英雄は伸ばす腕を持たず

 レイクランドに罪喰いの不可解な襲撃があったその日、水晶公は英雄の自室の前にいた。
 クリスタリウムの防備に集中していてタワーから離れられなかった水晶公に、レイクランドの前線で戦ってくれていたかの人の様子がおかしかったと報告を受けたからだ。
 襲撃直前に会ったときは特におかしな様子も見受けられなかった。ゆえに襲撃中に何事かあったのかもしれない、と思い至ったのだ。
 平時であれば星見の間に備わっている魔器でかの人の道程を伺うのだが、いかんせんクリスタリウムの防備とレイクランド全域への支持など、緊急時ゆえにやらねばならぬことは多岐に渡りそんな余裕はなかった。
 今もなんとか顔役たちへ指示を出し終えて這々の体でここまで来たのだ。
 部屋の中に人がいる気配はある。
 ノックを2度。返事はない。
 様子がおかしいと言っていた、寝ているのかもしれない。だとすればそれを邪魔するのも…そう思い念のために鍵が掛かっているか確認しようと軽く扉を押しやれば、すんなりと扉は隙間を作った。
 クリスタリウムは比較的治安が良いといえども、鍵もかけずに眠るのは感心できない。
 一応中を確認して注意を…そう思った水晶公は違和感を覚える。籠った室内の空気が隙間から押し出され、どこか嗅いだことのあるすえた匂いが鼻につく。
 音を立てぬように扉を押しやって人が1人通れるスペースを開け、水晶公はその隙間へするりと身を滑らせた。
 後ろ手にぱたりと扉を閉じると淀んだ室内の空気が水晶公にまとわりつく。

 酷く強い、嗅いだことのある、そうだこれはオスの…

 思考を巡らせながらゆっくりと足を踏み出し、視線をさ迷わせ固まる。
 ベッドの上で眠る、英雄の姿を、見る。
 体を小さく丸めこちらを向いて眠るかの人は、その身に下着のひとつも身につけていなかった。
 その姿にぎくりとしてあたりをさらに見渡せば、無造作に放置された鎧が視界の隅に入った。なんだかその脱ぎ散らかし方が、らしくないな、と脳内に疑問を呼ぶ。
 そろり、そろり、足音を忍ばせて近づく水晶公は、ベッドの下に落とされたシャツとスラックスを確認する。
 寝ている間に脱いだのだろうか、その眠る肢体の前でぼんやりと遠くのことのように考える。
「……ん…?」
 気配に気づいたのかふるりと睫毛が震えゆっくりとその瞳が開いていく。
 薄く瞳を開いた英雄が、まだ眠りの底から戻ってこれていないゆったりとした響きで言葉を紡ぐ。
「……まだ…いた、の……エ…」
 その瞳がゆっくりと動いて、水晶公を見て、固まる。
「……ぁ」
 体を、起こそうとしていたのだと思う。緩慢に動いたその腕が上半身を起こしかけて固まり、恥ずかし気に頬が赤く染まる。
 水晶公は無言のままベッドへ歩を進めると、その床へ跪いて少し震えるその肩へ手を伸ばした。
 触れた手に驚いたように水晶公を見たその顔が、酷く淫靡で。
「水晶、こ……んぅ…っ」
 今一度体を起こそうと体を捻った英雄の口からは蠱惑的な声が漏れた。
 室内に漂う匂いが濃さを増す。そうだ、同じ男だから知っている。この匂いは、雄の精の匂いだ。
「…いったい、なにが」
 震える唇から出た問いかけはあまりにも陳腐で。反射的になんでもないと首を振る英雄の肩を強く掴んでしまう。
「なんでも、ないはずないだろう」
 ぐっと押しやったその力に抗わぬまま、英雄の体がベッドの上に仰向けになる。
 白日の元に晒されたその裸体は、同じ雄なのに酷く水晶公の奥底に沈めた欲望を刺激した。片膝を立て横たわるその膝と膝の間で、ゆらりと尻尾が揺れる。それをなぞるように視界を動かすと彼のゆるりと弛緩した雄の姿とこぷりとした水音が静かな部屋に響いた。
 なにが、なんて言わなくてもあらかた想像ができてしまうのは雄の悲しいサガで。けれどもそれを素直に伝えるべきなのかを思案していると小さく謝罪の声が聞こえた。
「…ごめんな……軽蔑、しただろ」
 誰よりも優しい英雄の唇から漏れたのは絶望させてしまっただろうかという気遣いの声だった。
 柔らかく英雄を掴んでいた手を包み込まれ、肩から引きはがされる。
「…できれば、忘れて」
