人の身というのは現金なもので、山積みだった懸念材料にさえ目を向けなければ熱も上がらず体だけは復調していく。
 目を向けなければ、は正しくない。正確には、向ける余裕がないのだ。

「は、ハーデス、さん」
「なんだ」
「ち、かい、です」

 あの夜から、ハーデスの距離が、近い。
 彼のことは嫌いではない、むしろ好きだ。でも、僕はそれを伝える気はない。

(だって、僕はまだ僕を嫌いなままだ)

 自分のことが嫌いなままで、どうして他人のことを好きなど言えようか。それは、相手に対する冒涜だ。

(それに、ただ弱っていた僕を見てそう思っているだけかもしれない)

 ハーデスのように綺麗な人には、もっと似合いの人がいるのではないか。僕が側に居るせいでそういった出会いすら奪っているのではないか。

「お仕事、しないと」
「してるぞ、今」

 隣に座った僕の腰を抱いたまま、もう片方の手で器用にノートパソコンのキーボードを打つ様は見事ではあるけれど。
 時折腰をさわりと撫でたり、髪や耳に口付けを落としてくるのは、真面目に仕事をしていると言っていいのだろうか。

「仕入れ先への連絡は終わったのか」
「さ、酒屋と不動産屋ぐらい、ですから」
「いい子だ」

 お願いだから、そう言いながら腰のあたりをさわさわするのはやめてほしい。心臓に、悪い。
 改めて冷静になって現状を見直しても、どうしてこうなっているのかがわからない。
 憧れの作家の家で、治るまで帰さないと言われ、好きだと告げられた。本当に、どうしてこうなった。
 考え込むように黙ると、彼の手がまたさわりと動く。どうも、考えさせたくないらしいことだけはわかるのだが…。

「は、ハーデス、さん、ご飯、ご飯作りますから」
「…ん? もうそんな時間か?」

 揃って壁にかかった時計を見上げる。時刻は昼の12時18分。ちょうどお昼時だ。

「んー、もう少し」
「だ、ダメです。ご飯食べましょう?」

 さわさわと弄る手が時折際どいラインを撫でていく。それにぞわりと体が反応してしまう。彼はきっとそんなこと考えてすらいないのに。

「…作る?」

 ふと、気付いたように呟いてハーデスの目がこちらを見た。

「冷蔵庫の中、使ってよければ作りますよ」
「あぁ…むしろなにかあったか…?」

 ぱたりとノートパソコンを閉じてハーデスが立ち上がる。僕の腰は、掴んだまま。

「あっ、わっ、まって、まって」

 変な体勢で歩き出した彼に引きずられる。体格差があるのもそうだが、力の差が歴然としていて同じ男として少し情けなくなる。

(とはいえ、この年齢で成長の見込みなどない)

 動物は深い傷を負うとその部位の治療に専念するために成長が止まることがある。僕はまさにそれだ。襲われたあの時から、体の成長を放棄していた。成長期らしい成長をしないままいい歳になってしまったのだ、おそらく一生この小さな体で生きていくことになるだろう。
 片手で器用に冷蔵庫を開け閉めして、ハーデスがうーんと唸っている。

「ろくなものがないな」
「えぇ…あ、でも冷凍のうどんあるじゃないですか」

 ちょうど冷凍庫を開けていたので覗き込めば冷凍のうどん玉がふたつ転がっていた。

「僕もまだちゃんと食べれるかわかりませんし…おうどんにしましょう?」
「おうどん」

 反芻してハーデスが笑い出す。な、何がそんなにおかしいのだろうか。

「じゃあ、光に任せていいか? 好きに使って構わないから」

 まだ笑いながらようやく腰から手を離される。

「は、はい」

 改めて僕は冷蔵庫に向き直る。冷凍のうどん玉に、やはり冷凍の鶏肉、野菜室には妙なサイズの長ネギが一本と4分の1の白菜。一人暮らしといえどもそれなりに調理をしている、という印象の冷蔵庫の中身だ。

「鍋と、まな板と、包丁と、あとなんだ」
「大体どこに何が教えてもらえればやりますよ…お仕事、してください」

 ハーデスが肩を竦めて、調味料とどんぶりの置き場所を指し示す。

「わからなかったら聞いてくれ」
「はい」

 渋々といった様子で、離れようとするハーデスが僕の頬にキスをする。あぁ、ほんと、なんでこんな距離が近いのだ。
 頬を押さえながら真っ赤になって目を丸くすれば、ハーデスが柔らかく微笑んでから離れていく。
 僕はなんともいえない表情でうどんを作るしかなかった。

