「…っほんとに、入るんですか…」
「あれだけ煽っておいて…震えるのはやめてくれないか」
「ふ、震えてない、です」

 浴室の扉の前、ハーデスに出口を塞がれる形で僕は小さく震えていた。洗面所の大きな鏡には不釣り合いな身長差の2人が映っている。

「あぁ…脱がして欲しいのか?」

 ハーデスがぐっと体を寄せて耳元で低く囁く。僕はその度にびくびくと跳ねる羽目になる。
 甘く低いその声は、落とされた場所から全身を巡ってびりびりと電流を走らせる。

「じ、自分で、脱げます」
「なら…ほら」

 ちょいちょいと僕の毛糸のセーターの裾を引っ張っていた手が、裾を持ったままするすると上がってくる。

「っわかりました、わかりましたから…っ」

 僕が狼狽えれば狼狽えた分だけ、ハーデスの瞳が柔らかく弧を描く。
 燻る火に手をかけたのは僕だけれど、知らず知らずのうちに他のスイッチも入れてしまったのか、先ほどからずっとこの調子だ。
 心臓がばくばくと音を立ててうるさい。
 するりとその手が離れていく。壁に片手をついてもたれかかりながら首を傾げてこちらを見る姿は、映画俳優か何かのようにも見える。
 恥ずかしくて顔を逸らしたまま、僕は一つ息を吐いてセーターに手をかける。
 セーターとタートルネックの長袖を脱いでしまえば、上半身は薄い黒の肌着だけになる。

「…向こう、むいたりは」
「しない」

 じっと僕を見据える瞳が弧を描きながらも見逃すまいと細められる。

「見せて、光」

 うっとりと呟かれて逆らう術も見当たらない。生唾を一つ飲んでから、肌着を一気に脱ぎ去る。
 ハーデスが息を飲んだのがわかった。
 鏡に映る自分の体をぼんやりと眺める。簡単に消せるほど傷跡は浅くない。

「…痛むか」

 優しく落とされた言葉にそちらを見れば、眉根を寄せるハーデスがじっと腹回りを見ていた。

「痛く、ないです」

 もう痛みなんて感じない。付けられた傷も付けた傷も等しく僕を苛んでいるけれど、痛みを感じることはなかった。
 僕はハーデスに背を向ける。

「…先に、入ってます」

 見つめる視線が暑くて恥ずかしくて、一気に下着ごとズボンを脱いで僕は浴室に駆け込んだ。

 気を遣われたのか元々か、湯船にはバスミルクが溶かしこんであった。
 前回入ったときは気にも留めなかったが、浴室が広い。
 シャワーで体を流していると、浴室のドアが開いた。洗面所の冷気が流れ込んでくる。
 無言で入ってくるハーデスを見ることができずに背を向ける。近づいてくる大きな体が、覆いかぶさるように影を落とす。

「っん…!?」

 俯いた僕の背をするりと撫でる感触に思わず声をあげそうになる。ハーデスの大きな手が、背を覆うようにぺたりと押しつけられた。

「ハーデス、さ、ひゃっ」

 呼ぼうとした声はその手がするりと脇腹を掠めていったことで呼びきれない。するりするりと確かめるように腹を撫でられてその度に体が跳ねる。

「細いな」

 落とされた言葉の意味を探るのに沸騰する頭では時間がかかる。年齢故に幾分か締まりのなくなった腹を撫でられるのはくすぐったさより恥ずかしさが勝った。

「は、ハーデス、さん」

 肩を打つように落ちていたシャワーの水圧が消える。え、と声を上げるより早くぴとりと背中に圧がかかる。覆いかぶさる影が濃くなる。
 背中に感じる肌の感触。どくりどくりと強い音が伝わってきて、肌と肌が触れ合っているのだと認識する。
 僕とハーデスの身長差はかなり大きい。僕がまっすぐ立ってようやく彼の胸元に頭が付くぐらいだ。必然的に、腰の少し下、尻の上に硬いものが押しあたるわけで。
 意識しないようにと体を捻るも、抱え込まれるように両手で腹と胸を抑えられて動けない。密着する体の隙間に入り込めないシャワーの水滴が、あわせ目をなぞるように伝って落ちていく。
 体をじっくりとみられることも、肌を合わせることも、誰ともしたことない。その熱量にくらくらと眩暈を起こしかけていると、くつくつと喉の奥で笑うような声が響く。

「触れていたい、と告げただろう?」

 少し上から水滴と共に落ちてくる声が浴室の空気を揺らす。すりすりと肌の感触を確かめるように胸元を彷徨っていた指が明確な意思をもって胸元をなぞり始めている。ぞくりと、背筋にしびれが走る。