 優しい声はどこまでもこちらを慮る声色で。その顔を見やれば困ったように寄せられた眉が柔らかく弧を描いていた。色の薄い瞳が、水晶公の姿をぼんやりと映し出している。
「…軽蔑など、してないさ」
 何を言うべきか迷って出てきたのは、ありのままの英雄も受け入れるという意思表示だった。驚いたように見開いた瞳が、悲しげにくしゃりと歪む。
「優しいなぁ…」
 水晶公の手をそっと自分から離れたところに下ろして、英雄は天井を見上げた。時折顔を顰めくぐもった声を漏らすのを水晶公はただ見つめていた。
「椅子」
「え?」
「椅子、持ってきなよ」
 床に座ったままの水晶公の方は見ずに普段よりも落ち着いた声色で、普段と変わらぬように英雄は声をかけた。ちょっとまだ起き上がれそうにないから、そう告げる声が少しだけ笑っていた。
「そう、だな」
 自身の体の方が辛いだろうにこちらを慮るその声に、出来る限り意向に沿うよう従うことにする。傍らの文机から椅子を引いてきてそこに腰かければ、目線だけでこちらを見やった英雄が安心したように微笑んだ。
 下肢をむき出しのままなのもどうなのか、そう思い足元からタオルを引っ張り上げ隠すように覆った。
「見苦しかったね」
「そんなことはないさ」
 ふふ、と笑うその顔は無邪気ながらもどこか色を帯びていて。そのアンバランスさが妙に英雄という人となりを表しているようにさえ思えた。
「…他の人には」
 迷う様に吐き出された言葉に水晶公はみなまで言うなと首を振る。
「もちろん、内密に」
 その言葉に安心したのか、英雄の肩からふっと力が抜けた。
「…小さい子に、聞かせたくないしね」
 脳裏に浮かんだ若き有志たちの姿に、英雄はそっと目を閉じた。
 腰元を隠すように覆われたタオルの端から顔をのぞかせた尻尾がシーツの感触を楽しむように揺れている。
「なにか、してほしいことがあれば」
 自身を二の次にしがちな英雄に水晶公はそっと声をかける。ゆっくりと瞳を開いた彼は困ったように笑いながら、じゃあひとつだけと口を開く。
「喉が…乾いてるんだ」
「あぁ、少し待っていてくれ」
 水晶公は立ち上がるとダイニングテーブルの上から水の入ったピッチャーとグラスを手に戻ってきた。グラスに水を注いでピッチャーは愛蔵品キャビネットの上に、そのまま椅子に腰かけて英雄を見やる。
 体を一度横寝に戻してから、緩慢な仕草で英雄は起き上がる。大きく息を吐いてからグラスを受け取ろうと上げた手がぴくりと震える。ふっと吐かれた吐息の艶が色濃くなって、体を捻ったことにより彼の後孔から精が溢れたことを告げていた。
 水晶公は出来うる限りそちらに意識を向けないように視線をそらしながら、もう一度大きく息を吐きだした英雄にグラスを手渡した。英雄も水晶公から目線を反らしそれを受け取りながら、乾いた喉に一気に水分を流し込んでいく。
 水晶公はその勢いに押されるように立ち上がり、愛蔵品キャビネットの上に置いたピッチャーを手に取った。はぁ、とすこし切なげな吐息を漏らした英雄の手の中のグラスに二杯目の水を注ぎこむ。それを飲み干すのを確認してグラスを受け取りピッチャーと共に愛蔵品キャビネットの上に置いた。
 ごろりと今一度仰向けに寝転んだ英雄は薄く微笑んで感謝を述べた。
「よしてくれ、このぐらいしかしてやれることがないのだから」
 水晶公も椅子に腰かけながらその謝辞に笑みをもって返答を返す。
 そのまま、お互いになんだか視線を彷徨わせながら無言になってしまう。
 彷徨う視線で、水晶公は英雄の体をぼんやりと眺めた。「そういった」行為があったわりに英雄の体は綺麗に清められているように見受けられた。ただ身の内に放たれた精だけが残されている状況に相手の男はずいぶんな趣味をお持ちのようだな、と少しだけ心をささくれ立たせる。
「水晶公は」
 不意に名を呼ばれ、不躾に見ていた事を咎められるのだろうかと視線をその顔へと向ける。
 英雄は天井を見上げたまま水晶公を見ずに言葉を繋げる。
「動じてないようだが…その、こういったことに…」
 慣れているのだろうか、とおそるおそる口に出す英雄の横顔に大きく首を振って答える。
「…そう、見えたかい?」
