物言わぬ英雄は前すら見据えない。

 その英雄を見つけたのは、ムジカ・ユニバーサリの上空に梁のように備え付けられた天井回廊の上だった。まるで人を避けるようにふらふらと覚束ない足取りで歩く英雄は、罪喰いたちの不自然な襲撃とやり合ったことを物語る傷と血で塗れていた。
「おい」
 不機嫌を隠そうともせずエメトセルクは英雄の前に立っていた。英雄はそれすら一瞥せず、ずるりと足を引きずる。
 ぷつりぷつりと聞き取れない声がその喉を震わせている。
 普段の朗らかで…エメトセルクからすれば暢気すぎる様子からは想像もできない姿だった。
 通路の真ん中で仁王立ちするエメトセルクを避けようともせず、ただ前に進むその姿は幽鬼のようで。
「お前…」
 間近に寄ったどこか見知っていたはずのエーテルの色がどこかいびつに歪んでいて。
 手を伸ばして、その額を上向かせる。抗わず上向いたその唇は半開きのまま何かを呟き続け、色素の薄い瞳はどこも見ていなかった。
(…あの程度で、心が壊れたのか?)
 だとすればお前を見誤り過ぎていたと言わざるを得ない…エメトセルクはなおも前に進もうとするその体を見やった。
 光は確かにそこにある…が、それはキタンナを抜けた時とは変わらぬ輝きであった。
 暴走ではない、そう結論づけようとしたエメトセルクの耳に見知った名前が聞こえた。
「……ゼノ、ス……」
 どうしてお前の口から曽孫の名前が、そう問いかける前にその唇が次々と名前を告げていく。聞いたことのある名も、聞いたことのない名もあった。ぷつぷつと途切れ途切れに名を呼ぶ英雄は、エメトセルクの胸元に体当たりをする形で足を止めた。否、前には進もうとしていたが彼の力では到底エメトセルクを押しやることなどできなかったのだ。

(なんだ、これは)

 いびつで、小さく、醜悪なもの。お前だけはそれとは違うと思っていたのに。
「……エメト、セルク……」
 名を呼ばれ、胸に言い様のない憤りが膨れ上がる。罪喰いと同時に屠ったであろう獣の血の匂いが酷く鼻についた。
 最後の名がエメトセルクだったのか、口を閉ざした英雄の足もぴたりと止まった。
「…どうした」
 問いかけるのが正しかったのかはわからない。だがここで大の男が2人立ち尽くしていても仕様のないことだった。

 英雄は何も答えない。

 少し俯き加減な顔の角度ではエメトセルクから表情を伺うこともできない。
「…部屋へ、戻るのか」
 問いかけには小さく体が身動いだ。
「……部屋へ、戻る」
 どこか不自然な声色がエメトセルクの耳に届いて、英雄はまた一歩足を進めようと胸元で蠢いた。相変わらず、前も見ずに。
 半身をずらして道を譲ればずるりとその体が前のめりに崩れそうになる。その首根っこを掴んで体を起こさせる。
(なんなんだ、これは)
 エメトセルクは、それでもなお前に進もうとする英雄にひとつため息をついて付き従うことにした。

+++

 自室としてあてがわれた部屋に入って3歩。
 エメトセルクが後ろ手にドアを閉めながら素早く結界を張ると同時に、英雄はその場に膝から崩れ落ちた。
 そのまま倒れ込むわけでもなく、ぼんやりと座っている。少し俯いたままの目線はやはりどこも見ていない。
「鎧だけでも脱いだらどうかね」
 お節介だ、そう思いながら口に出す。何かがおかしい、だけれどもどこかその姿を知っているような気がしてエメトセルクは入り口横のソファに座りながら英雄を見守った。
「……鎧だけでも、脱ぐ」
 先ほど不自然だと思ったその声に、そういえば聞き覚えがあるぞと、ソルとして生きたあの半生を思い返す。
 この喋り方は、復唱だ。
 緩慢な動きでごとりごとりとその身から鎧が外されていく。片付ける、そんな意識すらきっとないのだろう。
 その姿を眺めながらエメトセルクは脳内で仮定を編み上げていく。
 緩慢な意志の感じられない動き、こちらの言葉に対する復唱と実行、ただ唱え続けた名前。
 光の暴走ではなく、それなのにいびつに歪むそのエーテル。
 律儀にも鎧装束のついたブーツまで脱ぎ去り、黒いシャツとスラックスのみになった英雄はぼんやりと窓を見上げていた。