「ハ、デス、さ」

 胸の突起のすぐ下を擦るようになぞられて声が上ずる。その感覚に体が勝手に震えていく。
 ぐっと上から押されるように圧をかけられて上半身が前かがみになれば、自然と密着する背中に、腰に、当たるわけで。

「っ、は、です、さん、おふ、ろっ」
「風呂だな」

 びくりと跳ねる体を抑えられない。ハーデスの指は執拗にその個所を撫でていく。ぐっと押し付けられる指が、明確な熱を伝えてくる。
 縮こまる僕にくつくつとまた笑い声が下りてくる。
 胸元を弄っていた手が壁へ伸びて、壁面に備え付けの棚からボディソープのポンプを片手で器用に押して手のひらにソープを出している。
 荒い息を肩でしながらその動きをぼんやりと眺める。大きな手だな、長い指だな、そんなことしか考えられない。
 僕を抱きかかえるように手を回したままボディソープを泡立てていたその大きな手が、するりと僕の体を滑り始めて初めて僕は大きく跳ねた。

「っ、ハーデスっ、さんっ、やっ」

 思ってたよりも高い声が出てしまったことに驚いて手で口を押えてる間にも、ハーデスの手が腕から胸、胸から腹へ泡を滑らせていく。
 腹へ降りた手がするりと胸元へ戻ってきて、その指先がさわりと胸の突起を撫でた。

「ひっ」

 滑りのよくなった指が捉えどころがないように突起を擦るたびに、体が跳ねて腰が疼く。反った喉から吐き出された吐息が音を発しているのに、それが自分の声だと思えない。こんなに、高い声を出す自分を知らない。触れられるのがあんなに怖かったのに、その手に縋りたくなる自分を、知らない。

「…っふ、ん…うぅ…ひぅ…」

 膝に力が入らない。立っているのもやっとだ。目の前がどんどん歪んでいく。どこかにつかまってないと、倒れてしまいそうでー…

「っと」

 かくりと、膝をついた気がした。

 どうやって湯船に入ったのか思い出せない。
 乳白色のお湯の中で、ハーデスの胸に頭を預けてゆらゆらと揺られていた。気まぐれに肌を撫でていく指の感触で意識を浮上させていく。

「……はーです、さん…?」

 ぼんやりとした思考は、言葉すらぼんやりさせていく。なんだか上手く言葉が紡げない。
 絡めていた長い指がするりと動いて頬をなぞる。

「気が付いたか」
「…んぅ…僕…?」

 ゆらゆらと揺られるのが心地良くて、ぼんやりした頭のままその流れに揺られている。頬を撫でる指が唇をくすぐっていく。

「…気をやるほどよかったか」

 耳元で低くゆったりとした声が鼓膜を震わせていく。ぞわりと腰から登る痺れをぼんやりと感じながら伸ばしていた膝を折り曲げようと体を動かして、先程までの痴態を思い出す。

「……っんぅ」

 慌てて体を起こそうとするも、ハーデスの手がしっかりと腰を掴んでいてそれは叶わない。

「は、です、さん」

 慌てるあまり呂律すらうまく回らない。
 ハーデスの手が探るように腰から太ももの付け根に滑ってくる。乳白色の湯の中は見えないが、触れる指の感触だけはまざまざと脳裏に刻まれていく。なぞるように付け根を何度も往復する指の動きがこそばゆい。

「…怖くは、ないか?」

 ハーデスは今までの僕の不安を見抜くように声をかけてくれる。

「ない、です、けど…っ」

 扉は遠い。声も聞こえない。というか、それどころではない。
 決して大事な部分には触れないままその周りをひたすらに撫でられれば、どうしたって体が震えてしまう。震える体に合わせてちゃぷりちゃぷりと湯も揺れる。
 熱を持つ体に反比例するように、脳の片隅が妙に冴えわたる。

(…最後に、自分で《抜いた》のいつだっけ…?)

 実家にいる間はそんなことする余裕はなかった。家を出て、あのバーを始めてからは……

(あれ…?)