 ハーデスの方に少し多めにうどんをよそって2人で食べた。やはりというか案の定というか、お腹は空いてはいるのだが胃が受け付けてくれない。

「食事らしい食事できてなかったしな…」

 それでも久々の固形物は充足感を与えてくれた。
 胃に物が入れば気力もほんの少し上向く。
 あまり動き回るな、とハーデスの声を背中に聞きながら洗濯の終わった自分の服を畳んでバッグに仕舞っていく。
 ひととおり仕舞い込んで大きく息を吐く。
 ハーデスはリビング、僕は寝室。ベッドの縁に腰掛ける気にもならず、床に座り込んだままぼんやりと思考を巡らす。
 ひかりのことも、ハーデスのことも、自分のことも、考えなければいけないことが沢山ある。

(広い部屋だなぁ)

 自分の部屋よりも広い寝室。あちこち触れてはいけない、と見渡すこともしていなかった。
 住む世界が違う。気にかけてもらえるのはありがたいが、そのたびにぐるぐると鳩尾あたりに違和感を感じる。彼と僕の差が、僕の視線を下向かせる。
 惨めとか憐れとかそんな気持ちとも違う感覚に、眉を潜めながら息を吐き出す。
 彼を好きでいなくていい理由を探しているのを理解している。
 ハーデスは優しい。きっと僕が手を伸ばせば躊躇いなく掴んでくれるだろう。でも、それはダメだ。

(こんなに、僕は汚い)

 綺麗なものに近づいていいなんて、思わない。この体は汚くて、この心だって壊れかけだ。閉じた記憶の扉が、きっとまた彼に迷惑をかける。耳の奥にこびりついた声はまだ消えないのだから。

(大丈夫、きっと気の迷いだ。彼ももっとふさわしい人を見つける)

 好きだという思いを伝えないままの方がいい。週末まで待って、ここを出て、元の関係に戻ればいい。バーのマスターとたまにくる素敵なお客様、それだけで十分じゃないか。
 今だけ、このぬくもりは今だけ。ここを出たら、それでおしまい。
 そっと自分の腹に手を当てる。熱で魘される間にも何度も繰り返したのか、傷が増えていた。ハーデスはきっと気付いてる。気付いていて、見ないふりをしてくれている。
 もう一度大きく息を吐き出す。しんとした部屋には僕の呼吸音しかない。

(ひかりのことも、考えないといけない)

 週末に来ると言っていた。おそらくもう一度話すために。
 弱い自分を見られてしまった。拒絶する自分を見られてしまった。兄として、ひかりには見せてこなかった姿だ。幻滅されたかもしれない。

(あぁでも今更か。あの子は知っていたのだから)

 知りながら、僕を兄と慕うふりをしていたのかと思うと笑いさえ溢れてくる。滑稽じゃないか。
 ひかりのことは今でも大切だ。でもそれが妹としてなのか娘としてなのか、僕には判別がつかない。

(庇護対象、という意味ではどちらにもそう大差はないけれど)

 戸籍上は両親の娘だ。そこには何の疑念もない。むしろ激昂した父に母もろとも追い出されて露頭に迷わず済んだという点では、感謝しかない。
 ひかりとの関係性をどうすればいいのかは、まだわからない。なかったことにはできない、それだけがじくじくと痛みを伴う。こんな有様で彼女と向き合うことができるのか、それすらわからない。

(いっそ会わない方がいいのでは)

 そう思うものの、たぶんそれは許されない。そうなったらひかりも、ハーデスも、ヒュトロダエウスも僕を追い込むだろう。

(いっそそうして見捨てられた方が楽かもしれない)

 あぁ、下向きな感情だ。わかっている。でもどうしようもない。
 前を向いて日の光の中を歩くなんて、今さらできやしないんだから。

+++

 静かだと思ったら、寝てる。
 寝るのはいい。だが、寝る場所が問題だ。

「あと少し動こうと思わなかったのかね…」

 自分のカバンを抱え込むように小さく丸くなって光は眠っている。そう、床の上で。
 その肩をとんとんと叩いてみる。返事がない。
 急に動いたから熱がぶり返したか、そう思って首筋に触れてみるもその様子はない。

(単純に電池切れか?)

 その体の下に腕を入れてまずは体を起こす。くたりと弛緩した体が腕に体重を預けてくる。少し眉間にシワが寄っているが、寝顔は穏やかだ。
 そっと抱き上げてベッドの上に横たわらせる。下ろす瞬間に光から自分と同じ香りがして、欲が顔を覗かせかける。

(もっと、私で染め上げたい)

 際限なく湧き上がりかける欲を抑え込む。それは彼のためにならない。

(あぁでも、少しだけ)

 そっと額と額を合わせる。熱はなさそうだ。彼の中で整理がついたのか…目を背けたのか、週末にはあの部屋へ帰してやれそうだ。暖房器具すらない部屋に帰したくないのが本音だが。
 頬を撫でて、額に口付けを落とす。額、瞼、耳と動いて耳の横でリップ音を立てる。ぴくりとその体が跳ねたのを見てから頬に口付ける。頬、鼻頭、唇にはまず舌を這わせる。むにむにと唇が蠢くのを見てから唇を合わせる。2度、3度、4度目を落とす前に光の口から呻き声が上がる。

