「……説明を要求してもいいか」
 普段の三割増で声のトーンを落として目の前でへらりと笑う男を睨みつける。
 平和で平穏、変化もないはずのアーモロートの日常に今日もまた頭痛の種が撒かれた。
「いや、これに関しては事故だよ?」
 両手を持ち上げて肩を竦めるヒュトロダエウスはそのひょろりとした体を横にずらして背後に隠していたものを見やった。
「ちょっと前に不死鳥のイデアを見せたじゃないか」
 見せた、というよりはアクシデントに巻き込まれた、が正しいのだが。エメトセルクは額に手を当てて大きなため息をつきながら、それで? と続きを促した。
「その話をしたら、見てみたいと言われた」
「それがどうして、こうなるんだ」
 こう、と言いながら目の前のそれを指差す。
 そこにいた彼らの大事な友人は、いささか普通ではない様子でぼんやりと天井を見上げていた。
 アーモロートの市民にあるべきローブも仮面もない…ほぼほぼ裸の姿。白い体はフィールドワークの賜物か余計な肉が削ぎ落とされてさながら彫刻のようだった。
 問題はそこではない。なぜかその背中に一対の燃え盛る炎のような羽根が生えているのである。
「それがワタシにもさっぱり」
 ヒュトロダエウスは、でも綺麗だよね、などとのたまっている。綺麗ではある、だがそれとこれとは話は別だ。
「どうしてイデアからの創造でこうも混ざってしまうんだ…」
「いつもの雑念マシマシだとは思うんだけどねぇ」
 今、友人はぐるりと黒い柵で囲われた巨木の根元に座っている。
 ここは彼の部屋だ。そしてこの巨木は彼がうっかり種に雑念を混ぜて作り上げてしまった巨木だ。
 新たな創造魔法を作り上げることは誰よりも得意で、誰にも真似のできない美しいものを作り上げるくせに、ことイデアを参照して作り出せば雑念が雑念を呼びイデア通りに出来上がらないのが彼だった。その結果、彼の部屋はよくわからないもので占拠されるハメになっていた。
「あんまりにも外に飛び出そうとするから、応急処置で柵で囲ってみたけど…これ、あまり意味がないよね」
 ヒュトロダエウスはコンコンと柵を指で叩いた。頑丈そうに見えるが、彼が本気を出せば引き千切りかねない。
「とりあえず、現状をもう少し詳しく教えてくれ」
 何度目かわからないため息を吐き出しながら、エメトセルクは彼から視線を外した。