 押し殺す吐息が熱い。ゆらゆらと揺れるようにハーデスの手が僕のいいところを探っていく。

「は、です、さん…まって…」

 急にもだもだとその腕の中で暴れ出した僕を気遣ってハーデスの手が止まる。はふはふと肩で息をする僕の頬をゆるゆると撫でながら、ハーデスは次の言葉を待っている。
 ゆっくりと膝を曲げながら体を起こす。おそるおそる自身の性器に手を伸ばしてゆるく勃ち上がりかけている事実に小さく息を漏らす。

「光…?」

 訝し気に落とされた声が背中を這っていく。は、と短く息をついてから湯船の中で膝を抱えて丸くなった。その背にハーデスの指がそっと這わされた。

「のぼせたか?」

 緩く首を振ってそれを否定する。訝し気なハーデスに何と言ったものか思案する。
 あやすように確かめるようにハーデスの指が僕の背を撫でている。

「…この背は、痛くないのか」

 落とされた言葉に首を捻る。

「背中…? いえ、痛くないですけど…」
「そうか、見えてないのか…」

 何かをなぞるようにハーデスの指が背中を撫でていく。痛くない、と問われたということは背中にも傷があるということなのだろう。
 過去の事象が横たわって、それがハーデスを困らせている事実に眉根を寄せる。
 ふっと背中に風が当たり続いて指とは違うぬるりとした感触が這っていく。熱くてぬるりとしたそれに心当たりがなく確認のために体を捻ろうとしたが、両腕をハーデスに掴まれた。

「…ハーデス、さん?」

 問いかけにふっと落とすような吐息が背中に零れる。ぬるりとした感触と共に落とされたそれは、もしかして。

「…まっ、ハーデス、さ…汚い…っ!」
「…綺麗だ」

 背中に唇を寄せたままもぞりと言葉を落とされて甘い痺れが腰に走る。ねとりと何度も這う感触に身を捩りたくても、ハーデスの腕がそれを許さない。
 徐々に上がってくる唇が散った髪の隙間からうなじに吸い付く。

「ひ、あぅ…」

 ぞくりとした感触に背筋が反る。湧き上がる懐かしい感覚にぞわぞわと腰の奥に熱が灯るのがわかる。
 ちゅっちゅっと音を立てながらうなじを何度も吸われて、喉の奥から吐息とともに声が漏れる。どこか甘い響きを含んだその声が自分から漏れているのが信じられない。

「は、です、さん、まって…!」

 ぴたりと止まったハーデスの唇がゆるりとうなじから離れる。ほっと息をついたところで掴んだ腕をぐっと引かれてハーデスの腕の中に逆戻りする。
 耳の後ろに唇を添わされてびくりと体が跳ねる。

「っは、う…あぅ…」

 ハーデスの手が僕の胸と腰を強く抱き寄せる。背中に沿うハーデスの肌の熱が心地良い。
 耳の後ろにハーデスの唇がぴとりと添わされ、その場で大きく息を吸い込んだのが分かった。
 びくびくと跳ねる腰を押さえつけていた手がするりと腹の真ん中へなぞるように動いて、そのまま下へ下へと下がっていく。思わずその手を止めようと両手を伸ばすも、その両手ごと性器を握りこまれる。

「ひっ、あぁ…ま、って!」

 ゆるりと動き出そうとするその手を首をふるふると振ることで止めようと試みる。

「…なんだ、さっきから」

 ぶすりとした声は今まで聞いたことのない声色だった。少し拗ねたようなその声色はどこか少年のような響きを含んでいた。

「あ、あの…その…」

 どう伝えようか、迷っている間にもハーデスの手がゆるりと動こうとする。

「…して、ないんですっ」

 どう伝えるべきか迷って飛び出た言葉は全くもって意図の見えない言葉だった。

「…して、ない?」

 耳元から唇を離したハーデスの声が疑問の色で強く染まる。それでも握りこんだ手は刺激を与えるように動こうとしている。

「…っとま、って…」

 ひくりと喉をひきつらせながら懇願すれば、渋々とその手が離れてあやすように下腹を撫でる。自分の手も離して、湯船の底に指を添えて支えとする。

「なにを、してない?」

 問いかける優しい声は少し拗ねた声色のままだけれどこちらを窺っていることが分かる。

「…一人で、して、なくて…」

 小さく呟いた言葉をハーデスは逡巡してから、あぁ、と呟いてからくつくつと笑った。

「なるほど、《一人遊び》をしてなかったのか」

 やんわりと告げられた揶揄する言葉に、顔が赤くなっていくのがわかる。頷く事もできず小さくなっていれば、ハーデスは髪の中に顔を埋めて、すんと鼻を鳴らした。

「全く出してなかったわけではあるまい?」

 下腹をあやすように撫でていた手が降りてくる。びくりと跳ねて身を固くするも、下生えをやわやわと弄られるだけでそれ以上降りて来る事はないようだ。

「…出して、ない、です」

 自分で自慰をして抜いた記憶がない。いや、自慰のやり方は知っているからしたことがないとは思わないのだが…
 やわやわと下生えの感触を楽しんでいたハーデスの手が降りてきて性器の根元を撫でる。