(…ハイデリンめ)
 ぎり、と歯を食いしばりながら積年の仇敵へ呪詛を投げる。
 きっかけは見えなかったが、これはハイデリンの…〝光の加護〟という名前の呪いだと、エメトセルクはそう断じた。
 おそらく光の戦士が〝迷いなく〟戦場で戦えるようにとその魂に打ち込んだ楔。本人の意思を極力まで排除し、周囲の状況に合わせて復唱し実行するだけの。
(ただの、人形)
 意思が絡めば手加減が生まれる。手加減が生まれればその向こうから死の手触りがやってくる。ごく単純なそのセオリーを呪いをかけることにより排除したのが、おそらく今の英雄の姿。
(だがこれは、果たして生きていると言えるのだろうか)
 いっそ名すら呼べぬほど意思を、自己を潰してしまえば本当の人形になってしまえるのに。
 中途半端に残された意思は、帰り着く場所を求めて名を呼びつづける。縋るように呼ばれ続けた名は、英雄御自ら〝手触りが良い〟と認めたものの名前。残された意思で必死に帰り着く場所を問いかけ続ける様は。
(まるで死に場所を求めているようじゃないか)

 エメトセルクはソファから立ち上がると、英雄の目の前に回り込み腰を落とした。
 見上げていた空が黒い壁に覆われ、そこで初めて英雄は瞳を小さく揺らした。
「なにを、見ていた」
 覆い被さるように視界を、英雄よりも大きな体で塞いでしまえば、彷徨っていたその瞳はゆっくりと閉じられた。
「……なにも」
 どこか底冷えのする声だった。
 感情を極端に排除した声色はエメトセルクの得意とするところではあったが、わざと行うそれに比べてごっそりといろんなものが削ぎ落とされた音からはどんな色も感じられなかった。
 ちらりちらりと覗き見えるハイデリンの呪いの楔が酷くエメトセルクを苛立たせた。
「お前、は」
 何かを言いかけて、エメトセルクは口を噤んだ。一万二千年前の妄執も、今現在の憤りも、どちらもぶつけるべき相手は違うと分かっていたから。
「…僕は、あなたを、知っている」
 不意にかけられた無機質な声色にエメトセルクは眉をひそめた。
 瞳を閉じたまま、その唇が無味乾燥な音を繋げていく。
「…アシエン・エメトセルク」
 開いた瞳は不自然なほど光が滲んでいた。
 エメトセルクは英雄が動き出すよりほんの少し早く、その両の腕を掴んで床に押し倒した。
「その状態から私の人間性を狙って攻撃を仕掛けようとする様は、実に見事だ…ハイデリン」
 ハイデリンそのものが乗り移ったりしているわけではないのはわかっている。だが英雄自身の意思ではないこともエメトセルクには分かっていた。
 両の腕を掴まれながらも、普段の英雄からは考えられないリミッターの解除された力で身をよじる様はいっそ滑稽なほどで。
 暴れる両手をなんとか片手で封じ込め、まず1度目のフィンガースナップ。その両手をまずは縛りあげ床に縫い付ける。
 胸の上にいささか乱暴に腕を下ろしその腹を膝で押さえつける。
「なるほど、これが〝光の加護〟か」
 体の下で暴れる体を押さえつけるための2度目のフィンガースナップ。両の足首と胴体を闇の手で縫い付けた。
「私の闇が膨れたことに反応したか」
 そろりと膝を下ろし英雄の股の間に差し込む。拘束はしているが、相手は削ぎ落とすことに特化した蛮神の使徒である。油断を解くつもりはなかった。
「こうなってしまえば罪喰いとそう大差ないな…それが望みだったか」
 唸るような声を上げて、力任せに身を捩るその体を白金の瞳が見下ろす。
 英雄も人の子だ。なのに何故死地となるであろう戦場へ迷いなく飛び込んでいくのか、これで得心がいった。