「…んぅ…?」

 ぼんやりと開きかけの瞳を見ながら、4度目を落として閉じた唇の合わせ目を舌でなぞる。くすぐったさから開いた唇の中に舌を入れ歯列をなぞれば、びくりと光が跳ねて私の胸を押してくる。

「起きたか」

 少しだけ唇を離して小さく呟けば顔を真っ赤にして光がこちらを見ている。
 胸元を押していた手を唇に当てて震える様は小さな動物のようだ。
 指先で髪を撫でればびくりと震える。これは、拒絶の震えではない。
 唇を覆う指に私の指を絡ませれば震えたあと私の動きに付き従う。シーツの上に縫い付けてしまえば征服欲がほんの少し満たされる。

「ハーデス、さん」

 名前と敬称の間の独特のテンポ。息を飲むようなその間が好きだ。

「うん?」

 次を促しながら頬に口付けを落とす。落とすたびにびくりと震え瞳を閉じる様が愛らしい。

「お仕事、は」
「終わった」

 終わった上に静かになってたから来たのだ。まさか床で丸くなってるとは思わなかったが。

「床で寝るのはやめてくれ」
「ね、寝てない、です」
「ほぅ?」

 かぷりと耳を甘噛みしてやれば、小さく声が上がって震える。

「キスをするまで起きなかったのに?」

 耳元で低く囁けば、震えた体が縮こまるようにもぞりと動く。

「そ、そこで、しゃべらない、で」
「耳は弱いのか」
「ひぁっ」

 あぁ、欲が溢れる。満ちていく。震える体に無体を働きたいわけではないのに、その跳ねる様をもっと見たくなる。
 あまりやって怯えられるのも、となんとか欲をねじ伏せてもう一度耳にリップ音を落として顔を離す。

「どう、して」
「君が好きだから」

 淀みなく答えれば視線が彷徨う。そんなはずはない、その態度が私を拒絶する理由を探している。

「何度でも、言うさ。君が答えをくれるまで」

 あぁ、追い込んでるのは私だ。山積みの問題を全部脇に追いやって、こちらだけを見てと駄々をこねているのだから。
 光が答えられないのも知っている。答えを出さないまま、流してしまおうとしているのも。

「急ぎはしない、気は長い方だからね」

 頬に口付けを落としながら呟けば恥ずかしそうに震える。
 嘘だ。気が長いはずがない。今だってこの欲を自制するのに必死なのに。
 ぱくぱくとなにかを告げようと唇が動いて、恥ずかし気に閉じる。
 全身を震わせて縮こまらせる様を目を細めて見つめる。愛らしい。
 シーツに縫い付けていた腕を離して上から見下ろす。

「少し眠るか? それとも…」
「ね、ねま、す」

 言い切る前に光がごそごそと布団へと潜り込む。掛け布団で口を覆うように隠してこちらを見ている。

「おやすみ」

 その額に口付けを落とせば、赤い顔がさらに赤らんだ。

+++

 慌しくも日々は過ぎていくわけで。
 リビングで向かい合ったまま視線を合わせることすらできず僕とひかりは固まっていた。

「うーん、ダメか」
「ダメだな」

 横あいからのほほんとした声で告げるのはヒュトロダエウスとハーデス。

「やっぱりワタシたちちょっと席外そうか」
「そうだな」

 ギクシャクとしたままソファに促され、お茶とお茶菓子まで用意されて、ごゆっくりと2人は去っていく。僕とひかりはその後ろ姿を同じように困った顔をして見送るしかない。
居心地悪くお茶を啜る。
 話さないと、とは思っていたがいざ対峙しても何を話すべきなのかさっぱりわからない。
 謝罪も、糾弾も、全てが的外れで。