「勃ちかけてはいるか…」

 急に直接的な表現になったことに今一度顔が赤くなる。
 根元の硬さを確認していた指が幹を撫で先端をくるりと撫でる。その動きに体が自然と跳ねる。

「…っく…はぁ…」

 抑えようとした声は止めることができない。どうしてこんなに艶を含んだ声が出てしまうのか、そもそもこの声が自分の声なのか、それすらわからなくなる。

「感度も問題なし」

 確認するように、聞こえるようにわざと呟かれる言葉にびくびくと跳ねる体が止められない。
 くるくると先端を撫でていた指が幹の筋をなぞりながら根元へ降りて、そのまま陰嚢を支えるように指全体で下から掬い上げる。

「っふ、うぅ…」

 さすがに急所全体をゆるゆると撫でられれば身の縮み上がるような感覚に支配される。ハーデスはこちらの様子を窺いながらやわりやわりとそこを撫でる。

「な、…で、慣れ、て」

 上擦る声はうまく言葉を紡がせてくれない。ひくりひくりと少しずつ硬くなる自身の熱に翻弄される。

「慣れてなどいないさ」

 ハーデスの手が今一度柔らかく性器を握り込む。

「っひ、う」

 大きさを確認するように握り込まれて息が詰まる。自分でそこに触れた記憶があまりにもなさすぎて…そしてそれがハーデスの手の中にあるという現実に頭の中がぐらぐらと揺れる。
 握り込んだり皮を引っ張って先端を剥いたりしながらハーデスは僕の反応を見ている。

「一度出してみるか」
「っん、え……あっ」

 ハーデスの大きな手が明確に快楽を与えようと性器を擦るように動かし始める。

「や、はです、さっ…っんぅ、あぁ」

 止めようと伸ばした手などものともせずに、ハーデスの手が蠢く。胸元を押さえていた手が胸の突起に触れる。

「ひぁっ、あっ、あぁ、んぅ」

 漏れる声を止めたくて、手の甲で口を覆うけれど隙間から止めどなく溢れてしまう。

「光、気持ちいい?」

 耳のすぐ後ろで低く囁かれて腰の奥に痺れが走る。足の爪先を何度もピンと張って快楽を逃がそうとするけれど、それすら叶わない。

「気持ちいい?」
「っひ、そこ、しゃべら、わか、ない…!」

 落とされた言葉の意味を理解しきる前に快楽を上積みされてわけがわからなくなる。ハーデスの大きな手が優しいのに激しく、何度も何度も僕の性器に刺激を与えてくる。

「ほら、教えて」

 胸の突起をきゅっと摘まれて大きく背が反る。目の前がチカチカする。何も見えない。あられもない自分の声と、揺れる水音と、ハーデスの少し荒い息遣いしか聞こえない。

「ふぁ、あ、や、ハーデス、さ、でちゃ、う」

 頭の中が快楽で上書きされていく。出したい。出してしまいたい。

「出してしまえ」
「やぁっ、やっ、とま、て…っひん、あっ、あぁぁ」

 追い上げるように握り込まれ、擦られ、胸の突起も摘まれて。やだとかぶりを振っても聞き入れてもらえなくて。

「出して」

 引き金は、耳元に落とされたハーデスの低くて甘い声だった。
 体をいっぱいに反ってピンと張られたその中心に熱が集まって、外へと吐き出される感覚。

「ーーーっ!!!」

 目を開いているのか閉じているのかすらわからない。声すら上げれずにただ放出してる快感と、びくびくと意志とは別に跳ね続ける腰が精を吐き出したことを告げていた。
 ハーデスの手が、全部出させようと上下に動く。その動きに合わせるように精が出ていくのがわかる。

「…っ、ふ、う、うぅ」

 ぱたり、と音がする。ぱたりぱたりと止まらない音に目を開けるより早く、胸元からハーデスの手が頬に伸びてくる。

「大丈夫か」

 目の下をやんわりとなぞられて、泣いていることを理解した。まだ肩で荒い息をしながら小さく2度頷くのがやっとだった。
 ハーデスの手が性器から離れて前屈みになっている僕の体を起こす。ハーデスの胸元にもたれかかりながら、息を整えようと浅い呼吸を繰り返した。
 腰に、硬くて熱い塊が当たっている。