 意思を奪い、命令を与え、戦場に解き放ち、力を与える。
(それがお前のやり方か、ハイデリン)
 奪われきらない意思は力に怯え、力は脆弱となった意思ではねじ伏せ切ることもできず、悪循環にのたうちまわる間に戦が終わる。
 ひたりと今一度暴れる英雄のその胸元に己の手を当てる。忌々しいほどの輝きがエメトセルクの肌を刺した。
「これは貴様のものではない…返してもらうぞ」
 英雄の瞳の向こう側、眩いばかりに光を纏ったハイデリンの気配に睨みを利かせる。
 苛立ちを隠さず英雄へ闇のエーテルを注ぎ込む。途端に反属性同士が反発する感触とともにびりびりと電撃のような痛みが走る。
 声にならない声で、抗えない英雄が喉を逸らせて叫ぶ。闇の拘束で自身が傷つくのもお構いなしに身を捩り跳ねるその胸元をさらに強く押さえつける。
 光のその奥、根幹たる魂の核を迷わず見つけ出し、その性急さとは裏腹なまでに優しくエメトセルクのエーテルが包み込んだ。
 大きく跳ねた英雄がそのまま動かなくなる。その瞳に滲んでいた不自然な光がするすると形を潜めていく。
 エメトセルクはエーテルを操作し、ついでとばかりに過剰な大罪喰いの光を対消滅させた。まだ、溢れてしまっては困る。
 エーテルをゆるりと操作しながらその顔を今一度見やる。
 色素の薄い瞳からは光は消え失せその端に玉のような涙が光っていた。半開きの口からはぜいぜいと荒い呼吸が聞こえる。
 とりあえずは落ち着いたか、そう判断してその胸元から手を離す。しゅるりとその体を拘束していた闇の腕を解けば力の抜けた体が床の上に転がった。

「手間をかけさせー…」
 上から下まで油断なく目を走らせたエメトセルクの瞳に表情が戻ってくる。蠱惑的に嗤うその顔を見ているものはいない。
 その視線が英雄の一点を見つめている。エメトセルクの膝の先、英雄の股の間で彼の雄がはち切れそうなほどスラックスの前を押し上げていた。
 生に対する渇望か、反属性の反発による快楽か、なんにせよ英雄は反応しているのである。
 まだ、〝光の加護〟による反動が抜けきっていないのを感情の戻らない瞳から察する。
 エメトセルクは英雄を抱き上げるとそのままベッドへ向かいその上に下ろした。幾分か落ち着いた呼吸が熱を持ち始めているのににやりと嗤う。
「聞こえているか、英雄様」
 見下ろして告げれば熱を持つ呼吸の向こうからか細く聞こえると返答が来る。声に感情が乗っていない様をまだ戻ってこれていないと仮定する。投げ出された指先を手袋の布地で擦り上げればびくりとその手が震えた。
「服も、脱いでしまってはどうかね」
 見定めるように問いかける。
「服を…脱ぐ」
 のろのろと体は起こさないまま英雄の手がスラックスのベルトを外す。ボタンを外しチャックを下ろせばぎちりと音がしそうなほど張り詰めた雄が下着の中で窮屈そうにしているのが見えた。
「下着ごと脱いでしまえ」
 逆らわない、そう踏んで揶揄するように言えば、復唱の後その手が下着ごとスラックスを掴んで躊躇いなく脱ぎ去った。
 顕にされた下肢、その真ん中で英雄の雄がそそり勃っていた。下履きよりは若干もたもたと黒いシャツも脱ぎ去ればバランスの取れた筋肉に覆われた体が現れた。ここまでの冒険で負ったであろう傷痕がうっすらと体のそこかしこで彼の体を彩っている。その傷跡を目で追いながら全身をゆったりと眺める。ミステル族特有の耳はぺたりと寝たままだが、その尻尾は彼の足と足の間でぱたりぱたりと揺れていた。
 次の言葉を待つようにだらりと体を弛緩させ横たわったままの英雄の瞳が、ゆらりと揺れてエメトセルクを見やった。
「なんだ、何か望みでもあるのか」
 ベッドの脇に腰かけ、そっとその頭を撫でて耳を弄んでやる。ぱたた、と耳が震える。
「のぞ、み」
「それとも好きにしてもいいのかね」
 今のお前に抗う心などありはしないと知っているのに、そう口にしてからエメトセルクは苦笑した。
「好きに、していい」
 復唱は無機質で。
「そうか、恨むなよ」