 男女によらない肉体関係や恋愛関係を知らないわけではなかったが、それと水晶公自身の話はまた別問題だ。
「私は…それこそあなたを呼び寄せることに必死だったからね。そう言った事柄を知ってはいても、致したことなどはないよ」
 水晶公自身を鑑みれば、100年という月日はあまりにも短すぎて。クリスタルタワーの維持、クリスタリウムの発展、英雄を呼ぶための準備、罪喰いという驚異への反抗、他地域との連携…そのどれひとつとってもなんとかここまでこれたという思いの方が強い。
 英雄への強い憧れは胸の内にある。もちろん彼が自身への働きの対価にそういったことを要求するなら喜んで肉体を差し出すだけの気持ちもある。ただそれが愛や恋といったものなのかと言われると、憧れという思いがあまりにも強すぎて、いまいちよくわからないのだった。
「まして、私は塔の端末の一部だ。この身を疎まれることはあっても…好意を寄せられるとは思えない」
「そんなこと…!」
 英雄の眼は見開き水晶公を見つめる。透明なガラス球のような瞳がいっぱいに見開かれるのを見て、あぁこの人はこんな顔もするんだなと水晶公は遠い意識の向こうで考えた。
「オレが…いうのもおかしいけどさ。水晶公は綺麗だよ」
 真っ直ぐ向けられた言葉に水晶公の言葉が詰まる。真っ直ぐな心は、水晶公のともすればひび割れそうだった長い年月という道程にゆっくりと染み込んでいく。
「オレが手触りがいいと思うものは…綺麗なものばかりだ」
 そう言って嬉しそうに微笑むあなたこそが一等綺麗なのだと、笑う英雄に優しく伝えればその瞳が今一度見開かれ、それから困ったように細められた。
「…困ったな、そう言われてしまうと貶めるようなことは迂闊に言えないな」
「もっとあなたは胸を張るといい」
 視線を交わらせればお互いに笑みがこぼれた。
「動じてないように見えるのは…やっぱり年の劫?」
「どうだろうね、自分がそうなったことがないからわからないだけなのかもしれないよ」
 なるほど、と小さく呟いて英雄の瞳はまた天井を見た。
「抱いたり、抱かれたり?」
「そもそも、あなたを呼ぶということしか考えていなかったからね」
「…なんか、恥ずかしいな」
 会話は不意に途切れる。ほんの少しだけ眉をひそめた英雄は喉の奥から切なげに吐息を吐き出した。緩慢に動いた両の手が空気の中を泳ぐようにふわりと浮き上がって自身の体をきゅうと強く抱きしめた。
「どうし……」
 声をかけて、そういえば身の内に精をため込んだままだったことを思い出す。あまりにも普通に普通じゃない会話を重ねていたことで感覚が麻痺していたようだ。
「すこし、まっていてくれ」
 水晶公は立ち上がり勝手知ったる部屋の中、備え付けの棚からタオルを数枚無造作に取り出して椅子の上に詰んだ。さらにハンドタオルサイズのタオルを手に取ると愛蔵品キャビネットの上に置いたピッチャーから水をタオルに染み込ませた。
「触れても大丈夫かい」
 小さく英雄が頷くのを見てから、そっと膝の裏に手を差し入れて腰を浮かせる。できる限り見ないように意識しながらその腰の下にタオルを敷く。残りのタオルを足元に置いたのち、腰元を隠していたタオルをそっと捲り上げ彼の雄に濡らしたハンドタオルをそっと被せた。
「ひゃっ…」
「すまない、少しだけ我慢して」
 水晶公は一度だけ視線を彷徨わせてから、意を決したようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…そのままにしておけない、から」
 意図したところがわかったのか、ほんの少し頬を赤らめて英雄は、あぁと呟いた。
 自身の体を強く抱きしめていたその腕がそっと解かれて水晶公のクリスタルの腕に触れる。柔らかな動作でそれを持ち上げて、英雄は祈るように小さく呟いた。
「この手で、どうか」
 人ならざる方の腕を求められ水晶公は一度だけ唇をぽかりと開き、心を決めたように微笑んだ。
「あなたが、そう望むのなら」

+++

 英雄の唇がクリスタルの指にそっと口付ける。ちゅっちゅっと可愛らしい音をたてながら口付けを降らせたのち、彼の舌がそっと人差し指と中指を舐めた。