「光」

 低く名前を呼ばれて、体がぴくりと反応してしまう。あやすように撫でられて、少しだけそれにすり寄った。

「動けるか?」

 こちらを思いやる声色に、ようやく慣れてきた視界を確認するように目を瞬かせる。

「…は、い」
「のぼせる前に上がろう」

 髪の中に鼻先を埋めながらハーデスが低く囁いた。

+++

 互いにガウンだけ羽織って、ふらふらと覚束ない光を支えながら風呂を後にする。
 リビングには戻らず寝室へとその背を押せば、ぴくりと体が揺れた。思わず止まる足をもう一度背を押すことで進ませる。
 ベッドの縁へ座らせて、その顔色を覗き込んで確認する。青ざめたり怯えたりしているようなら、と思ったが、その頬が朱に染まり瞳がとろりとしていることで安堵する。少なくとも、声が聞こえると怯えられることはなさそうだ。
 懸念材料がひとつ減れば、その扇情的な表情にくらりとくる自分を感じる。上気した頬、潤む瞳、熱を持つ視線、白い肌にどこか艶かしい小さな唇。
 ゆっくりと顔を近づけて唇を重ねてみる。嫌がるそぶりは、ない。
 角度を変えて何度も唇を重ねる。時折舌で唇をなぞればびくりと体が跳ねる。
 もぞりと光が蠢く。唇を離して見やれば、恥ずかしそうに膝をすり合わせている。視線が彷徨って縋るように私を見た。

「キスだけで勃ったか」

 微笑んで告げれば、耳まで真っ赤に染まる。着せたガウンの裾を必死に引っ張って隠そうとしている様すら可愛らしい。

「…っごめん、なさい…」

 小さく体を縮こめようとするのを両手で制してその額に口付けを落とす。

「なにも、悪くない」

 何度も額に唇を落としてやれば、体の力が抜けていく。

「おいで」

 ベッドの上に寝転がるように導けば、光は素直に従った。
 ころりと寝転んだその体を眺めながら、ガウンの腰紐を外してしまう。びくりと跳ねた体をあやすように頬を撫でる。

「ハーデス、さん…」
「うん?」

 ほぅ、と艶めく吐息を漏らしながら光がこちらを見ている。

「…僕で、したいですか?」

 確認のために落とされた言葉は、やはりこちらに委ねるもので。簡単には変われないことを知っているから、その唇を一度塞いでから頬を撫でてやる。

「光と、したい」

 自分の中の欲を素直に告げれば、潤む瞳が恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。

「でも、今日はこれで」

 そっと彼の性器をガウン越しに包み込むように握れば、小さく声が漏れた。

「っふ、ダメ、です…」

 ふるふると首を振る様を見下ろす。恥ずかし気に彷徨った視線が私の視線と交わる。色素の薄い瞳に色が灯る。

「それは、僕ばっかり、だから」

 おずおずと伸ばされた光の手がガウン越しに私の性器の先端に触れる。先程から見せられ続けている可愛らしく扇情的な光景に、ゆるく勃ちあがっているその先端を、指先が確認するようにすりすりと動く。

「…僕が、します」

 潤んだ瞳が色を灯しながら揺れる。未知への恐怖と、怯えと、それを上回る快楽への予感を添えて。

「した事は」

 問いかけには首が横に振られる。自慰すらした記憶がないと言っていたのだ、人を避けていた彼がしたことがあるはずもない。

「…ない、けど…したい、です」

 求められたからそれ以上に返したい、光の態度は言外にそう語っている。

「そうか」

 唇を重ねれば、小さな舌がぺろりとこちらの唇を舐めた。その可愛らしい仕草を甘んじて受け止める。
 ぺろりぺろりと舐める舌が、ここを開けてと唇の合わせ目をなぞる。微笑んでゆるく開いてやれば、するりと潜り込んできた舌がゆっくりと口の中をなぞっていく。口内の様子をただ探るその動きが愛らしくて、ほんの少しだけ舌を吸い上げてみる。

「っん、んん…」

 びくりと跳ねた体が小さな刺激を快楽に変換していると伝えてくる。
 唇を離せば半開きになった唇から赤い舌がてらりと覗いてそれがひどく心を揺さぶった。
 息を整える間を与えずにもう一度重ね合わせて、今度は私の舌で彼の口内を探る。奥歯からゆっくりと歯列をなぞればびくびくと体が跳ねた。上も下も舐め上げてから、小さな舌を舌先で押しやる。ぐっぐっと押してから絡めるように舐めればくぐもった声が私の喉奥に吸い込まれていく。
 十分に堪能してから唇を離せば、浅くなった呼吸ととろりと蕩けた瞳が彼がこの行為で感じているのだと伝えてくれていた。

「可愛い」

 呟いてガウンごと彼の雄をやわりと握る。勃ちあがるそこが硬さを増していく。

「かわいく、な、い…っは、です、さ、まって」

 やわりと揉みあげれば途切れ途切れになる言葉に制される。

「あぁ、光がするんだったね」
「っつ、ふ……はい…」

 恥ずかしそうに小さく震える様を見下ろしてから頬を撫でる。
 どうすればいい、と尋ねれば座っててくださいと言われる。
 ヘッドボードに大きめのクッションを立てかけてそこへ背中を沈めて光を見る。体を起こした光がガウンの胸元を押さえながらこちらを見て小さく笑った。