「…熱は?」

 言葉を先に発したのはひかりだった。

「う、うん…もう、だいぶいいよ」

 まだ視線を合わせることはできない。逸らしたまま、僕は瞳を閉じた。
 どちらにせよ、咎められるべきは僕で、去るべきなのも僕だ。

「この間は…すまなかったね」

 するりと飛び出した謝罪の言葉は、少しトゲを含んでいる。

「君を拒絶するだなんて、僕らしくない」
「兄さん」
「僕はもう、兄ではないよ」

 そうだ、僕は兄ではない。親にもなれない。

「君の親でもない…僕らは他人だ」
「兄さん」

 お願いだ、そう呼ばないでくれ。君に知られたあの時から、僕はもう何者にもなれないのだから。

「もう、店に来るのもやめなさい」

 そもそも、一人暮らしの男の部屋に年頃の女の子が来てる時点で間違いだったのだ。たとえ、夜の間僕が部屋に居なくても。

「嫌よ」

 きっぱりと、ひかりは言い切った。

「兄さん、ちゃんとこっちを見て」

 ひとつ息を吐き出して瞳を開きゆっくりとその顔を見つめる。
 意思の強い瞳だ。あぁ、ハーデスも言っていた。この子は強い。

「私にとっては、なにがあっても兄さんは兄さんよ」

 凛とした声。あぁ、気の弱い僕に似ないでよかった。

「なら、どうして」

 どうして、ひかりは僕に告げたのだろう。僕が僕のままだというのなら、告げる必要もなかっただろうに。

「私はもう、守られるだけの子供じゃないから」
「まだ未成年なのに?」
「すぐに20歳よ」

 あぁ、そうだね。時の流れはいつも早くて、僕はそれに乗れないままだ。時間は、僕を置いていく。

「それに、兄さん好きな人できたでしょ?」
「……はい?」

 急に言われた言葉に、今度こそはっきりとひかりの顔を見る羽目になる。いま、なんて、言った?

「私はもう大丈夫だから、兄さんは兄さんのために生きていいんだよ」
「いや、うん…違う、そうじゃなくて」

 あぁ、情けない顔をしている自覚がある。だが、うん、これは僕が悪いのか…?

「誰が、好きな、人?」
「兄さんが、好きな、人」

 じぃっとこちらを見つめるその顔をただただ見つめ返す。

「兄さん? にいさーん?」

 目の前でぱたぱたと手を振られる。いやうん、ほんと、まって?

「……へ?」
「兄さん、そんな顔されるとこっちも困るんだけど…」
「いやだって、なんで?」

 思い当たる人は一人しかいない。いないのだが、それをはっきりと自覚したのは旅行から帰ってきてからなわけで…。

「…まって、ほんと、まって…」

 ひかりの前でこんなに動揺したことがあっただろうか、それほどまでに視線を彷徨わせて彼女と目が合わせられない。

「…ひかりは、誰だか、わかるの…?」
「ハーデスさんでしょ? ついでに言うと、はじめて会った日よりも前にわかってたよ」
「嘘でしょ…」

 頭を抱えるしかない。もういろんなことがキャパシティを超えていく。ここ数日で僕の世界がすごい勢いで塗り替えられていく。

「はじめて私に話してくれた日のこと覚えてる? すごく瞳の綺麗なお客さんが来たんだよって」

 そんな話をしただろうか、したのかもしれない。はじめて見た時から、あの金糸雀色の瞳が綺麗だと思っていたから。

「兄さん、今まで自分の話とかしてくれなかったから、凄い嬉しかったんだ」
「…うそ」
「え、やだ。無意識?」

 そんなはずはない、尋ねられれば答えていたはず。口元を覆ってしまった僕を見てひかりが苦笑いする。

「お店どう? って聞いても、うん、しか言ってくれなかったじゃない」
「…ほんとに?」
「嘘ついても良いことないじゃない?」

 そうだけど、そうではあるのだけれど。

「うん、兄さんがすごく自分を大事にしてないんだなってことがよくわかった」

 きっぱりと言いきられて、眉根を寄せるしかない。そんなことない、と言い切れないのはわかっていたから。

「だから、がんばってね」
「うん…うん? いや、なにが」
「兄さんには幸せになってほしいから」
「十分、幸せ、だけど…」

 僕の返答に、納得いかないとひかりがむくれる。十分に満たされているし、これ以上望むなんて罰が当たる。だいたい、ひかりは何かを勘違いしている。

「…伝える気、ないんだけど…」
「…え?」
「いや、うん、なんでそんなに驚くの…」

 話の方向性がおかしなことになっている。そもそも、そういう話をするためにここに居るわけではなかったような…。

「なんで伝えないの?」

 あぁ、これが若さなのかな。怖いものがないってすごい。

「…憧れだけで、いい」

 どうしてこんな話をしているのだろう。頭の中がぐるぐると揺れる。そもそもここは気持ち悪いとか罵倒されるべきシーンではないのだろうか…。

「僕には、手が届かないものだから」

 そうだ、彼は僕には手が届かない。彼だけではない、なにもかもが僕には手が届かない遠いものなのだ。
 視線を外して膝を抱え込めば、ひかりが覗き込んでくる。外せばそちらにまた外せばこちらにと顔を傾けるひかりにため息をついて諦める。

「喜ぶと思うよ、ハーデスさん」
「…そうかもね」
「じゃあ」
「うん、伝えない」

 納得していない顔をされても困る。答えをくれるまで待つと言ってくれたハーデスにも悪いけど、伝える気はないのだ。

「彼にも、伝える気がないと言うよ」
「兄さん…」
「そんな顔しないで…そもそも、こんな話をするつもりでもなかったし…」

 そうだ、そもそもこんな会話をするためにわざわざハーデスの家を借りる形で会っているわけではないのだ。

「…うん、遊びに来るのは止めないけど、もう泊まりに来るのはやめなさい」
「いやですー」
「ひかり」
「兄さんがね、好きな人と一緒に居たいから会えないって言うなら私も諦めたよ。でも、そうじゃないじゃん」