 ざらざらとした舌の感触が感覚の少し鈍くなった水晶公の指に絡みつき撫であげる。口内に招き入れた指にたっぷりと唾液を絡ませて、英雄は小さくこくりと頷いた。
 ベッドの縁へ片膝を下ろした水晶公は唾液に濡れて艶めかしく光るクリスタルの指をそっと会陰に添わせた。会陰から尻のあわいの合間にゆっくりと押すように這わせて、後孔をぐるりと撫でた。体内から押し出された精でぬるりと濡れたそこは水晶公が少し押すだけでぬぷりと指を飲み込んでいく。
 ここに精があるということは、ここで受け入れたということ。すでに解れていたその場所は誘うように水晶公の指を飲み込んでいく。
「……っふ……」
 英雄の唇から押さえ込むような吐息が吐き出され、その音が水晶公の脳内の真ん中をやんわりと刺激した。甘い疼きを気づかれぬようにと努めて冷静に、彼の体の負担にならないようにと気をつけながら、指をそっと曲げた。
 そのまま掻き出すように指を前後させれば、くぐもりながらも甘い吐息とともに尻のあわいの合間を精が流れていく。
 こぽりこぽりとその体内から精を掻き出すたびに英雄の腰は揺らめきその背が跳ねた。尻の下に敷いたタオルがその精を受け止めてシミを作っていく。
 どれだけその身のうちにため込んでいたのか…あらかた掻き出したと判断して水晶公はゆっくりとその指を英雄の中から引き抜いた。彼の雄の上に置いておいた濡れタオルでゆっくりと後孔を拭き上げていく。
 ふと視線をやれば、英雄の雄がゆるりと起立していた。起き上がれないほど致した後だろうに元気だなぁとほくそ笑む。
 濡れタオルで後孔を綺麗にしたのち、英雄の膝を少しだけ持ち上げながら敷いたタオルを引き抜いて、新しいタオルで濡れたそこを優しく拭った。
 不意に英雄の腕が水晶公の股間に伸びた。
「ぅわっ……こぉら」
 小さい子を叱りつけるような口調で水晶公は英雄のその行為を口だけで嗜めた。
「いや、うん……する?」
 目の前で起こった刺激的な光景に少なからず反応してしまった、勃っているとは言い難い程度に固くなり始めた水晶公の雄を英雄の指が優しく撫でている。
「…それ以上は、おそらく勃たないよ」
 水晶公はお返しとばかりに英雄の雄にクリスタルの指を這わせた。吐き出す吐息の熱に比例するかのようにそこは硬度を増していく。
「そう、なの? …いや、自分で抜くとか」
「最後にしたのは100年近く前じゃないかなぁ」
 さらりと言ってのけるその時間の重さは、英雄にはまだわからない。
 その会話の合間にも互いの性器をゆるりと撫で刺激を与え合う。熱量のアンバランスさが互いの関係を物語っているようだった。
 クリスタルの指が、明確に刺激を与えるために英雄の雄を掴む。どくどくとその手の内で脈打つそれが確かに英雄がここにいるのだと告げていて嬉しかった。
 優しく前後に動かせば英雄の口から押さえ込んだ喘ぎ声が上がる。高すぎず低すぎないその声は、柔らかく水晶公の鼓膜を揺らし甘い疼きを与えた。
「ほんとだ、勃たない」
「あなたって人は…」
 明確な意思を持った動きは英雄もしていて。喘ぎ声の間に呟かれた言葉にやれやれと水晶公は苦笑いをする。
「…いや、オレがヘタクソという可能せ、っんぅ…」
「十分上手だから安心して」
 英雄の背とベッドの間に手を入れ、上半身を起こしてやれば、英雄は擦り寄るように水晶公の胸元へ収まった。片手は未だ水晶公の雄を刺激しながらも、もう片方の腕は縋るように水晶公のローブの端を掴んでいた。
「なんか、悔しいなぁ」
 少しずつ動かす手を早くすれば、その先端からじわりと先走りが滲む。それを指先で掬い取り塗り付けながらさらに刺激を与えていく。その粘性がぬるりと手の滑りを良くし、淫靡な音を部屋に響かせていく。
「こればっかりは、致し方ないさ」
 実際にそこに明確な刺激を与えるのは、しばらくとは言い難いほど遠い昔なのだ。目の前の行為に興奮してゆるりとは固くなったが、それ以上となると果たしてという思いもあった。
「というかだね…先程は流してしまったが、あなたに無体を働こうなんてこれっぽっちも思っていないよ」
 する? と尋ねたことに対する返答が今返ってきたのだと英雄は理解した。
「…あなたも1人の男だ。逆ならともかく…」