 ヒュトロダエウスの説明はこうだ。
 不死鳥の話を聞いた彼がすぐさまイデアの申請をして取得、どこかに飛んでいくと困るからと自室の空間をいじり強度を上げてイデアの展開。ここまではよくある話だ。
「まず、どうしてこいつにイデアの創造をやらせた」
 普段からイデア通りに作らないことはわかっていただろう、と睨めばひょいとその視線を躱される。
「そのままが見たい、と言っていたから大丈夫かな、って」
 まさに今大丈夫ではないのだが。
「審査は通ったけど、あの一件があったから貸し出し用のイデア側に細工がしてあったし、出来てもせいぜい小鳥サイズの不死鳥のはずだったんだけどね」
 小鳥サイズ、ねぇ…とエメトセルクは視線を彼に戻す。彼の背に顕現している赤々とした羽根はどう見ても大きい。
「何をどう雑念混ぜたのかまではワタシにはわからないよ? ただ、まぁ、結果がこちらです」
 そう指し示されてやっぱりため息しか出ない。
「ラハブレアの爺さんから至急行けと言われたから何かと思えばこれだぞ。お前たちはそんなに私の仕事を遅らせたいのか」
「ラハブレア院からの登録だったから一応話を通しただけで、キミを呼び出そうとは思っていなかったよ」
 ヒュトロダエウスは肩を竦めて付け加える。
「仕事終わったあたりを見計らって呼び出そうとは思っていたけど」
 問題が降ってくるタイミングが早いか遅いかだけの差である。
「……とにかく、だ」
 話を切り替えるようにヒュトロダエウスが人差し指を立てる。
「キミの見立てを聞きたい」
「いきなりだな」
 エメトセルクはふむ、と呟いて目を細める。彼固有の蛋白石(オパール)にも似た七色の輝きを持つ美しいエーテルの色彩。そこと複雑に絡みつく燃え盛る炎によく似た色のエーテル。
「こんがらがってるな」
 これを解くのは骨が折れそうだ、エメトセルクは素直にそうこぼした。
「どちらにも引っ張られず綺麗に絡んでいるのは見事と言えるが…ほんと、どうやったらこうなるんだ」
「素晴らしい平衡感覚」
「絶妙なバランスを発揮すべき場所はそこじゃないだろ」
 軽口を叩き合うがエメトセルクの表情は険しい。どちらも損なわず…いや、羽根の方はエーテルに返してしまってもいいのだが…絡まるエーテルを解くのは熟練の魔導師でなければできない。
 そう、当代のエメトセルクのような、魔導師でなければ……
「私は嫌だぞ」
「まだ何も言ってないんだけど?」
「言わなくてもわかるし、聞きたくない」
 むすりと不機嫌を取り繕うことなく全身で表現する。
 ぼんやりと空を見ていた彼がその羽をゆるりと動かしている。ゆったりとした動きでこちらを見て…羽ばたいた。
「まずいっ」
 ヒュトロダエウスが声を上げると同時に柵に手を伸ばしぐっとそれを引っ張る。しゅるりと柵がリボンのように解けるのと、飛び上がった彼が勢いをつけてエメトセルクに体当たりをしたのはほぼ同時だった。
「ぅぐっ」
 呻き声を上げて不意打ちの体当たりを受けたエメトセルクはそのまま床の上に倒れ込んだ。体当たりをかけた本人はエメトセルクの腹の上にちょこんと座るとぺたぺたと胸の辺りを両手で触れていた。
「大丈夫かい」
「……説明」
「キミのことが気に入ったんじゃない?」
「いや、そうじゃなくて」
 エメトセルクは上体を起こしながら彼を自分の上から除けようとした。
「キミが来る前まではあのタックルを壁に向かってしてたんだよ」
「…あの時の不死鳥と同じか」
 死にゆく魂がふらりと紛れ込んでしまった不死鳥は「死」への恐怖から逃れようともがき苦しんでいた。その様を思い出し口を結ぶ。
 エメトセルクの上から下ろされた彼は不満そうに頬を膨らませると、その膝の上に座ろうと体を寄せていた。
「…それと、これが、結びつかないのだが?」
「……安心できるんじゃない?」
 ヒュトロダエウスがずるいなぁと言いながら傍らにしゃがみ込む。そっと伸ばした指に彼が鼻を寄せて匂いを嗅いでいる。
「壁に体当たりされるより全然マシだから、そのままでいて」
「……」
 確かにそれはそうだろうが、それにしてもである。
 膝の間を定位置に定めた彼は背中の羽を小さく折り畳んで自身も小さく丸くなった。
「ほら、安心してる」
 膝を抱えて小さくなる姿は愛くるしくもあったが、普段の態度と結びつかずそれがなんだかむず痒かった。
「よし、じゃあ後は任せるね」
「は!?」
 ぎょっと目を見開いたエメトセルクに立ち上がったヒュトロダエウスはにこりと笑う。
「キミが仕事に追われるように、ワタシも仕事に追われているのだよ」
 特にこの件に関しての説明を求められているからね、と付け加えて。
「元に戻らん限り説明もなにもないだろう」
「そこはほら、当代エメトセルク様になんとかしていただく、で乗り切るから」
 あてにしないでほしい、エメトセルクはそう呟きながら頭を抱えた。
「それじゃ、あとはよろしく!」
「あ、おい! まて……」
 恨みつらみを言い切るより早く、ヒュトロダエウスは扉の向こうに消えていった。エメトセルクの所在なさげに振り上げた片手は、ため息と共に空をかいた。