 それを理由にされても困るのだが。

「…どうしてそんな、僕を」

 ハーデスと、付き合わせたがるのか。恥ずかしくて後半は言えなかったけど、ひかりは察してくれたようだった。

「そういう話が兄さんとしたいから」
「浮いた話なんてないのに?」
「あるじゃない、ハーデスさんと」

 ため息を落とすことしかできない。わくわくと瞳を輝かせるひかりに、ふと疑問がわく。

「…ひかり、もしかして、好きな人できたの?」
「あ、そういうのはわかるんだ?」

 さすがにわかると言いたい気持ちと、そんなにわからないと思われているのかという情けない気持ちが綯い交ぜになる。

「今までの兄さんに言うと怒られそうだったし」
「ひかりの中で、僕はどんな存在だったの…?」
「頑固なお兄ちゃん」

 そんなに頑固だっただろうか。頭を抱えると同時にどうしてこうなったのかという気持ちが強くなっていく。どれだけ話を戻そうとしても会話がここへと戻っていく。

「だったら、余計に僕のところにくるのはやめなさい」
「なんでさ」
「…好きな人に申し訳ないと思わないのかい」

 親でも兄でもない宙ぶらりんな関係の男の家に泊まりに行くだなんて。

「だって、兄さんのこと知ってる人だもの」
「…知ってる、人?」

 誰だろう、と脳内を探ろうとしてやめた。そういう下世話なことしてはいけない。彼女のその気持ちは僕が侵していいものではない。

「そうか、うん、僕はそれ以上聞かない」
「なんでー」
「それは、ひかりの中で大切にするものだから」

 この話はここで終わり、そう区切りをつけるために立ち上がろうとした僕をひかりの手が制する。

「兄さんは私のせいでそういうことを話したくないの?」
「ひかりのせいではないよ…」

 どちらかといえば、僕一人の問題だ。誰のせいでもない。

「元々、得意じゃないんだ…そういったことが」

 僕の服を掴もうと伸ばされた手をほんの少し震える手で下ろさせる。どうしても、触れることが怖い。ひかりを、汚してしまいそうで。

「…母さんのせい?」
「う…ん…どうだろ、そもそもあってもなくても人と触れあって生きてきたわけじゃないから…」

 そもそも物心つく前からこの目のせいで疎まれていたのだ。人と触れ合うことがどうしてできようか。

「とにかく、この話はここまで。いいね?」

 正直、ここまでの情報量が多すぎてパンク気味なのだ。家に帰ってから熱がぶり返すような予感さえする。

「あまり長居しても申し訳ないし、二人を呼んでくるよ」
「あ」
「あ?」

 振り返ったそこに、にこにこと笑うヒュトロダエウスと顔を背けているハーデスがいる。

「うん、ごめんね。いるんだ」

 たぶん、僕はすごい顔をしているんだと、思う。

「もうやだ…おうちかえりたい…」

 へたりと頭を抱えた僕の上にヒュトロダエウスの楽しげな笑い声が響く。そもそもどこから聞かれていたのか。この笑い方だ、絶対聞かれていた。

「言ったほうがいい?」
「いえ…結構です…」
「兄さんが、好きな、人、あたりかな」
「結構で…っほとんど全部じゃないですか…」

 あぁもう顔も上げたくない。ここから逃げ出したい。

「ひかりちゃん、おいで」
「はぁい」
「それじゃ、お二人とも、ごゆっくり」
「へ?」

 顔を上げた僕の前で、リビングのドアがぱたりと閉まる。
 あとに残されたのは、僕とハーデス。そのハーデスはどこか苦みばしった表情で顔を背けている。
 居たたまれない、逃げたい、帰りたい。あの硬いベッドで小さくなっていたい。
 下を向いて小さくなっているとソファが揺れた。咄嗟に体を起こしてソファから離れようとする。

「逃げるな」

 しっかりと、手首をつかまれる。妙な体勢のまま、ハーデスの顔を見れずに俯いた。
 聞いていたのなら、ハーデスはきっと怒るだろう。いっそ怒って嫌ってくれた方が楽になれるのに。
 ハーデスがソファに腰かけた気配がする。腕を引っ張られるかと警戒していたが、落ち着かせるように手首を撫でて、ハーデスはとんとんとソファを叩いた。

(あぁ、座らなきゃ)

 すとん、と導かれるように座り込んでから、気付く。癖に、なってる。
 ハーデスの長い指が僕の指先を撫でる。びくりと震える僕には構わず撫でた指が絡めるように僕の手を包む。
 顔を上げることができない。体が震える。何も言ってくれないハーデスが怖い。
 ひたり、あの扉の気配がする。これ以上は、まずい。また、迷惑を、かけて。