(結局私はお前を捨て切れない)

 手袋を外してひくひくと震える英雄の雄へ手を伸ばす。先走りを指の先に塗り込んでそのまま裏筋をなぞればびくりと腰が跳ねた。
 2度3度裏筋をなぞってからエメトセルクの手が覆い被さるように握り込む。手のひら全体に彼の熱を感じてぞくぞくとした加虐心を心の中に感じる。
 顔を見やれば歯を食いしばり瞳を見開いたまま、自分のなされていることを見つめ続ける英雄の顔があった。無感情だったその顔がほんの少し赤らんで眉根を寄せているのを見やり、ハイデリンの趣味の悪さに舌打ちする。
(中途半端に意識も感情も残すから、そんな縋る目をするようになるんだ)
「声を我慢するな」
「我慢、し、ひっ、あっ!!」
 復唱するその声を遮るように握り込んだ手を上下させれば甘い響きを含んだ声がその喉から上がった。感情とは切り離された快楽を受け取ったままのその嬌声は、エメトセルクの中の押さえ込んでいた闇を今一度引き出すのに十分な熱量をもっていた。
(快楽に狂ってしまえばいい)
 速度を上げてほんの少し握る力を強めれば、限界まで張っていた英雄は呆気なく吐精した。絞り出すような短い嬌声と共に、びゅくびゅくと音を立てるように勢いよく放たれたそれが、彼の腹から胸の間に降り注いだ。
 はっはっと短く呼吸を繰り返すその唇から断続的に甘い嬌声が上がる。まだ、手のひらの中の彼は硬さを保っている。
「一度出した程度では足りぬか」
 先ほどの強引なエーテル操作が原因ではあるが、そもそも罪喰いの襲撃に対応した直後でもある。ほぼ無感情といえども命のやり取りに生存本能が強く働いても、なんらおかしくはないのだ。
「…足り、ない」
「おぉ、そうかそうか。素直で助かるぞ」
 そういう意味ではないだろう復唱を、都合よく受け取ることにする。握りこんだ手のひらの中で跳ねる熱をゆるゆると上下にかいてやればひっと息を飲み込んで体が強張った。
「力を抜いておけ」
 ゆるりと緩慢に撫で上げながら告げれば、復唱しながら徐々に体から力が抜けていく。
 膝の下に手を入れ膝を立たせる。腹の上の精液を指ですくい上げ、尻のあわいの奥へ塗り込んでいく。びくりと一度跳ねた体がゆるりと力を抜いて行くのを目を細めて眺める。
 じくりとその奥底へ指を沈めていけば圧迫感はあるものの拒否感は見られなかった。
 反対の手でゆるゆると彼自身を握り上下に撫で上げれば切なげな声がその口から聞こえてくる。その瞳は未だに自身の下肢を見つめそこから目が離せないようだった。
「なるほど、はじめてではないか」
 戦場で〝こうなって〟しまっている以上、そういったこともあっただろうことは容易に想像できた。果たしてその最後がいつだったのかまでは知る由もないが…エメトセルクの指を飲み込んでいくその場所はすぐになじみ柔らかくその指を包み込んでいた。するりとエメトセルクの腕に手触りのいい彼の尻尾が巻き付いた。
 指を増やしても抵抗はない。ただ甘い喘ぎ声がその口から絶え間なくあがるだけだった。容易く三本の指を飲み込んだその場所はもっとと強請るように内壁を蠢かせる。
 よくよく解れたそこから指を引き抜き彼自身からも手を離す。ふ、と短く息を吐いたその顔をよくよく眺める。生理的な涙を浮かべた瞳がぼんやりと視線を彷徨わせる。赤らんだ頬と薄く開いたままの唇が煽情的だった。
 彷徨った視線はそのまま自身の下肢を眺め、エメトセルクを見やる。やり場のない熱を孕んだ瞳がゆらりと揺れる。