「上手く、ないと…思う、けど」

 手を差し出せば甘えるようにすり寄るその体を抱き寄せる。腕の中で横抱きにしてやれば、光の手がおずおずと探るように私の性器に触れる。
 伏せるように細まる瞳が、私の形を脳裏にも刻みつけようと揺れている。
 指先を上下に動かしてからふわりと包むように握り込んで光が小さく呟く。

「…おおきい」

 どこか可愛らしいその物言いに、頬が緩む。
 太さを確認するように上下に手を動かしながら、光の口から熱い吐息が漏れた。
 体格差はそのまま性器のサイズ差にもなる。びくりびくりと跳ねるように震えながら触れてくるのは、どっちが感じているのか分からなくなっていく。
 光の視線がちらりと私の性器を見てからきゅっと強く瞑られる。

「ちゃんと見て」

 頬を撫でながら諭すように告げれば、瞳の端に涙をためて困ったように眉を寄せながらこちらを見上げてくる。

「光を見たいように、光に見てほしい」

 ふるりと震えた体が甘えるようにすり寄ってから、視線が下へと降りていく。握り込んだ手の間から覗く先端の様子にびくりと体を震わせている。
 辿々しい慣れてないその動きは、確かに自慰すらしたことがなさそうな動きだった。探るようにゆっくりと動かしては反応があった場所に指を添わせてなぞるのを繰り返している。
 確かめるように先端をすりすりと擦られてじわりと先走りがにじむ。ぬるついたそれにびくりと指が跳ねる。光の目はじっと私の性器を見ている。
 先走りを指先で先端に広げていくそのもどかしい動きに、ため息にも似た吐息が漏れた。

「っあまり、よく、ないですか…?」

 それを否定ととってしまった光の頬を撫でる。

「…続けて」

 安堵の息を吐いて光の手が動き始める。加減がわからないからやわりと触れるだけになっているその手に、私の手を一度重ねる。
 びくりとその肩が跳ねて、弾かれるように光が私の顔を大きな瞳で見つめてきた。あぁ、こぼれ落ちてしまいそうだ。

「もっと、強くしてかまわない」

 ぐっとその手ごと握り込めば、光の瞳が揺れる。握りこんだ強さのまま上下に動かせば、光の口からため息にも似た声が漏れる。

「っん…ぅん…っふ…」

 本当に、これではどちらが感じているのやら。
 私のモノを擦り上げながら漏らされる甘い吐息がやんわりと鼓膜を刺激していく。
何度か一緒に動いてから手を離せば素直にこちらの動きをトレースして刺激を与えてくる。
 与えられる刺激を享受しながら光の髪に顔を埋める。鼻腔をくすぐるほんのり甘い光の体臭にくらくらする。

「…っん、は、です、さっ…ん」

 漏れる艶声が鮮やかな色を含んで耳に届く。名を呼ばれただけなのに腰の奥に疼きを感じる。その頭に口付けてから顔を上げれば潤んだ瞳が私を見つめてくる。

「っふ、んっ…きもち、いい、ですか…?」

 手の動きは止めないまま、甘い吐息を漏らしたまま、光の潤んだ瞳が私を見つめて離さない。

「あぁ、気持ちいいよ」

 その頬に口付けを落としてやればふにゃりとその表情が和らいだ。幼く見えるその表情ははじめて見る顔だった。
 頬を撫でて何度も口付けを落とせばへにゃりと表情を崩して求めるように口付けを重ねてくる。ずいぶんと積極的なその様子に首を捻りながらも口付けを落とし続ける。

「は、です、さ、っん」

 とろりと溶けるような声で何度も名前を呼ばれる。きゅっきゅと積極的に動く手は教えた以上の動きで私を刺激する。

「どうした」

 尋ねてもとろりとした瞳は私を見るだけでそれ以上の言葉を紡がない。はふはふと熱い吐息を漏らす唇は赤く塗れている。
 ちらりと光の性器に視線をやれば、触れていないはずなのに反りかえるほど勃ち上がっていた。

「気持ちよくなった?」
「っひ、っん、んんっ」

 耳元に唇を寄せて囁けばびくりびくりと跳ねながらこくこくと首を縦に振る。
 そっとその勃ち上がる性器に指を這わせれば光の体が大きく跳ねた。

「っひ、ん、んぁ、んんっ」

 必死に声を押し殺そうとするその様に笑みが漏れる。

「ほら、光。声、聞かせて」
「んぅ、ひぁっ、んっ、はーです、さ、んっ、あぁっ」

 名前を呼んだのに合わせるように先端を指先でするりと撫でれば色を含んだ声がその唇から溢れるように放たれた。
 刺激に耐えかねて私の性器を握りこんでいた手の動きが緩くなる。
 とろりと溶けたままの視線が私を見つめている。色素の薄い瞳は意思を映さずただ快楽の色だけ映している。