「光」

 ハーデスの声がする。どうしよう、上を向くことができない。歯の根が鳴る。
 ハーデスの手が僕の視界を隠すように大きな手で覆う。暗い視界の向こうがほんのりと温かい。

「光、ゆっくり、息をして」

 声が、聞こえる。だめだ、いけない、扉が開いてしまう。いやだ、いやだ、いやだ。

「っひ」

 喉がひきつる。息が、できない。
 ハーデスの両手が肩を掴む。開いた視界の向こうで金糸雀色の瞳が鋭く光って、近づいてくる。こわい、こわい、いやだ、こわい。
 唇が塞がれる。塞がれる?何に塞がれてる?叫ぶことすら許されず慟哭は飲み込まれていく。熱い吐息が差し込まれて、唇で塞がれていると思い至る。見開いた瞳の向こうで、金糸雀色の瞳が優しく揺れている。
 息を継ぐために唇が離れて、すぐさまもう一度塞がれる。ゆっくりと注ぎ込まれる吐息に、くらりと視界がまわる。後ろに倒れそうになる体を支えるように、唇は離さぬままソファの上に倒れ込んだ。強張った体を表すように視界が潤んでいく。ぱたりと涙が落ちて、こびりついた女の声は聞こえなくなった。
 ゆっくりと離れていくその顔を、ぼんやりと眺めている。ぜいぜいと荒い自分の呼吸の音が耳障りだ。声は聞こえなくても、ノイズだけが耳の奥で鳴り響いている。

「光、ゆっくり、息を」

 ハーデスの手が、ゆっくり僕の胸元を上下にさする。短く荒い呼吸は自然とそのリズムに合わさっていく。
 ハーデスが短く安堵の息を吐いたのが分かった。

「大丈夫か」

 問われた言葉が僕の上でぐるぐる回っている気がする。ハーデスの手が体の下に回されて、僕の体が起き上がる。体の力がうまく入れられずくたりと彼に凭れ掛かることしかできない。

「……ハー、デス、さん」

 絞り出した声は震えて掠れる。大きな手があやすように頬を撫でていく。

「喋るな」

 まだ整わない呼吸を気にしながら、ハーデスの手が離れていく。机の上のお茶を取って、その手が戻ってくる。

「飲めそうか」

 震える手を伸ばそうとするけれど、動けそうにない。なんとか小さく首を振って無理だと伝える。ことりとグラスが置かれて、またあやすようにその手が頬を撫でる。
 情けない、情けなさで涙がこぼれる。迷惑しかかけてないじゃないか。

「あぁ、ほら、泣くな」

 大きな手が何度も涙を掬い取る。涙を止めないといけないのに、止まらない。
 震える手をなんとか持ち上げて、ハーデスの胸に手をついて押し退けようとする。比例するように、ハーデスの腕が強く僕を抱きとめる。

「はな、して」
「離さない」

 涙さえ流さぬまま気を失ってしまえた方が楽だったのだろうか。麻痺した脳の片隅でそんなことをぼんやりと考える。

「絶対に、離さない」

 大きな腕に包まれてしまうと、もうどれだけ押し退けようとしてもぴくりとも動かなくて。
 とにかく、息を整えないと。同じ家の中にひかりとヒュトロダエウスもいるのだ。彼らに見られることは避けたい。

「…っ、ふ……ハーデス、さ、ん」

 少しずつ息を落ち着かせる間に、ぐるぐると回る頭をなんとか落ち着かせようとする。もう一度胸元を押せば、ほんの少しだけ腕の力が緩まった。

「お、茶を…」

 訴えれば、その手がさらに緩まって僕の体を真っ直ぐソファに座らせてくれる。目の前に差し出されたグラスをなんとか手に取って喉に流し込む。ハーデスの手は窺う様にグラスに添えられたままだ。
 喉の奥に落ちていく水分がひやりと冷たい。唇を離してほぅと息を吐けば、ハーデスからも同じようにため息が漏れた。

「大丈夫か」

 優しく慮る声が今一度落とされる。僕はそれに小さく頷く事で答えた。

「…ごめん、なさい」
「いや…今のは私も悪かった」

 ハーデスの手がゆっくりと僕の頬を撫でる。出来る限りそちらに意識を移さないようにする。また震えてしまったら、あの扉が開いてしまう気がして。

「大、丈夫、です…帰り、ます」
「…帰すと思ったか」

 あぁ、この声はわかる。怒っている。すごく、怒っている。胸元をそっと押さえながら深く息を吐きだす。徐々に整う呼吸が思考をクリアにしていく。

「ちょっと、色んな情報で、びっくりしただけ、です」

 ほんの数時間の間に叩きつけるようにいろんな情報を与えられて、びっくりしてしまっただけなんだ。
 瞳を閉じて、開く。視界に映るのは僕のせいで開かれないカーテン。夜の間しか開かれないまるで僕のように昼夜逆転した姿。