 緩慢に英雄はその体を起こす。ゆらりゆらりと揺れながら這うような体勢でベッド端まで移動すると、英雄はエメトセルクの前に落ちた。降りたのではない、落ちたのだ。
 何をしているのだ、そう声をかける前に体を起こした英雄はその手をエメトセルクに伸ばしてきた。
 傅いて腕を伸ばしエメトセルクの服を脱がそうとするさまに、あぁと納得がいった。どこで覚えさせられたか知らないが、エオルゼアの蛮族どもの中にもずいぶん下世話なものがいるのだなと鼻で嗤う。脱がし方がわからないという根本においてもたもたとした手つきではあるが、脱がすという行為に対する躊躇がない様はそれが幾度となく行われた行為なのだと納得させるだけの根拠を持っていた。
 だいぶ手間取って分厚いコートの前を開くことに成功した英雄は震える手で脱がせてくる。すっかり耳が寝て尻尾もぺしょりと床を撫でているところを見るに時間がかかったら暴力を振るわれることもあったのかもしれないな、と予測を立てる。試しに、とその頭に手を伸ばせばあからさまに縮こまった。
 折角致すというのに相手を恐怖で屈服させて主導権を握ろうとするなどさすがなりそこないだな、と別の意味で感心する。
 伸ばしていた腕をその頭の上に置いて二度撫でてから伏せられた耳を柔らかく弄ぶ。
 恐怖による屈服からの性行為で気持ちよくなれるような精神はあいにくと持ち合わせていない、エメトセルクは自身の心根の非情になりきれない部分に苦笑いをこぼす。
 コートを脱がせきりズボンのベルトをやはりもたもたと外すと、英雄はエメトセルクの雄を引き出しそこに指を這わせた。
 相手を揺さぶる行為で少なからず勃ち上がりかけていたそれに、躊躇なく唇を寄せて咥え込んでいく。ミステル族特有のざらりとした舌の感触がエメトセルクを包むように舐め上げた。
 否応なしに反応する自身に、肉体の枷からは逃げられないなと独り言ちながら、その耳をこりこりと弄ぶ。
 勃ち上がっていくエメトセルク自身を懸命に口に含みながら、徐々に大きくなるそれに英雄の喉がえづきはじめるのを感じる。ガレアン人の中では小さい体躯と言えるエメトセルクではあるが、それでも英雄とはずいぶんと体格差がある。その体躯に見合ったサイズの雄である、咥えきれず喉の奥に届いてしまうのも致し方ないだろう。
 その耳を少し引っ張り顔を離させる。名残惜し気に舌を出し唇を離すその頬を両手で包み立ち上がらせる。そのままベッドの上に寝るように促せば素直に従った。

