を起こそうとしたが、まだ掴んだままのお前の小さな手に阻まれた。強く引き離せばするりと離れてしまうような軽い力ではあったが、縋り付かれているという事実に体を動かすことをやめる。全く私も…お前に弱い。
「大丈夫か?」
 再度頬を撫でる。存外に落ち着いている呼吸は小さかったがしっかりとしていた。
 快楽をやり過ごすために閉じていた瞳が震えて開く。私の顔を見て、優しく微笑む姿にほっと息を吐く。まだ、仮面は外したままだ。
「…エメト、セルク」
「なんだ」
「私、とあなた、は、敵、同士で」
 確認するように吐き出される言葉は硬く冷たい。
「私、は、なにものでも、なくて」
 そんなことないだろうと、言ってやりたくなった。口を開きかけたが、お前のいつになく真剣な真っ直ぐな瞳を見て口を噤んだ。冒険の最中ですら見たことがないぞ、そんな顔。
「あなたは、アシエン、で」
 そうだな、そこに関しては間違いようはないな。頬を撫でれば擦り寄ってくる様はまるで子猫のようでもあって。
「ほんとは、だめ、なん、だと思、う」
 何度も視線が彷徨い、言葉を慎重に選び取っているのがわかる。悩め。悩んで、悩んで、悩み抜いて、答えを勝ち取るがいい。
「私は、〝英雄〟を、やめ、られない、し、エメト、セル、クは、〝アシエン〟を、やめられ、ない」
「…そう、だな」
「きっと、お互い、に、酷いこと、も言う…と、思う」
 小さな手がシャツから離れて私の頬に触れる。身を屈めて、それを受け止める。
「だから…」
 そこまで言って、考え込むように口を閉ざす。言葉が選び取れないのか、視線が彷徨い、言葉を発しようと開いた口を何度も閉じ直して首を振る。
「……っちがう……」
 助け舟を出そうか、そう思いその手を取ろうとするが緩く首を振って止められた。
「うまく、言えない、けど」
 大丈夫だ、ちゃんと聞いている。そう伝えるように頬を撫で続ける。
「いずれ、殺、し合うと、しても、これを、弱み、にしな、いで」
「…馬鹿者」
 覆い被さるようにその小さな体を抱きしめる。
「私も、頑張る、から」
「もっと、他のことも頑張ってほしいのだがね」
 さしあたって次の大罪喰い討伐とか。

 膨れ上がる光が、ただお前のコップに注がれているだけなのを知っている。人よりほんの少し大きくて、簡単には染まらない呪いをかけられたそのコップに注がれていく光は、いずれ溢れてこぼれる。その時は、お前が思う以上にお前のすぐ後ろまで迫っている。
 私はそれに手を出さない。私たち〝アシエン〟の計画のためにはこの過程はなくてはならないことを理解している。真なる人々をこの手に、我々の楽園を今一度この地上へ。その思いは今も変わらない。
 …それでも、もしも、この手を取ってくれるなら、なんて。本当に救いあげたかったのがなんだったのか、一万二千年経ってようやく気付けただなんて。

「私のことより自分の心配をしろ」
 とかく他人にばかり手を伸ばし自身を顧みようとしないお前なんだから。額を3度指で突けば、むぅと膨れた声がする。
「…お互い、難儀だな」
 ぽそりと吐き出して、よしよしとその頭を撫でる。ごろりとお前の横に寝転がり腕の中に抱き寄せれば、おずおずとその手が今一度シャツを掴む。
「今はお互い、仮面を外しているだけだ。」
 抱き寄せたその頭と背をゆっくりと撫でてやる。安心したようにその肩から力が抜けていく。
「それで、いい」
「…うん」
 答える声が緩くなっている。何度も達したものな、もう体力的にも限界だろう。
「起こしてやる、少し眠れ」
 どうせそのうち、内包する光のせいで眠ることすらできなくなる。眠ることを忘れないためにも、今は眠るといい。
 答えはなく、小さな寝息だけが腕の中から聞こえてきた。

――――――――――
2019.10.23.初出

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