「そんな不安定な状態で、帰すと思ったのか」

 ハーデスの腕が今一度伸びてくる。逃れようと体を捻るも、彼の腕の方が早い。

「離し…っ」
「離さない」
「2人が、いる…」
「だからどうした」

 ハーデスの腕の中に今一度抱き留められて息が詰まる。頬を撫でる手が答えてと呼びかけてくる。

「帰り、ます…離して…っ」

 ここに居たいと願ってしまうこの愚かな体を今すぐ離してほしい。ハーデス、あなたが汚れてしまう前に。
 体を捩ることもできないほどぴったりと抱き留められて怯えるような震えが止められない。お願い、もうあの扉を開きたくない。
 腕は緩まらず、きつく抱き留められる。

「離せない」

 低く落とすようにハーデスが呟いた。

「私の気持ちを知っていて、何も言わずに去ろうとする者をどうして離せると」

 抱きしめる腕が苦しい。心と体と、どちらにも圧を受けて、息が詰まる。

「光、君が、好きだ」

 耳元で、口付けを落とすように何度も何度も囁かれる。苦しい、苦しい、どうして。
 強い感情は、心を乱していく。抱きしめられた体は息苦しくて。
 はっ、と大きく息を吐きだしてようやく、ハーデスの腕が緩くなる。解放された胸に酸素を大きく取り込む。

「…光」

 静かに落とされる声が好きだ。その声で名前を呼ばれるだけでよかったんだ。それ以上、望みたくなかったんだ。
 僕を見つめる瞳も、本をめくる手も、ソファで組む長い脚も、全部、見てるだけでよかったんだ。それ以上、望みたくなかった。
 僕は首を横に振る。言葉に出したら、一緒に涙が零れそうだったから。
 かたりと音がして反射的に飛び上がる。必死にハーデスの胸を押しやるが、動かない。

「…少し、待っていろ」

 ハーデスの腕が離れて、ソファを立ち上がる。リビングのドアから出ていくその後姿を見ながら、今のうちに逃げ出せないかと考える自分がいる。

(あぁ、なんて卑怯なんだ)

 リビングから外に出るドアはひとつしかないから、逃げることなんてできやしないのに。
 玄関から音がする。小さな話し声と、ドアが開いて、閉まる。
 真っ直ぐリビングに戻ってきたハーデスが迷いなく僕の目の前にくる。ソファの端まで逃げるように後ずさるも絡め取るように伸びる腕が逃がしてくれるはずもなく。

「2人には、連絡するまで食事でもして来いと言っておいた」

 抱き寄せることはせず、ただ腕を絡め取ったままハーデスが告げる。

「ここには、今、私たちしかいない」

 言い聞かせるような声と共に、ハーデスの腕が逃げるために中途半端な体勢だった僕の体を起こす。
 無理矢理抱き寄せる動きではないことにほんの少しだけ安堵して体の力を抜く。
 ハーデスが僕を見ている。僕の呼吸が整うのを待っている。

「話をしよう」

 ハーデスの指が確かめるように僕の指先を撫でた。びくりと震える体を止めたくて、大きく息を吐く。
 2人がいないという事実が、心に安心感を与える。組むように絡まった指先が、熱い。