 どこか、伏し目がちな瞳が時折色を取り戻しているのを感じる。意識の覚醒は近いのかもしれない。
「ここから」
 尻のあわいに触れないように距離を保ちながら指し示せば英雄の視線がそれを追う。
「この奥へ、欲しいのだろう?」
 腹の上を伝い臍のあたりをトンと叩く。それを追いかけていた視線が止まり、尻尾がふるりと揺れる。
「……ほし、い」
「そうか」
 2人で寝るには少し狭いベッドの上に膝を沈める。その膝の間に体を動かし尻の下に手を添えて軽く浮かせる。ひたりとエメトセルク自身を尻のあわいのその奥へ狙いを定めるように当てれば、期待に震える尻尾がエメトセルクの太ももを撫でた。
「おうおう、愛らしいおねだりだな。…悪くないぞ」
 その尻をやんわりと揉みながら開き、一息置いてぐっと腰を進める。
「っひ……あ、あぁぁっ!!」
 ぶわりと瞳に涙が浮かびぱたぱたとこぼれ落ちていく。柔らかく解れていたそこはエメトセルクを受け入れたがぎちりと強く締め上げた。太ももをなぞっていた尻尾は大きく毛を逆立たせ膨れ上がる。
「…っく……力を、抜け…っ」
「っ…ふ……う、あぁ…!!」
 体格差はやはり如何ともしがたく、その隘路はエメトセルクの先端を受け入れただけで他の何も入る隙間のないほどに狭かった。元々がそう言った行為のためにできている場所ではないのである。例え今まで何度か犯され行為自体に慣れていたと言えども、その大きさにはどうすることもできないのだろう。
 見開いた瞳から落ちる涙はぱたりぱたりと絶え間なく、しかしその涙が痛みからくるものだけではないことは、喉を震わす声から艶と色が失われていないことから理解できた。
 必死に呼吸を整えて体から息を抜こうとする様はいじらしくもあり。徐々に圧の抜けるそれに合わせて腰を進めていく。
 短くなる吐息により一層の艶が出てくる。ぐいと押し付けるように半分ほどを埋め込んだところで組み敷いた体が大きく跳ねた。
「あっ、あぁっ、あっ、あっ!!」
 断続的になる嬌声が英雄の性感帯を探し当てたのだと告げていた。
「ここ、か」
 膝裏に手を添えてさらに腰を浮かせると、エメトセルクはその場所を確認するように何度も自身の先端で刺激した。
 英雄とエメトセルクの腹の間で、英雄の雄がびくびくと硬さを増していく。それを感じながら、一度腰を大きめに引いてエメトセルクは自身をその最奥まで一気に押し進めた。
「ーーーーっ!!!!」
 大きく体が反り声にならなかった嬌声が息だけを吐き出していく。性感帯を押しつけるようにその最奥を突かれた英雄の雄から2度目の吐精がなされた。先程よりは勢いの落ちたそれは英雄の腹の上にとくとくと精を吐き出していく。
 いやいやとかぶりを振るその様子を歯牙にかけず、エメトセルクは揺するように最奥を刺激する。そのたびに狭い隘路がエメトセルク自身を甘く締め付けた。
「…私を、はじめてですべて飲み込んだのはお前が始めてだ」
 その顔に愉悦を張り付けて、エメトセルクは嗤った。自身の下で快楽に喘ぐその体が、見知ったその魂が震えるのが楽しくて仕方なかった。
 びくりびくりと跳ねていた体から徐々に余分な力が抜けていく。見開いていた瞳が彷徨って、彷徨って、色がつく。