 そこまで口に出してしまってから、しまったと水晶公は口を噤む。
「…する?」
 明確な意思を持って紡がれた英雄の問いかけは、噤んだ言葉の先を明確に指し示していた。
 縋り付く腕はそのままに、英雄の手が水晶公の雄から離れその腰を横から抱え込むように動いて尻を撫でた。
「英雄殿は手だけでは物足りないのかね」
 やや呆れた口調で告げるその声に英雄の耳がピクピクと動く。さわりさわりと口元と頬を撫でてくるその耳を、水晶公の唇が柔らかく食んだ。
 口調の割に止まらない水晶公の手がこの行為を楽しんでいることを伝えてくる。
「っん……足りない、のかな」
 よくわかんないや、そう言いながら英雄の指が水晶公の尻のあわいをやんわりと刺激する。布越しにやわやわと撫でられたそこから背筋を這うような痺れが奔っていく。
「…あなたが望むままに」
「主導権オレなの?」
 きょとんとした声が喘ぎ声の間に上がり、そのミスマッチ差に思わず笑みが溢れる。
「どちらにせよ、このままにはしておけないしね」
 きゅっと雄の根をクリスタルの指が締めれば、びくりとそこが跳ねる。艶のある喘ぎ声が堰き止められたそれに反応して上がる。
「私はどちらでも…と言いたいところだが、実際どちらもしたことないのが実情だ。あなたの判断に任せるよ」
「なるほど、童貞で処女…っんぁ!」
「そういうところだぞ」
 根を締め上げる形のまま前後に指で擦り上げられて、英雄の口が明確な抗議の声を上げる。
「ぁんっ…ごめんってば、言いすぎたっ」
「まったく」
 きゅっきゅっと強く刺激を与えていた指先から力を抜いて、優しく雄を撫でた。先走りは止まることを知らず先端に液だまりを作っていく。
「…初めては、キツいと思うんだけど」
 自身の初めてを思い出したのか英雄の表情があからさまに曇った。
「よくわからないが…あなたが与えてくれるのなら、大丈夫だ」
「その根拠のない自信はどこから来るの」
「信頼しているからね」
 別のところで信頼して欲しいなぁ、笑うように英雄は呟いた。
「水晶公」
 その顔を見れば、しなだれかかるその態度とは裏腹な雄の顔がじっと水晶公を見ていた。
「あなたと、したい」
 水晶公は嬉しそうに口元を綻ばせて告げる。
「あなたの望むままに」

+++

 腰のベルトと飾り布を椅子の上に重ねて置いて、水晶公はするりと下着を脱いだ。
 じっとその動きを眺めている英雄に、フードは取れないので、と悲しそうに声がかけられた。
 気にしてない、と英雄は首を振って笑った。
「オレのカバン、取ってくれる?」
「これかい?」
 脱ぎ散らかされた鎧の横に無造作に置いてあったカバンを英雄の枕元に下ろせば、上半身を起こした彼がその中をごそごそと漁り始める。
 見た目以上の収納を誇るその魔法のカバンの中から、小瓶をひとつ取り出すとカバンをベッドの下に下ろした。
「それは?」
「食用のオリーブオイル」
 英雄を見下ろす形で立ち尽くしていた水晶公に、仰向けに横たわりながら自身の上に跨るように英雄は促した。
「なんもないよりはマシかなって」
 素直に英雄に跨った水晶公はローブの端を手繰ってまとめあげた。その間に英雄は背中とベッドの間に枕を入れて緩く上半身を起こす。
「その、すまない」
「望んだのは、オレだから」
 だから気にしないで、そう言いながら英雄はその尻がさわれるようにローブをさらにたくし上げた。
 余分な布は全て前側に寄せられているため、英雄からは水晶公の背後の様子は何も見えない。それなのに英雄の指は的確に尻のあわいの奥を指し示した。
 ゆるりとその後孔の入り口を撫でてから指が戻ってくる。
「出来る限り優しくするけど…痛かったらごめん」
 その手にオリーブオイルを垂らし両手で挟み込みながら英雄は時折苦しげな顔をする。
「大丈夫だ」
 クリスタルの手でローブを纏めながら、水晶公のもう片方の手が優しく英雄の頭を撫でた。
 その両手が今一度尻を目指す。迷いなく後孔まで到達した指がぬるりとそこへオイルを塗していく。
「…っ!」
 はじめて感じるぬるりとした感触に水晶公の背が震える。そのひだの一つ一つに染み込むようにオイルを塗り、英雄の指がそっと蕾の真ん中を押した。滑りの良くなったその入り口をぬぷぬぷと刺激されて、水晶公は唇を噛んだ。