「…どうも、光のことになると、抑えが効かなくて…」

 ぽつぽつと落とされる言葉に顔を上げれば、ハーデスの瞳が揺れていた。

「すまない…怖かったか」

 申し訳なさそうにそう言葉を落とされて、思わず首を横に振る。

「驚いた、だけ、です」
「…すまない」

 もう一度首を緩く横に振る。

「…話を、聞いていたのも…反則だな」

 考え込むように言葉を落とすその姿が珍しいな、と思った。僕の前ではハーデスはいつも自信たっぷりに言葉を発していたから。

「…ひかりも、グルだったんでしょう?」

 僕の問いかけに、ハーデスの瞳が驚いたように開いた。その態度が雄弁に物を語る。

「知っていたのか」
「今、気づきました」

 執拗なまでに同じ場所に帰ってくる会話も、納得できる。僕の背後に2人はいた。ひかりには2人が見えていたのだ。

「だがそれでも、声をかけて会話を止めるなりしなかったこちらも悪かった」

 ほら、彼は優しい。

「いいです、ハーデス、さんは悪くない」
「だが…」
「…この場合、一番悪いのは僕になってしまう」

 堂々巡りをして何度も同じ話をする羽目になったのは、僕のせいだ。

「会話を切り上げられなかった僕も、悪いです」

 だいぶ呼吸も心も落ち着いてきた。先程までの嵐のような激しさが嘘のようだ。

「…ハーデス、さん」

 言わなければいけない。思いを断ち切るためにも。

「僕は、あなたに応えられません」

 絡み合った指が強くなる。逃がさないと、その指が伝えてくるのがわかる。

「怒りますよね」
「…怒っては、いない」

 少し憮然とした口調だったが、確かに怒っている口調ではなかった。

「僕は…僕が嫌いです」

 自分の胸に手を当てる。まだ少しだけ早鐘を打つ鼓動が手のひらに伝わる。
 ゆっくりと息を吐き出しながらハーデスを見れば、次の言葉を待ってくれていた。

「自分すら、好きになれないのに…好きだと、言えない」

 ハーデスはじっと僕を見ている。いっそ呆れてくれればいいのに、そんな淡い期待をする僕がいる。
 その口元を隠して視線が外れた。

「…それは、光は私を好きだと、言ってるのと同じなのだが…」
「……え?」

 ハーデスの頬が、少し、赤い。

「…僕は、僕が嫌いで…だから、好きだって言えなくて……あ、れ?」

 本当だ、これでは、まるで。

「わ、忘れてください」
「ちょっと、無理だ」

 ハーデスの手が胸を押さえていた僕の手を取った。両手の指先をその額に当ててほぅと息を吐く。

「いや、なんとなくわかってはいた…いたんだが…直接言われると、嬉しいものだな」
「い、言ってないです……」

 安堵するように言葉を投げかけられては、その手を振り払うこともできない。

「……わかっ、て?」

 疑問はつい口を突いて出る。ひかりとヒュトロダエウスが近くにいないとわかっただけでこのざまなのだから、どうしようもない。

「好意を持たれてないのに好きだと言い続けるほど、愚かではないぞ」

 指先に唇を落とされて、真っ赤になるのは僕の番だった。

「ま、まって…まってください…」
「いつから、を問うてるのか?」
「それも、だけど…いえ…あの…」

 視線が彷徨うのがわかる。さっきもひかりに問われた時にも同じことを思ったのを覚えている。それがつい、口から滑り落ちる。

「…旅行から帰ってきて、はじめて、気付いたのに…?」

 滑り落ちてから後悔する。ハーデスの瞳が驚いて見開いている。あぁ、僕の愚か者。穴があったら埋まりたい、できれば頭から。

「忘れてください…!」

 振りほどけない手が熱い。僕の熱なのか、ハーデスの熱なのか、もうわからない。

「光、私はね」

 僕の手を取ったまま、ハーデスが見つめてくる。とろりと溶ける金糸雀色の瞳は、熱を孕んでいる。視線が、熱い。

「はじめて、君の店で夜を明かしたあの日に、君が好きだと思ったよ……ちゃんと認識したのは、カフェで出会った時だったが」

 その言葉に、まるで昨日のことのようにあの日々が蘇る。
はじめてバーで夜を明かしたのは、うんと前だ。出会って、1年半ほど経ったころの話だ。カフェで会った時のことも覚えている。…いや、ハーデスが関わったことなら全部、全部覚えている。

「……そんなに、前から…?」
「気づいたら、それだけ時間が経っていた」

 ハーデスが僕の手を握ったまま顔を近づけてくる。こつり、と額が合わさる。

「君が、好きだ」

 額を合わせたまま祈るように言葉を落とすハーデスから、目が離せない。

「でも、僕は…」
「そのままでいい」

 遮るようにハーデスが告げる。

「そのままの、光でいい」

 視線が、熱い。落とされる言葉の熱量が、先程とは違った嵐を連れてくる。

「そのままの光ごと好きだ」

 熱を孕んだ瞳で見つめられて、息を飲む。熱い、熱い、くらくらする。熱量に瞳を閉じそうになるのを堪える。

「すぐに向き合おうとしないでいい、ゆっくりでいい」

 ハーデスの瞳が優しく歪む。とろりと歪んで、僕を肯定する。

「…ただ、私は容赦しないぞ」
「ふぇ…?」

 ずいぶんまぬけな声を出してしまった自覚がある。見つめるハーデスの瞳の熱は、下がることがない。容赦しないとは、もしかして。

「もっと触れたい」
「…っ」

 ハーデスの手が、片手で僕の両手をまとめて膝の上に下ろす。空いた手が僕の頬を撫でる。
 ハーデスの唇が耳の横にくる。吐息が、熱い。体が跳ねる。

「抱きしめて、キスして、蕩かせたい」

 耳の横で低く囁かれて、びくりと震えてしまう。まって、ほんとに、まって。

「ハーデス、さ、ん」
「私は…光が思っている以上に、欲深い」

 顔を離したハーデスがにやりと笑う。獲物を見定めた、獣の瞳だ。ギラリと孕んだ熱は真っ直ぐ僕を見ている。

「覚悟、しろ」

 真っ直ぐ降りてくる唇を拒む術は、もう僕にはなかった。

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2019.12.06.初出

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