「……っ? …ぅ、あ…?あっ、あぁっ!?」
 どこか無機質だった嬌声に感情が灯る。彷徨っていた視線はエメトセルクの白金の瞳を怯えた色を宿し見つめていた。
「お戻りかね、英雄様」
「っあ、エメ、トセル…っひ…!!」
 最奥を軽く押しやれば喉を詰めるように息が締まる。自由な彼の両手がエメトセルクを押しやろうとその胸元を突っぱねるが、揺らすように与えられる快楽に耐え切れずそのシャツを掴んだ。
「やだっ、やっ、なんで、オレ……エメト…っ!!」
 最奥を揺さぶられ、その太いエメトセルク自身で性感帯を押され、困惑に揺れ拒絶の声を上げるその意識とは裏腹に、英雄の隘路は甘い律動をもってそれを受け入れていた。
「覚えてない、のか」
 大きめに腰を引いて勢いをつけて戻せば、その喉を嬌声が震わせる。奥へ、もっと奥へと隘路の壁は蠢いている。
「なんでっ、エメ…っやめ、だめ、だ…っ!」
「離さんのはお前なんだが…」
 エメトセルクの雄は的確に英雄の気持ちがいい場所だけを責めてくる。快感でぐちゃぐちゃになる頭の中をなんとかしたいとかぶりを振って、それから逃げようとする英雄の腰を押さえつけるように抽送を早めていく。
「あぁっ! だめ、やめっ…!」
「こんなにどろどろになっておきながら、説得力のかけらもないな」
 エメトセルクの視線が下へ。それを追うように視線を下げた英雄が目を見開く。
 彼の腹の上は吐き出された精でどろどろになっていた。今もまだ、彼の先端からは断続的にごぽりと音を立てながら精を吐き出し続けている。
「どこで調教されたのかは知らんが…ずいぶんと酷い有様だな」
「あ、あぁぁ…うそ、うそだ…っあ、や、うごかなっ…!!」
 困惑の色が絶望に変わりかけたところで、気持ちいいところだけを擦り上げるように腰を動かしてその色を強制的に快楽に染め上げる。
(まだ、絶望に沈むには早すぎる)
 探るように腰を蠢かしながら、エメトセルクはその伏せられた耳へ囁きかける。
「どだいお前はもう戻れないんだ、感じておいたほうが損はないぞ」
 囁きは蠱惑的で、全てを手放してそこにいるべきなのではと思わせる甘い音色で。揺さぶりをかけるように抽送の角度を深くしていく。
「そら、この〝手触り〟はどうだ」
 その背を反らせるように角度をつけ、突きあげながらエメトセルクは嗤った。嗤いながら、尋ねた。
「っひ…あっ、やめ、なに…っ!?」
 尋ねられた言葉に意識を引っ張られてその体が大きく跳ねる。
「お前の好きな〝手触り〟だろ」
 腰を抑えつけた手を浮かせてその耳を撫でてからその瞳の上に手を置く。視界を塞いで今一度その耳元で低く囁く。

「この〝手触り〟は良いか?」

 英雄の体が大きく跳ねる。視界を塞がれたことによる不安定さを補って余りあるほどの快楽がその身の内を走り抜けていく。
「っう、あ、あぁっ、ああぁっ!!」
 薄れた意識でなお追い求めた〝手触りの良い〟場所。最後の最後に呼んだ名前。それが今その身の内までも侵してそこにある。
 呼応するようにエメトセルクを受け入れていた隘路は強く彼を締め付ける。〝手触り〟を確かめるように。
「そうか、〝良い〟か」
 その視界を覆う手をどかし、視線を交わらせる。その色素の薄い瞳がゆらりと揺れて色に沈んでいく。
 隘路の締め付けは強すぎず弱すぎず、より奥で感じるために必要なだけの圧をエメトセルクに与え続ける。
 腰を掴み直したエメトセルクは追い上げるように抽送の速度を上げていく。
 縋りつくように英雄の手がより強くエメトセルクのシャツを掴んだ。与えられる快楽に、戻れないと覚悟を決めるように。
「っひ、あっ、あぁっ、あっ…!」
 ぶるりと英雄の体が震える。その耳がぴんと立ち尻尾も伸びる。
「…っ飲み、込めっ」
 とどめとばかりにエメトセルクは大きく英雄の中を穿ちその最奥に自身の精を吐き出した。声すら出せぬまま英雄も大きくその身体を反らせて飲み込んだままのエメトセルクを強く強く締め付けた。英雄の先端からはもう精は出ず、ただその強い締め付けが彼が快楽に身を沈めたことを指し示していた。
 最奥に塗りこむように腰を揺らしたエメトセルクは、そのまま抽送を再開する。
 驚いたようにエメトセルクを見上げる英雄に、にやりと口の端を釣り上げてエメトセルクが嗤う。
「この程度で終わると思うなよ、英雄様」