「声」
 英雄はその行為をなじませるように繰り返している。
「我慢しないほうがいい」
 傷になるし、そう言いながらもその手は止まらない。
「っなん、か…変な感じ、だな…っ」
 甘い痺れが脳を揺らすような感覚に水晶公は浅い呼吸をしながら言葉を探した。
「痛くない?」
「平気だ…っ」
 水晶公の答えに満足するように英雄の指が後孔の奥を目指し始める。
 少し入れて戻り、オイルを携えてまた進む。その動きを何度も繰り返す。
「うん、やっぱ狭いね」
 はじめてだもんね、と英雄が可愛らしく告げる。
「…っふ、解し、て…っくれるのだろう?」
 肩で息をしながら、水晶公は与えられる刺激の奥を探ろうとその行為を受け入れていく。
「もちろん」
 会話の合間に埋め込まれた指を馴染ませるように、抜き差しはせずぐるりと回すように蠢かせた。その動きに水晶公の背がぶわりと総毛立つ。
 ぐるぐると中をかき混ぜながらも優しく解してくるその指が、奥底の淀みに手をかけた。
 びくんと水晶公の腰が跳ねる。
 探るようにその指がその一点を柔らかく刺激する。
「ここだね、水晶公の気持ちいいところ」
「えっ、あっ、なん、だこれっ」
 押されるたびに体が跳ねて痺れるような刺激が駆け巡る。思わず腰に力が入り、英雄がぐっと息を飲む。
「力、抜いて…」
「そうは、っ言われて、もっ」
 途切れ途切れになる言葉は困惑の色をしている。
「大丈夫、それ、気持ちいいってことだから」
 一度その場所への刺激を止めれば、水晶公の中が先ほどまでより柔らかくなっているのがわかった。
 ほっと息を吐いた水晶公を柔らかく微笑んで見つめた英雄は、1度目を伏せると雄の顔で水晶公に告げる。
「動かすよ」
 返答よりも早く、英雄の指が水晶公の中を前後し始める。内壁を擦られる感触にぞわぞわとした感覚が胸を打つ。
 徐々に速度を上げながら時折奥の淀みを押されて、水晶公の息が上がり始める。
「っふ……んっ…!」
 切なげな声色から拒否の色は感じられず、英雄は胸を撫で下ろす。
 前後に擦る指が一度引き抜かれ、今度は2本ゆっくりと水晶公の中へ入っていく。
「ーっ、ひ、あっ…」
 圧迫感は強いけれど拒む様子のないそこに、ゆっくりと2本の指が沈み込んでいく。
「うん、上手」
 中を広げるように指を広げながら英雄は微笑んだ。
「っなんか、変だ…っあ!」
 広げ、折り、擦られるその感触に水晶公の背が跳ねる。
「ほんとにはじめて?」
「他の、誰がっ、さわ、っそこ、やめ…っ!」
 英雄の2本の指が淀みを挟むように柔らかく刺激する。びくびくと跳ねる腰がその行為に興奮しているのだと告げてくる。
 柔く挟んで刺激を与えてから、英雄の指がその場所の周りを解すように動く。動きは徐々に早く複雑になり、水晶公はそれに耐えるように自身のローブを強く抱きしめた。
 指の動きはいつしか抽送のように前後に動き水晶公の中を侵していく。引き抜いて3本入れ込むころにはオイルと内分泌液で後孔はとろりと柔らかくなっていた。
「やらかく、なってるよ」
「っふ、う、なんか、っ変…!」
 未知の感覚に対する言葉が切なげな声色で告げられて、英雄は優しく微笑む。
「だいじょぶ、ここ、きもちいいってことだから」
 ぐいっと淀みを押され、水晶公の喉がしなる。断続的に上がる甘い吐息に入れ込んでいた指をゆっくりと引き抜く。
「っ、ふ…」
「大丈夫?」
 震える尻をそっと撫でながら英雄は優しく尋ねる。この先へ進むのを止めるなら今しかないのだと、決意を促すように。
「…だい、じょうぶだ。どうぞ、あなたの、望むままに…」
 水晶公は尻のあわいに彼の先端を迎え入れやすいようにとそっと体をずらした。両の手が英雄の胸元に添えるように置かれる。
 その腰を支えるように掴んで狙いを定めた英雄は、一度生唾を飲み込んで静かに言葉を紡いだ。
「うん……ごめんね」
 ぐっと落とし込むように腰を押されると、指よりも太く熱い塊が水晶公の後孔に侵入してくる。
「っつ、ぅ…!」