(…ほぼトンでしまってるな)

 快楽に意識を飛ばして擦り寄る様を見つめながら何度も口付けを落とす。
 性行為に対する嫌悪感で触れたり触れられたりを拒否されることを想定していた私としては、触れられるだけで十分ではあったのだが、この様子には首を少しばかり捻りたくなる。
 ここまで素直に快感を拾って蕩けてしまうとは思わなかった。可愛らしくて歓迎したいところではあるが…。

「は、です、さっ…あっ、あぁっ」

 必死なその様子は愛くるしい。もっと、もっと蕩かせたい。

「光、ちょっと動かすぞ」

 へたりとこちらに体を預けきっている光の体をベッドの上に仰向けに横たえさせる。
 とろりとした瞳が強請るようにこちらを見ている。その唇に唇を重ねてからのしかかるように肌を重ねる。
 性器と性器を擦り合わせるように腰を揺らめかせれば、光の喉が反る。

「ひぁ、うっあぁ…っ!」

 触れ合う肌の熱だけで甘い声を上げる様を、眺める。

「光、気持ちいい?」

 耳元に言葉を落とせば震える体が縋りついて答えてくる。
 光の片手を触れ合う性器に導いて、その手ごと握りこめば、ぱちぱちと瞬きをしながら光の瞳が私を見た。

「一緒に、気持ちよくなろう」

 ちゅっと音を立てて耳に唇を落とせば、ふるふると震えた光のもう片方の手が私のガウンをぎゅうと掴む。

「ハーデス、さっ…ハーデス、さん…っ!」

 なんども甘く艶のある声で名前を呼ばれる。掴んだ腕はそのままに腰を揺らせば擦れる性器に甘い痺れが宿る。強く握りこめば圧と感触で腰から蕩けていきそうだ。

「っあ、あぁ、あぁぁ、あっ…!」

 意味をなさない嬌声だけがその唇から転がり落ちる。ただ快楽に意識を飛ばして貪るその様はどこまでも美しい。はだけたガウンの隙間から見える白い肌が浮かされた熱で桜色に染まっていく。
 少しづつ腰の動きを早めれば、光の体がびくびくと跳ねて反る。しっかりと勃起した雄の性器同士が触れ合うたびに、どちらのものかわからない先走りでぬちぬちと淫靡な音が鳴る。

「やぁっ、はです、さ、はです、さんっ、出ちゃ、出ちゃうっ」

 がくがくと震えるその頬に口付けを落として耳元にも唇を落とす。光は耳が弱い。ここで囁くとそれだけでとろりと歪むのだ。

「いい、ぞ…っ出して」

 声を合図にひときわ強く早く腰を突き上げれば、体をピンと反らせて光の体が大きく跳ねたと思うと、とぷりとその性器から精が吐き出された。腰を揺らめかせて圧をかければとぷとぷと精が漏れる。

「ーーーーっ、ふ、あ、あぁ…」

 はっはっと荒い息をするその唇に口付けて額を一度合わせる。

「もう少し、頑張って…」

 私ももう限界だ。握りこんだまま腰をうごめかせて射精を促す。

「ひっ、あっ、はーです、さ、あっ」

 一度イッて敏感になっている体が跳ねる。彼の吐き出した精でずいぶん滑りが良くなった腰を早く強く揺らめかせて、彼の腹の上に精を解き放った。

「…っく…」

 腹の上で混ざりあう二人分の精が雄の匂いを充満させていく。
 二度三度揺らめかせて出しきって手を離せば、ゆらりと揺れた光の手が腹の上の精を指先で捏ねた。塗りつけるように捏ねてから、その指が私の性器に触れた。
 先の窄まりに残る精を指先で掬い取ってから、光はおもむろにその指を自身の唇で咥え込んだ。

「…っ光?」

 指を咥えたままとろりとした瞳でこちらを見た光はふわりと笑って、指を唇から抜いた。ぺろりと舌を出して指先を舐める様は煽情的だ。

「…はーです、さん、きもち、よかった?」

 とろとろと溶けてしまいそうなほど甘い声で問われ腰の奥が疼く。出したばかりだというのに燃え上がりかける自身に待ったをかける。これ以上は本当に止まれなくなってしまう。