「お前は本当に、なにがしたかったんだ…」
 膝の間で小さくなる彼にそっと手を伸ばす。頭を撫でてやればチラリとこちらを見て嬉しそうに目を細めた。その表情にどきりと胸が高鳴る。
 このまま座っているわけにもいかないか、とエメトセルクが立ち上がろうとすれば彼の腕が伸びてきて床に縫いつけようとしてくる。
「お前…っ」
 睨みつけてもあどけない瞳でこちらを見ているだけ。あまりにも普段と違う態度にあぁやはりかとため息が漏れる。
「あっちへ、行くんだ」
 言いながら部屋の惨状と比較して物がないベッドを指させば、ようやく理解したのかその羽根を広げてふわりと彼が浮かび上がった。赤々とした羽根の輝きに照らされてその白い肌が朱に染まる。
 ふわりひらりと部屋の中を泳ぎながら静かにベッドの上に降り立つのを眺める。小首を傾げてこちらを見ている彼から目を逸らしながらエメトセルクも立ち上がりベッドへ近づいた。
 隣に座るか椅子を引いてくるか、思案するエメトセルクの隙をついて彼が浮かび上がりその腕が伸びてくる。ひらひらと揺れるその手がエメトセルクの赤い仮面を外した。カツンと音を立てて仮面が落ち、満足そうな表情の彼が目の前でうっとりと笑っていた。
 エメトセルクの両手が半ば無意識に彼の両手首を掴む。そのままベッドの上に座らせ、自身もその向かいに座る。
 広くないベッドの上にそれなりに体格の良い男と小さな男が2人向かい合っている。広げていた羽根がゆるりと蠢いた。
 もう仕方がないか、と大きめのため息をひとつついてエメトセルクはほんの少し顔を寄せる。それを見た彼が嬉しそうに破顔しながらエメトセルクの額に自身の額をこつりと合わせた。互いのぬるい体温が混ざり合うのがわかる。掴んでいた手首から指を離して、彼の指に絡ませる。
 エメトセルクはこちらを見つめてくるその視線から逸らすようにゆっくりと瞳を閉じて、意識をエーテルへ傾けた。
 音と光を遮断して、暗い暗いエーテルの海へ。
 繋がるその指の先からゆったりと自身エーテルを這わせていく。眩いオパールの輝きに薄闇色の自身のエーテルがゆるりと絡んでいく。ぞくりとした感覚はどちらのものか。
 肉体を繋げるよりも濃密な絡み合いに、自然と息が熱くなる。エーテルが彼の背を這うように移動し、そのさざめきでびくりと跳ねて離れかける彼の唇に噛み付くように唇を重ねる。薄く開いた歯列の間から舌を侵入させ互いの舌を絡ませながら唾液を交換すれば互いのエーテルがより絡み合うのがわかる。
 絡まり、解け、また寄り添う。
 そうしてじゃれあいながら、エメトセルクのエーテルの先は複雑に絡み合ったその場所へたどり着く。
(あぁ、これか)
 互いに絡み合うだけで侵食しているわけではないのはいかにも他者を重んじる彼らしいと、知らず笑みが溢れる。
 絡めていた指から手を離し、彼の背に手を伸ばす。掻き抱くように手繰り寄せ引き寄せ、ベッドの上に倒れ込み自身の上に彼を招く。あまりにも軽すぎるその体が寂しかった。
 口付けの合間にその羽根の付け根を弄る。びくりと一度跳ねた後もっととねだるように口付けが深くなる。エメトセルクのローブを彼の細い指がきゅっと掴んだ。
 エーテルをそっとその複雑に絡まった結び目に添わせる。ばさりと羽根が揺らめく。羽根の付け根とその背をなぞれば口付けの合間に艶のある呻き声が漏れる。
 細く細く自身のエーテルを編み直しその絡み合う隙間に滑り込ませていく。結束点を探りエーテルが這うたびにびくりびくりと妖艶な動きで体が跳ねる。
(見つけた)
 始点を探し当てたエメトセルクはエーテル同士を摩擦で擦り切らさないように注意しながら、時間をかけて解していく。そのエーテルの動きに、いやいやとかぶりを振り彼がエメトセルクの肩口に顔を押し付けた。その唇からは艶かしい甘い声が上がる。
(……勘弁してくれ)
 耳元で上がる控えめな嬌声に自然とエメトセルクの心の中の雄が反応するのがわかる。暴いて、まぐわって、溶け合ってしまいたい。
 己を律するようにエーテルの先へと意識を戻す。するりするりと解けていくオパールと朱の揺らめきに薄闇色が寄り添う。暗い深層でまるで踊るようにゆらりとエーテルが揺らめく。
 どのくらい時間が経ったのか、エーテルをくゆらせて接合部を解いていたその長い時間は、最後の最後あっけないまでにするりと解けた様子を見て終わりを告げる。
 ばさりと大きく翼が広がりその端からゆっくりとエーテルがほぐれ羽根が消えていく。それを彼の肩越しに見つめていた。
 エーテルの海に意識を戻せば、自身のエーテルに寄り添うように彼のエーテルがあった。エメトセルクは瞳を閉じて意識をそちらにのみ移す。
 煌めくオパールの輝きの中に彼の姿が見える。困ったように笑うのはいつもの表情だ。
そっと差し出された手に自身のエーテルを震わせて手をかざす。
 エーテル交感。
 過不足なく相手のエーテルと自身のエーテルを交感する。ゆっくりとかざした手の先から混ざり合ってひとつになる感覚に感触と背が波打つ。私が見るのかお前が見るのか、体が、視界が、リンクしていく。
 赤々としたエーテルの塊。これは先ほどの羽根か。ふるりと震えてあの時見た不死鳥が姿を表す。
 あぁ、お前はこれを見たがっていたものな。
 そっと顔を寄せてきた不死鳥が数度擦り寄った後、甲高い鳴き声と共にその羽根を大きく広げて羽ばたく。私の、お前の周りをぐるりと飛んだそのエーテルは、そのまま解れながら遠い闇の向こうへ飛んでいく。
 それを見送りながら、私は、お前は、目を閉じた。

 目覚めは酷く憂鬱で。
 自身の上に全裸で小さく丸くなる塊を認識しながら意識を浮上させる。
 エーテル交感は体力を酷く消耗する。たいして重くない彼を横に下ろしながら体を横寝にして大きく息を吐いた。
 酷く疲れた。早く眠ってしまいたい。
 すやすやと幸せそうに眠る彼を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。今ぐらい抱き枕がわりにしてもバチは当たるまい。
 その暖かな温もりに誘われるように、エメトセルクは今一度瞳を閉じた。
 視界の向こうで、赤々と燃える羽根がばさりと広がった音がした。

――――――――――
2019.10.17.初出

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