 その圧迫感にたまらず水晶公の喉から呻くような声が上がり腰が引けそうになるが、どこにそんな力がと思うほど強く英雄の手に押さえこまれ動かすことができない。
 ぬぷりと、そんな音が聞こえてきそうな感触の後英雄の雄の先端は水晶公の後孔に潜り込んだ。
「水晶公…っく、ちから、抜いて…!」
「やっ、っふ…無理っ、どう、やって…!」
 力の抜き方がわからずかぶりを振る水晶公の太ももを、英雄の手が優しく撫でる。
「息、ゆっくり、吐いて…」
 撫でるその動きに合わせるように、ひゅっと短く吸い込んだ息をその倍の速度で吐き出す。何度か繰り返すうちに呼吸は安定を見せ、合わせるように英雄を飲み込んだ水晶公の中も少しずつ力を抜いていく。
 その間、英雄は腰を動かさず水晶公の緊張が解れていくのを、ゆるりと撫でながら待っていた。その手がゆっくりと水晶公の前へ回り込み、ゆるく起立しているその雄をそっと撫で上げた。
「ひあっ!?」
 ぞくりとした感覚に、水晶公が英雄を見やる。
「そっちばっか気にしちゃうと、力入っちゃうからね」
 くにくにと柔らかく弄べば、切なげな声が上がりきゅっと一度締まった後孔がゆるりと開いていく。
 前を弄りながら、そっと水晶公の腰を下ろすように押してやれば、ゆっくりと腰が沈み込んでいく。先端の大きさをなじませるようにじんわりと、水晶公の中を英雄の雄が進んでいく。
「痛くない? 大丈夫?」
 相手を慮る言葉ばかりが出てくる英雄に水晶公は苦笑いをする。
「大丈夫、だ…っあなた、こそ」
「うん、だいじょぶ、きもちいいよ」
 ゆっくりゆっくりと水晶公は英雄をその身の内に沈めていく。
 その先端が、ついに淀みに手をかける。先端で敏感な場所押され、水晶公は大きく跳ねた。
「ひっ、あっ、あぁっ!」
 ひときわ強い艶のある声が、その唇を震わせる。がくがくと震える体は強い快感を感じているさまを表していて、英雄は胸を撫で下ろした。
 英雄はその胸の上に置かれていた水晶公の両手をそっと取り、指を絡ませた。
「体、起こせる?」
 強い快感に前傾姿勢になりがちな水晶公に優しく声をかける。こくこくと小さく頷いて水晶公はゆっくりと上体を起こしていく。それを追いかけるように英雄の腕が体を支えやすいようにと追いかけるように動く。
 起こした上体はそのまま重力に逆らわず落ちていく。
「あっ、あぁっ!!」
 英雄の先端が淀みを押し、強い快感で腰が跳ね、浮いた分だけ深く飲み込んでいく。
「……ごめん、ねっ」
 水晶公の腰が下りてくるのに合わせて、英雄がぐっと腰を突き出す。その先端は淀みを乗り越えて幹がぐいと淀みを圧迫し続ける。
「ーーーーっ!!」
 強い刺激にその背が反る。走る痺れのような快楽に抗えずその体が大きく跳ねる。英雄はそのまま動かずに水晶公の与える強い締め付けを味わっていた。
 肩で浅く荒い呼吸を繰り返すその姿を見やり、絡めた指をあやすように蠢かせる。何度も繰り返せば、徐々に水晶公の強張った体から力が抜けていく。
 その呼吸が緩くなったのを見て英雄はゆっくりと声をかける。
「…ごめんね、大丈夫?」
「っ…ふ…」
 かけられた声にびくりと震えた後小さく何度も頷いてから切れ切れに言葉を紡ぐ。
「びっくり、した、っだけ…だからっ」
 だから大丈夫と健気に伝えてくる水晶公のその指を優しく撫でる。
「強く、掴んでて」
 きゅっと絡めた指に力を入れれば、水晶公も答えるように強く絡まった指が英雄との繋がりを示した。
「もう少しで、全部入るから」
 じんわりと腰を押し上げれば、強く甘い吐息と共に英雄を包み込む水晶公の内壁が甘く締まる。
 英雄が腰を押し上げる動きに合わせて、水晶公も彼を受け入れるためにゆっくりと腰を落としていく。その健気な様子と締め付けが英雄の雄を刺激する。
「もうちょっと…」
 焦らないようにと言い聞かせるようにそう口にする英雄の言葉に水晶公が震える。短く強い呼吸の合間に漏れる甘い声色が英雄の耳をくすぐる。
「っ、ふ…あっ…」
 その声に合わせるようにゆっくりと水晶公の中を進んでいた英雄の先端がこつりと最奥に届く。びくりと背を震わせた水晶公にあやすような声色で英雄が声をかける。
「全部、入ったよ」