「あぁ、とても」

 平静を装う様にそう呟いて唇を重ねてやれば、嬉しそうにため息を漏らした。

「うれ、し…」

 そのまま二度三度と瞬きが繰り返される。緊張の連続の果てに2回イかせたのだ、もう体力的にも限界なのかもしれない。

「側にいるから、眠りなさい」
「んぅ…」

 優しく頬を撫でて瞳を手で覆えば、それほど間をおかずにすぅと寝入る吐息がその唇から漏れ出す。
 ゆっくり体を起こしてその髪を撫で梳いてから、私は彼の体を清めるために洗面所へ向かった。

+++

あたたかい腕の中で目覚めるのは今日まで。
 恥ずかしすぎてハーデスの顔をちゃんと見れないまま、駅前の家電用品店で暖房器具を購入して部屋へ帰る。持って帰るのぐらいできると告げたのに、ハーデスは部屋までそれを運んでくれた。

「ありがとう、ございます…」

 やっぱり目を見れないまま感謝を述べれば、頭をポンポンと撫でられた。

「本当はもう少しちゃんとした暖房器具を置きたいのだが…」
「じゅ、じゅうぶん、です」

 温風の出るタイプのハロゲンヒーターをベッドの脇に設置して撫でる。どうせ一番寒いであろう時間は暖房のきいた店の方にいる。寝る直前の着替える瞬間だけ温まればいい、とエアコンを買おうとするハーデスをなんとか止めたのはほんの30分前の話だ。
 これ以上はいらない、罰が当たる。貰いすぎだ。
 ハーデスの手がそっと僕の手を取る。ベッドの縁に座るよう促されてつい従ってしまう。

(あぁ、この手に、この声に、もう逆らえない)

 俯いてしまう僕の頬に手を添えて上向かせられる。じっと顔色を覗き込まれて、まだ心配されているという事実に心が曇りかける。

「…疲れてないか?」

 優しく声を落としながらそっと目元をなぞられる。旅行からこちら、ずいぶんと眠った気がする。目の下のクマも薄くなっているのがわかった。

「大丈夫、です」

 小さく呟けばハーデスが嬉しそうに微笑んだ。おひさまみたいだ。
 頬の感触を楽しむように何度も撫でられて恥ずかしくなる。ふっと笑われたかと思うと、ハーデスの唇が僕の唇に重なっていた。
 何度も確かめるように唇が重ねられて、そのたびに恥ずかしさと言いようのない感覚に体が震えてしまう。

「…離したくなくなるな」

 口付けの合間にそう呟かれて、頬が赤くなるのがわかる。恥ずかしい。恥ずかしくて、申し訳なくなる。

「明日から、バーの方は開けるのか?」
「…はい、そのつもりです」

 バーも開けなければいけないし、一応本業の大家業務もしなければならない。休んでいた分やらねばならぬことはある。それは、僕だけではなくハーデスも同じだ。

「そうか…無理だけは、しないように」
「はい…んぅ」

 答えきると同時にまた唇を塞がれる。重ねるだけの唇が互いの熱を移していく。
 唇を離したハーデスは微笑みながら頬を撫でている。

「ハーデス、さんも、お仕事…あの…本、楽しみにしてます」

 少しだけ目を見開いたハーデスはその金糸雀色の瞳をとろりと歪ませて笑った。

「あぁ」

 短い答えを述べて、その手が離れていく。
 玄関まで見送り、もう一歩外へ出ようかと足を進めようとするのを止められる。

「ここでいい。あたたかくして今日は寝てしまいなさい」
「…はい。ハーデス、さんも、おやすみなさい」

 ぽんぽんと頭を撫でてから、ひらりと手を振ってハーデスが扉の向こうに消える。
 かちゃりとドアの鍵を閉めて、その音になにかが胸の内から零れるようだった。
 ふらふらとベッドまで歩いて、横になる。硬いベッド。帰ってきたんだな、と実感する。

(優しい夢は、もうおしまい)

 目を閉じて、体を小さく丸める。しんと冷えた空気を吸い込んであの甘い香りを忘れようと努める。

(好き。ハーデス、さんが、好き)

 優しい声も、手も、視線も、全部、全部、好きだから。

(好きだから、諦めなきゃ)

 ハーデスが好きという僕を、僕はどうしても好きになれない。僕は僕を綺麗なものであると思えない。思うことはできない。どれだけあなたがそうだと言っても、僕は汚いままだ。
 あなたの都合のいい時に体を重ねるだけでいい。僕を都合よく使うだけの存在にしてくれていい。突き放すような重なりでも構わない。
 優しくされるとどうしていいのかわからなくなる。そんな価値は、やっぱり僕にはない。

(好きだけど、好きだから)

 あなたをただこの場所で待ち続けるだけでいい。バーのマスターとお客の関係でいい。
 憧れだけで、構わない。

 ぱたりと涙がこぼれる音が、部屋に響いた気がした。

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2019.12.10.初出

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