+++

 あの後何度果て何度果てさせたのか。数える事も億劫になったころ、エメトセルクはようやく英雄の体からその身を離した。
 整えられていたシーツは互いの精でどろどろになり、その上に体を投げ出した英雄も涙と汗と唾液でぐちゃぐちゃになっている。
 億劫そうに体を浮かせて全体を見やったエメトセルクは指をぱちりと鳴らした。途端に英雄の下敷きになっていたシーツはぱりっとした真新しいものに、英雄自身の身も先程までどろどろになるまで睦合っていたとは思えないほど綺麗になっていた。
 自身のシャツとズボンも糊のきいたものに変えて、エメトセルクはベッドの淵に腰かけてまだ荒い息を繰り返す英雄を見下ろした。
(あぁ…疲れた)
 ただ、酷く疲れた。それが行為全てを終えたエメトセルクの感想だった。抱いたことに対する感想でも、行為そのものに対する感想でもなく、ただ終わったという事実のみに感想を抱く自身にどこまでも自分本位だなと苦笑を漏らす。
「……せめて、内側も」
 まだ身のうちに残るエメトセルクの精を溢れさせないように体を横寝動かしながら、掠れた声が異議を訴えてきた。
「私がそこまでする義理もない」
「そう、だな」
 大きく息を吐き出しながら呟く英雄はエメトセルクを見ないように視線をずらした。
「なんだ、この期に及んで感傷でも湧いたか」
 その前髪を払おうと伸ばしたエメトセルクの手は、やんわりと英雄の手に阻まれた。
「中途半端に、優しく、するな」
 感情を排除しようと吐き出した言葉は震えている。非情になりきれないその様にエメトセルクは苦笑した。
 一度肩を竦めてから、再度その額に手を伸ばす。今度は阻まれることなく、エメトセルクの指が英雄の額に汗で張り付いた前髪を払った。
「それで」
 言葉を重ねるエメトセルクの声はどこか笑いを含みながらも揶揄するでもなく優しかった。
「〝手触り〟は間違ってなかったかね」
 問われた言葉を自身のうちに飲み込んで、英雄は大きく溜息を吐いた。
「残念ながら、間違ってなかったよ」
 額を撫で続けるエメトセルクの手を払うように自身の手を動かし、そのまま自身の視界を塞いだ。
「それは僥倖」
「どこがだ」
 くつくつと喉の奥で笑いながらエメトセルクはさらに言葉を続ける。
「どうせ、全部覚えてるんだろ」
「…なんだよ、わかってるなら聞くなよ」
「確認だ確認。お前たちの計画を邪魔はしないが、それの遂行に痂疲があったら困るのでね」
 悪びれる様子の全くないエメトセルクに、英雄は今一度大きくため息を吐いた。
「忘れてくれ…って言っても、忘れないだろ、エメトセルクは」
「おぉ、理解が早くて助かるね」
 その視界を覆った手をどかせて視線を交わらせる。色素の薄い瞳に、白金の色が映る。
「呼べ」
 自分ならなんとかできるという自負。エメトセルクはおどけず笑わずその瞳を見据えて一言告げた。
 英雄は鼻をくしゃりと歪めてそれには答えずに目を背けた。伏せた耳の震えと少し上機嫌にぱたりと揺れた尻尾が肯定を告げていた。

――――――――――
2019.10.28.初出

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