 強くしがみつく水晶公のために、英雄はそのまま動かずに緊張がほぐれるのを待つ。
 短い呼吸を繰り返していた水晶公は一度大きく息を吸いゆっくりと吐き出すと英雄に微笑みかけた。
「…よかった」
 全部受け止めることができたという安堵から柔らかな笑みを浮かべる水晶公に、英雄も目を細め微笑む。ただがむしゃらに英雄の雄を締め付けていた水晶公の内壁が徐々に意思を持った律動をし始める。
「…そのままで、いて、もらえるかい?」
 微笑んだままそう告げる水晶公に、英雄は頷いて返答とする。
 こくりと、水晶公は一つ唾を飲み込んで強く英雄の手を握るとゆっくりと腰を浮かした。その腰に従い水晶公のローブがゆるりと英雄の腹の上で踊る。
 ゆるりと持ち上げた腰を、一度息を吐きだして、重力に逆らわず一気に身の内に収める。
「…っぐ!」
「ぅ、あぁっ!!」
 繋いだ2人の指先がお互いを確かめるように強く絡み合う。
 自身の内に招き入れた大事なものを包み込むように、水晶公は腹筋に力を入れてその雄を刺激する。2度3度同じ動きを繰り返してなじませた水晶公は、腰に角度をつけていく。
「っ、すいしょ、こ」
「っふ、あっ、あっ、あぁっ」
 水晶公の腰の動きに、英雄は翻弄される。明確に快楽を求めようと意思を持った律動は、しかして英雄の雄を刻み込むように蠢き彼に最大限の快楽をも与えようと健気に包み込む。
 その腰の動きは今では明確に速度と角度をつけて互いを高みへと追いやろうとしている。
「っ、だ、めだっ…出るっ!」
「あ、あぁっ……っうっ!!!」
 英雄の雄が水晶公の奥深くへ穿たれ、水晶公の内壁が離さないと告げるようにきつくそれを締め上げる。
 奥の奥へ解き放たれた英雄の精は水晶公の内へ刻まれていく。強い快感に身体を反らせた水晶公は大きく跳ねると体を強く硬直させた。互いに強い快楽に翻弄される。
 先に動いたのは英雄だった。本能からか吐き出した精を奥へと送るように腰を揺らめかせる。その動きに合わせるように、体の力を抜きながら水晶公の内壁も柔らかく英雄を包み込んだ。
 繋いだ手はそのままに水晶公が英雄を見やり、英雄も水晶公を見やる。互いに薄く微笑んで笑い合う。
「水晶公」
「…なんだい?」
 柔らかく微笑んだ英雄はいたずらっ子のように瞳をきらきらさせて、水晶公を見つめながら腰をゆるゆると動かす。
「ちょ、ま……えっ」
 その身の内で固さを取り戻していく英雄の雄に、その感触を身の内に強く感じ水晶公が驚きの声を上げる。
「……私の、記憶が正しければ…あなたは私が来る前に…」
 誰かに抱かれていたはずでは? 最後まで口に出すことをためらった水晶公に英雄は少しばつの悪そうな顔をする。
「いや、うん、そうなんだけどね」
 よっ、と声を出し弾みをつけ英雄が上半身を起こす。流石冒険者と感心するも、体を起こしたことにより角度の変わった水晶公の身の内を穿つ英雄の雄が、その内側に先程までとは違う刺激を与えてきて、水晶公の唇から熱い吐息が漏れる。
「少し寝てたから、回復してた」
 あっけらかんとそう言いながら、英雄は繋いだ手をほどいて水晶公の背中と腰を支えるとそのまま押し倒した。
「は、んぅっ…え、ちょっと??」
 困惑の声を上げながら、水晶公は自身のフードが捲れ上がらないように両手できゅっと抑えた。
「ごめんね、もうちょっと、欲しい」
 その首元のクリスタル部分を優しく撫でながら蠱惑的に英雄がほほ笑む。少年のようで青年のような、その狭間で揺れる英雄の笑みが水晶公の中を刺激する。
「…だめ?」
 首を傾げながらそう尋ねてくる声は少ししょんぼりとしているのに、その耳は期待に満ちてぴんと張りその尾はすりすりと水晶公の内股を撫でている。
「…仕様がない人だな」
 諦めたような声色とは裏腹に、水晶公の口元は優しい弧を描いていた。
「あなたが、望むままに」
 互いに微笑むその声がまた熱に浮かされていった。

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2019.11.01.初出

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